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断片の小説

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#小説

断片の小説 遠い声

なにがどうしたということもなく、寂しくてたまらない時、恋人に電話をかける。 仕事中は留守…

断片小説 二篇

寝言

まだ幼く、眠れずにいる夜に母が寝言で、私の知らない名を呼んだ。母の堕胎した過去を、叔母が…

偽名

ホテルに女を派遣してもらう。ゆかりという本名ではなく、偽名を使う。姓にも男の名前にも珍し…

朝のニュース

朝のニュース、鼠色のマンションから警察に連行される男を見た。切断された少年の死体が二つ発…

子宮

別れると決まってからも、三か月ともに暮らす。とはいえ週に一度ほど彼は荷物を取りに帰るだけ…

証明写真

雪が降った。路上が濡れた。証明写真の撮影ボックスに人がいた。カーテンが閉まっているから姿は知れない。足元だけが見える。黒いパンプスを脱いで、足裏のストッキングの生地に小さく穴が開いている。デニールの薄い、明るいベージュのストッキングを纏った白い足。破れた穴にのぞいた素肌がいっそう白く、爪先だけが鮮やかに赤らんでいる。 通り過ぎた。少し歩いた。信号を待った。彼女は、誰に、どのような顔を証明するのだろうと考える。街路の小さな箱に隠れて、美しい足だけは道行く人々の目にさらして。

献血

献血バスに入っていく女の細い背を見送り、カフェのテラス席でビールを飲み帰りを待った。献血…

なんと言ったのか

泣き始めると止まらないようだった。言葉をかけると切り出した別れさえ曖昧になってしまいそう…

つわり

ぼくと一緒になってすぐ、前の男との子を孕んでいるとわかった。ぼくでも彼でもない、まるでだ…

双子の臍の緒

ひとは私と姉の見分けがつかない。姉といっても一卵性双生児で、母とはろくに話をしたことがな…

売る

酒場の席を隔てる薄布の向こう、酔った女の二つの声、仕事が長くなるに従って客の顔を忘れるこ…

付き纏う

  春先から送り主の記されていない手紙が、時々届く。数枚の写真。近所のスーパーや、家の中…