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なんと言ったのか


泣き始めると止まらないようだった。言葉をかけると切り出した別れさえ曖昧になってしまいそうだった。右隣で涙を流す彼女へからだを閉ざすように、右腕をカウンターに立てた。会計を済ませたらしい、東欧的な顔立ちの女が奥の席を立った。そばを通り過ぎかけて、不意に立ち止まり、声もなく泣き続ける彼女になにか言葉をかけた。答える間もなく歩き去った。足は覚束ないが声には緊迫があった。日本語しか知らない私には、なにを言ったのか、どこの言葉か、わからなかった。いくつかの言語を知る彼女には伝わったのかもしれなかった。彼女は泣き止んだ。女がなんと言ったのか、私は聞かなかった。


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