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光栄信者の僕。シブサワ・コウ(襟川陽一)こそ日本最強のゲームクリエイターと呼びたい。

日本における最強のゲームクリエイターと言えば、任天堂の宮本茂さんを挙げる人が多いのではないでしょうか。『マリオシリーズ』、『ゼルダシリーズ』などの生みの親として、日本のゲームの歴史そのものといっても過言ではないレジェンド。ゲームというカテゴリーを超えた日本の偉人とでも呼ぶべき方です。

ただ私個人としては、宮本さんと同世代である、現コーエーテクモCEO、シブサワ・コウ(襟川陽一)日本最強のゲームクリエイターとして推したい。

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まだゲーム制作のセオリーが定まっていないあの時代に、あれだけの革新性、そして打率の高さ。
タフって言葉がキー坊のためにあるように、「天才」という言葉はシブサワ・コウのためにあるとさえ思っています。


ここまででもう十分察しているかと思いますが、私はバキバキの光栄信者です。以下、光栄作品を列挙しながら、シブサワ・コウ、そして当時の光栄のオーパーツっぷりを、めっちゃ早口でまくし立てていきますので、どうぞ色眼鏡をご装着の上、ご観覧ください。


※「シブサワ・コウ」という名前は、コーエーの開発チーム全体を表すプロデューサー名義でもあるので、コーエーテクモ全作品の中にはシブサワ・コウ=襟川陽一とすることができない作品もありますが、ここに挙げた光栄時代の作品は恐らく、「ゲームクリエイター襟川陽一氏の作品」として問題ないかと思いますので、その前提で著しております。





『信長の野望』(1983年)
ストラテジーとタクティクスの合体だぁっ!

1981年の『川中島の合戦』に続いて発売され、光栄の代名詞ともなった歴史シミュレーションゲームの開祖です。以降の、少なくとも日本の歴史ストラテジーゲームは、全てこの作品の影響下にあると言って間違いないでしょう。

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『信長の野望』が画期的なのは、ストラテジーとタクティクスをワンパッケージにした、恐らく最初のゲームじゃないかということです。

※1983年にStrategic Studies Groupが制作した『Reach for the Stars』に触れたことがないのですが、恐らくそのような建て付けにはなっていないかと思います。もし間違っていたらごめんなさい。

ボードゲームにおいては「戦略級」と「戦術級」は、明確に区別されています。マップもメカニクスもルールも全然違うからです。
これをひとつの世界の中に同居させたのは、デジタルゲームだからこそできたことで、その価値を存分に示したと言えます。

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それは
・日本地図上で国家運営を行う「戦略」
・HEXマップ上での戦闘を操作する「戦術」

という異なるメカニクスを、結果だけ引き渡しながら行き来していく、というもの。

この「異なるメカニクスを行き来する」構造自体は、『ウィザードリィ』(1981年)など同時期の他ジャンルにおいても、近年の『ペルソナ』や『サクナ姫』なども同様なわけですから、『信長の野望』の特殊性というわけではありません。
デジタルゲーム自体の優位性と言うべきでしょう。

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しかしその構造をストラテジーに適用し、プレイヤーに提示したのは紛れもなくこの作品。セオリーがなかった時代にストラテジーゲームのセオリーのひとつを形にして見せたというところが、天才ちゃんなわけです。

ストラテジー「合体するぞ!」
タクティクス「応!」
信長「うぉおおおぉお!」

すごいぞ、光栄マイコンシステム株式会社



『三国志』(1985年)
合理的じゃない、だから天才。

歴史シミュレーションゲームのもうひとつの代名詞、『三国志』。いまのコーエーが食えているのは、後の無双シリーズへとつながる三国志という題材と、襟川恵子会長のお陰と言っても過言ではないでしょう。

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そのストラテジーゲーム『三国志』では、いよいよ数多くの武将がゲームに登場し、ゲームを華やかに彩ります。

これにより国盗り合戦に加えて、もうひとつのレイヤーとして「武将たちの人間ドラマ」が重なることになり、光栄歴史シミュレーションゲームの「売り」のひとつとして定着していきます。

これは海外のストラテジーゲームではほとんど見られない特徴で、もはやJ(ジェイ)ストラテジーと呼んでもいいくらい別ジャンル化していると言えます。
海外では『Crusaider Kings』が、このテーマに本格的にアプローチしていますが、希少であることは間違いないでしょう。

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しかし、「ストラテジーゲームにおいて人間ドラマを描く」というのは、合理性のあるテーマとは言えません。
通常、ストラテジーゲームは文明や国家といった超俯瞰的な視点から全体を眺めるマクロ視点のジャンルなので、個々人の生き様というミクロ視点を持ち込んでしまうと整合性がとれなくなると考えるのが、普通の、いや凡人の考えなわけです。

人間ドラマを描きたいのなら、RPGやアドベンチャーでやればいいわけですし、『Rim World』のようなコロニーシムの方がよっぽどテーマに適していると思ってしまいます。

しかし『三国志』は、その非合理性を突き抜けて、歴史に残る名作として華々しい成功を収めました。子供だった私を含め、多くのゲーマーが信心に目覚めて、入信するきっかけとなったのです。

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『三国志』の何が私たちを惹きつけたのか?
それはストラテジーに人間ドラマを持ち込むことで、私たちを信者を「最適解の軛(くびき)」から解放したことです。

『三国志』のゲーム中に、魅力的な個性を持った武将が多数登場することで、誰もが自分なりの「推し武将」を見つけることになり、

「よ~し、あーしは袁術四将軍を活躍させちゃうぞ~」
「この刑道栄たまんね~」

などと言いながらプレイする、おかしな人たちが大量発生することになりました。

斬れ!
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これらのプレイはクリア条件という目標に対しては、まったく合理的ではありません。能力の高い武将をひたすら重用する方が、最適解に近いですから。
しかし『三国志』では誰もが、自分の好きな武将を使ってクリアを目指すという遊びに夢中になったのです。


ゲームにおいて最適解を探る過程は、確かに楽しいものです。しかし、それを突き詰めれば全プレイヤーのゲーム体験が、ひとつに収斂していくことを意味します。
特に当時のゲームはデータ容量などの技術的な問題もあり、直接のゲーム体験はあまり個人差が生まれにくかったと思います。

一方で『三国志』は、ゲームの中でプレイヤー一人ひとりが、自分だけのナラティブを生み出すことができました。
その懐の深さは、同時代の『ウィザードリィ』をも遥かに上回るもので、まるで無限の宇宙のように思えたものです。

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つまり、シブサワ・コウは「ストラテジーで人間ドラマを描く」という非合理性を採ることで、私たちを合理性の檻から解き放ったのです。
これを救世主と、天才と呼ばずしてなんとするのか。


Paradoxが『Europa Universalis』で「最適解の軛(くびき)」から脱したのが2000年。それに先駆けること15年前、1985年の冬でした。



『維新の嵐』(1988年)
個人が歴史を動かす。早すぎた野心作。

とうとう出たね。
ベスト革新性・オブ・ザ・光栄という観点で見れば、この作品がナンバーワンでしょう。

坂本龍馬や西郷隆盛などの幕末志士となって、幕末日本を、佐幕・尊王・公議のいずれかで思想統一を目指すという作品。

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何がスゴイって、国家や文明単位ではなく、個人レベルで歴史を動かすというコンセプトをちゃんと形にしていること。
しかも武力による領土統一ではなく、説得による思想統一を目指すという斬新さ。
日本全土をHEXで埋めて、鹿児島から函館まで歩いて行ったり、江戸や京都を練り歩くことができるという、(当時としては)規格外のボリューム。
飯屋や遊郭など、ゲームの攻略上、特に必要のない設備まで用意して、幕末志士としてのロールプレイを促す先進性。

何度も比較して申し訳ないですが、Paradoxが『Crusader Kings』を発売するのは、この16年後。まさにオーパーツですよ。

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もっとも肝心の説得がスペースキーの連打というのは、当時の在家信者たちですら、如何なものかという声が大半でした。
信者だって言うときは言うんです。

信者として、擁護にならない擁護をしておくと、「会話」はあらゆるジャンルのゲームで登場しながら、しかし最もうまくインタラクションで表現できていない要素のひとつ。
そこに果敢に挑んだ(恐らく)最初の作品という点は評価したいところです。

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客観的に見れば、素晴らしいアイデアに当時のテクノロジーが追い付かなかったというタイプの作品ですが、そのアンバランスさが、信者補正も加わって異彩を放ちます。
ちょうどアムロの反応速度に、マグネットコーティング前のガンダムが追い付かなくなったようなものですね。
「も、もう少し早く反応してくれ!」

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とにかくシブサワ・コウのニュータイプっぷりを如何なく発揮した『維新の嵐』。
35年前、1988年の作品ですから。
恐ろしい話ですよ。


『水滸伝 天命の誓い』(1989年)
歴史シミュレーションの最高傑作、爆誕。

けっこう自信ある私の持論として、光栄開発スタッフは『信長の野望』、『三国志』から離れた方がイキイキと仕事をする、というのがあります。
一度、在家信者の集会で披露してみたいと企んでいるところです。

両看板は、私のようなうるさい信者がたくさん群がってくるので、良く言えばやりがいがある、悪く言えば動かしづらいのだと思います。

そんな頭のおかしい狂信者から解放されて、のびのび作った『水滸伝 天命の誓い』は、光栄歴史シミュレーションゲームの最高傑作として推す人も多い作品です。

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ストラテジーゲームには、プレイヤーとAI(CPU)との間の対称性(シンメトリー)を保つという、軽い不文律があります。
どういうことかと言うと、

・プレイヤーができることはAIもできる。
・AIができることはプレイヤーもできる。

というもの。

つまりプレイヤーであろうが、AIであろうが、登場する勢力はその大きさや強さに違いはあっても基本、ゲームシステムの中で並列な存在であるということになります。

これをアンバランスにして、AI側のズルが明確になり過ぎると、「卑怯な! お主、それでも侍か!」と騒ぎ始めるし、プレイヤー側へのアシストが露骨だと、「お主、拙者を愚弄するのか!」と腹を切りかねません。

実際に完全にシンメトリーにやろうとすると、将棋や囲碁になってしまいますから、「正々堂々と戦え!(でも最後は勝たせてね)」と言っているお侍さんたちを気持ち良くさせる上手な調整が求められます。

なので、こっそり調整しつつも、プレイヤーとAIの間の対称性を信じさせることはストラテジーゲームの肝と言っていいでしょう。

しかし天才シブサワ・コウは、そんな小理屈など分かった上で、軽々と飛び越えてきます。

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『水滸伝 天命の誓い』の最大の特徴は、そのクリア条件にあります。それは、

好漢たちを率いて、悪しき役人、高俅を討ち取る、

というものです。
そしてこの高俅は一勢力として、パワーホール全開で中国大陸のど真ん中に鎮座しています。
彼を捕まえて斬らなければなりません。領土の広さは関係なく、高俅を討った勢力が勝者なのです。

しかも「ガハハハッ」とマンガのような笑い声とともに、プレイヤーのお金や兵糧を盗んでいくという、公開AIチートまで仕掛けてきやがるんですよ。

そう、高俅は一勢力でありながら、堂々と対称性を破ってきているのです。隠す気なんてさらさらない。

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メタ的な正真正銘のラスボスが存在するというのは、構造としてはほぼRPGです。RPGのような流れをストラテジーの構造で表現しているというのは、非常に珍しい。ラスボス的な存在がいる点で、他でパッと思いつくのは『Stellaris』が近いでしょうか。

ストラテジーゲームは良くも悪くも、プレイヤー自身がある程度の目的を設定しなければならないため、プレイが漫然としがちです。
しかし『水滸伝 天命の誓い』は、高俅様がいらっしゃるお陰で、最初から最後までプレイに大きな流れが生まれ、目的と緊張感を持ってプレイを続けられます。ありがとうございます、高俅様。

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ストラテジーの中で物語を語る」というのは、光栄歴史シミュレーションゲームの共通した特徴ですが、それを最も美しく表現したのはこの『水滸伝 天命の誓い』ではないでしょうか。

最新作の『信長の野望 新生』は、個人的にシリーズ最高傑作候補のひとつだと思いますが、スクリプトされたイベントを強引に差し込むというストーリーの見せ方は、1989年のこの大傑作から少々、後退しているのではないかと感じます。
メカニクスから自然と流れ出るストーリーこそが、ゲームならではのストーリーテリングじゃないかと思うんですよね。

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セオリーを作った張本人であるにも関わらず、そのセオリーにとらわれず新しいメカニクスを目指す姿勢。失敗してもいいから挑戦する姿。だから私たちはいつも、光栄のゲームを楽しみにしていました。

この時の体験があるからこそ、私たち信者は今でも、できるだけハードなお布施を続けているのです。



『大航海時代』(1990年)
世界が箱庭。信心を胸に大西洋にこぎだせ!

16世紀の大航海時代をテーマにした作品です。プレイヤーはポルトガルから大海原に漕ぎ出して、未知の土地の発見、港を介した遠国との交易、敵対勢力との海戦などを繰り返し、地位と名声を獲得していくという、まさにロマンの塊。

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一応、特定の主人公キャラがいてストーリーもあるのですが、特にこのシリーズ一作目は非常に自由度が高く、プレイヤーがいかようにもゲームを進めることができました。
一方、『維新の嵐』よりも目的がぼんやりしていて自由なぶん、何をしたらいいかよく分からんという人もいたと記憶しています。

私に言わせれば信心が足りんのですよ。

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まずは地中海で地力を蓄えるのもよし、喜望峠経由でジパングを目指すのもよし、いきなり新大陸に挑んでもいいし、凍てつく北海航路を突き進んでもOKです。

世界各地の港とヨーロッパとの間に航路を開き、交易でお金稼ぎ。そのお金を町に投資して貿易規模を拡大。そこで儲けたお金でより高性能な船を導入してさらに拡大、といった、経営シミュレーション的な楽しみ方ができるのも遊びに幅を持たせていました。

ゲーム内で循環する経済ネットワークの出来として、当代では随一だったのではないでしょうか。

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歴史ゲームでは、舞台とする時代の何を、どう切り取り、どう表現するかの取捨選択が重要です。その時代のすべてを記述できるわけはないし、それを目指すべきでもありません。

『大航海時代』は探検、交易、戦闘というシンプルな要素の組み合わせで、航路と貿易網で世界がネットワークでつながっていく過程、そこから拡大していく富といった事象をきれいに表現できていました。

この時代のストラテジーゲームにおける、事象の取捨選択と抽象化、簡略化という点では、1985年クリス・クロフォードによる『Balance of Power』と、この『大航海時代』が双璧だったのではないでしょうか。

なんというか数学者が数式に感じる美しさとはこういうものかな、と思っちゃうわけです。

これも信心の賜物ですね。



『チンギスハーン・蒼き狼と白き牝鹿IV』(1998年)
不遇のシリーズ最後の意地を見よ!

『蒼き狼と白き牝鹿』シリーズは、『信長の野望』、『三国志』に続く、歴史三部作シリーズとして立ち上がり、第一作目が1985年に発売されました。チンギス・ハーンがモンゴル高原から始まり、アジアそしてユーラシア大陸全土を征服していくという壮大さが売りのシリーズです。

『チンギスハーン・蒼き狼と白き牝鹿IV』は、その第4作目であり、シリーズ最後となった作品。看板の2シリーズに比べると、最後まで知名度が足りない不遇のシリーズとなりましたが、この第4作目は『水滸伝 天命の誓い』に並んで、光栄歴史シミュレーションゲームの最高傑作と評価する人も少なくありません。

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そもそも『蒼き狼と白き牝鹿』の、他の2シリーズに対しての差別化ポイントは、「異文化との戦争と交流」です。

『信長』も『三国志』も、それぞれ日本、中国の自文明内でのドンパチが描かれているので、ゲーム中のコンペティターは基本、同国人勢力です。
しかし『蒼き狼と白き牝鹿』はユーラシア大陸全土が舞台なので、自分たちと違う文化の奴らと戦ったり、外交したりすることになります。

問題はこの「異文化との戦争と交流」を表現するメカニクスを、3作目まではほとんど提示できなかったこと。
結果、ただスケールのでかい国盗り合戦になってしまいました。

有名な「オルドシステム」は確かに信者どもを沸かせましたが、世界各国の姫様の顔グラを見て想像を膨らませるくらいでしか、「異文明感」を表現できていませんでした。

しかししかし、4作目にしてついにやってのけます。さすが我らがシブサワ・コウですわ。

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まず良かったのは、ユーラシア大陸全土をスクエアを敷き詰めた1枚マップで再現したこと。そのマップ上をユニットが移動して内政したり戦闘したりの、いわゆる箱庭内政を採用しており、単純にパッと見で広大な世界を感じさせることができています。

ストラテジーゲームは一般的に、システム至上主義な側面が非常に強く、ビジュアル面のクオリティを軽視する傾向があります。
とはいえゲームですから、パッと見て、これは何を楽しむゲームなのか、コンセプトは何なのか、プレイヤーに伝えることは重要です。

その点では『Civilization』なんかは上手にやっていたと思いますが、『蒼き狼と白き牝鹿』も4作目にして、そのスケールの大きさを表現できるビジュアルを手に入れたと言っていいでしょう。

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『チンギス・ハーン4』のゲームシステムにおける一番大きな特徴は「文化」です。各都市に農業、牧畜、医術、芸術など、10に渡る「文化レベル」が設定されていて、各々の文化レベルを上げていくことによって、内政面や外政面において、それぞれのメリットを享受することができます。

で、この文化レベルを上げる方法の一つが、自分と異なる文化レベルを持つ都市と交易をすることなんです。
例えば、自都市より上の農業文化レベルの都市と交易を重ねていくと、少しずつ自都市の農業文化レベルが上昇していくことになります。
素晴らしい。

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この文化システムによって、ようやく「異文化」が存在することの意義が生まれました。これまでは、単に兵科が違うくらいでしか意味がなかったですからね。
この文化が融合していくメカニクスは、現地勢力と徐々に同化していったモンゴル帝国の史実に沿っているのも良かったです。

また、これまでの光栄歴史シミュレーションゲームでは、自国以外の他国はすべてコンペティターとして定義していたのに対し、今作では自国の文化レベルを高めるための交易相手としての意味も持たせました。滅ぼすだけの対象ではない。

これは格段の進歩と言えるもので、光栄歴史シミュレーションゲームを単なる「国盗り合戦」から、大きく飛躍させるポテンシャルを秘めていたと思います。

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あぁ、しかし時すでに遅し。
今作をもって『蒼き狼と白き牝鹿』シリーズは終焉を迎えます。もう少し早くレゾンデートルを確立できていれば、運命は変わったのでしょうか。

それでも『チンギス・ハーン4』は、不遇のシリーズの最後の意地を見せました。
国内マーケットが完全にコンシューマ機に支配されていくなか、草原の地平に消えた英雄の徒花。
夢よ、もう一度と願うのは、私だけではないと思いたい。



シブサワ・コウ(襟川陽一)こそ、日本最強のゲームクリエイターである。

いやぁ、ここまで唾を飛ばしながら、めっちゃ気持ち良くまくし立ててきましたが、キリがなさそうなので、今日はこのへんで勘弁してあげましょう。

バキバキの光栄信者の言う事はカルピスの原液みたいなものです。各自、適度に薄めて受けとめておいてください。



光栄の歴史シミュレーションゲームの多くは、ある種の非合理性を内包しています。

例えば、ストラテジーとタクティクスが並列で同居している点。他の有名ゲームは同居させつつも、たいがいどちらかに軸足を置いています。でも光栄は両建てで走らせちゃう。
ストラテジーというマクロ視点のジャンルに、人間ドラマというミクロ視点を持ち込んでしまうのもそうです。
また、話し出すと長くなりますが、ゲームの初期設定とゴール設定の関係も完全に非合理的なんですよね。

Paradoxの歴史ストラテジーゲームや、Civilizationシリーズの方がよっぽど理にかなってるんです。

ここらへんはまた別途、まとめることもあるかと思いますが、この非合理性を恐れないところが当時の光栄=シブサワコウ=ゲームクリエイター襟川陽一氏の天才たる所以だと思います。


凡人は非合理性を前にしたときに、尻込みしてしまいます。
これは違うわ、無理だなと思っちゃうわけです。
実際、無理ですから。

しかし、天才には別のものが、凡人には見えないものが見えています。

かつてロベルト・バッジオは言いました。
「選択できるプレーの中で、最も難しいプレーを選ぶ」と。
正気の沙汰ではありません。
しかしこの非合理性こそが天才の証なのでしょう。

そして非合理性は、合理性が逆立ちしても到達しえない、未知へのブレイクスルーを切り開きます。

子供の頃、父にPC-8801mkⅡSRを買い与えられ、おこづかいとお年玉一括払いを利用して、バカ高い光栄ゲームを買い続けた私にとって、ゲームの楽しさを教えてくれたのは、『スーパーマリオ』ではなく、『信長の野望』であり『三国志』です。

だから近年は襟川陽一氏が、コーエーテクモ代表取締役社長として、経営者としてしか語られないのは、ちょっと寂しい。
信者目線としては、ゲームクリエイターとしての襟川陽一=シブサワ・コウは、宮本茂さんと同様に、日本のゲーム界の中でもっともっと語られるべき存在だと思うんですよね。

襟川さんがどの作品のあたりまで、制作現場での主導的役割を担っていたのかよく分からないのが一因かもしれませんが、間違いなくそうであったろう80年代の作品だけでも、十分すぎる実績だと思います。

もし、この怪文書を読んでくれた方で、一人でもゲームクリエイターとしてのシブサワ・コウ=襟川陽一に思いを馳せてくれれば、信者冥利につきるというものです。


最後に、私が言うと「うちの猫が一番かわいい」みたいなものですが、いま一度ハッキリとさせておきましょう。

シブサワ・コウ(襟川陽一)こそ、日本最強のゲームクリエイターである。


はい、では本日の説法はこれで終わりです。
忘れずに色眼鏡を外してお帰りください。



※こちらはブログの下書きとして、殴り書きした草稿がわりの記事になります。推敲・調査不足、雑な日本語など、どうぞご容赦ください。


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