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カフェ・ソスペーゾ【最終編】

マーラが亡くなって2年が過ぎた頃、今度はイタリア全土にインフルエンザが流行った。
その頃、同じくして双子の兄弟サミュエルとジョバンニもインフルエンザにかかってしまった。薬を買おうにもお金がなく、相次いで亡くなってしまったのだった。

『なぜ、神様は私達をこんなにも苦しめるのか』

残された自分と小さな子供……生きる希望を失いかけ、アンドレアはマティを抱いて当てもなく山を登っていた。辺りはどんどん暗くなり、野生動物の目だけが光って見える。灯りはなく周りが見えない状況だった。
すると、アンドレアは足を滑らせ転んだ。雲隠れしていた月が顔を出し、あたりをにわかに照らした。
ふと我に返ると、目線の先は深い谷。あと数十センチずれていたら2人は崖から落ちていたのだ。抱いた子は無邪気に笑っている……
アンドレアは急に怖くなって、もと来た道を引き返した。

やっと家路にたどり着き、幼いマティをまじまじと見つめ、抱きしめた。
「俺の胸に希望があるんだ!」家族二人になっても“希望”は捨てずにいようと心に誓った。

幼かったマティは町中の人々に育てられた。人の温かさ、その恩恵を忘れることはできない。アンドレアと共にカフェ・スペラーレを盛りたて、商売を覚え、町の人たちに恩返しをしていく。
まさにカフェ・ソスペーゾの精神だ。

ソフィアはアンドレアの一つ一つの言葉の重みを噛み締めていた。
どんなに辛くても、苦しくても、未来に希望を持つということは大事なんだとアンドレアから教わった。だから、マティも思いやりのある優しい人に育ったのだと思った。
「 “ 未来に希望を持つ “ なんて素敵な言葉……そうかぁ、だからお店の名前もスペラーレ(希望)なんだ」

この話を聞いた翌日はマーラの命日。
午前中は店を休業にして3人でお墓参りに行くことにした。
マティが朝一番にコーヒーを入れてくれる。カフェ内に立ち込める香りはなんとも良い香りで、まるで異空間へ入り込んだようだ。その香りに酔いしれながら飲むコーヒーは格別なものだった。
誰も飲まない淹れたてのコーヒーが3つ、カウンター席に置かれる。
きっと、ここにマーラとサミュエルとジョバンニもいるのだろう……

小高い丘を登って行くと大樹が見えてきた。その根元に3人が眠っている。
ソフィアは花を手向け、『心安らかに』と祈った。
すると、後からもう一人歩いてくる男性が見えた。
「おーい、ミケーレじゃないか! ははっ! 久しぶり」
マティは嬉しさを隠しきれないようだった。マティの息子のミケーレも来た。
ミケーレは、毎年命日にはここを訪れ、供養をしている。現在はローマで暮らしている。

マティは隣町の娘に恋をし結婚した。
しかし、マティが自分の生活を投げ打ってでも他人へ奉仕することに、妻は反対だった。妻は自分が愛されていないと思い、息子を連れて出て行ってしまった。その時ミケーレは15歳だった。

でも、ミケーレは父を尊敬していた。将来はカフェ・ソスペーゾの精神を拡大していこうと新たに考えているという。そして、ここが好きだという。
「僕は祖母や叔父達とは会ったこともないけれど、なぜか惹かれるんだ。この場所にも」
そう言うミケーレの目は澄んだ泉のようにキラキラと輝いていた。

ソフィアは、まだ見ぬ“希望”に心躍らせていた。




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