ある日、空が迫ってきたら…【映画『アンド・アウェイ』】
無限に広がっているはずの空が、ある日突然目にも見えずに迫ってきたら…
映画『アンド・アウェイ』は上から何かが迫ってくるという、これまでにないコンセプトで展開されていくスリラーショート。
視覚的に怖いものは何も登場しないはずなのに、認識できない「何かが」起こっているという恐怖にドキドキさせられます。
Radditというアメリカの掲示板サイトに投稿された小説をもとに制作された本作。
今回は一度観ただけではきっと掴めない『アンド・アウェイ』の演出について解説をお届けしていきます!
ここから先はネタバレを含みますので、作品をご覧になってからお読みいただけると嬉しいです!
***
◎ 母親が気付いた違和感とは…
ある静かな朝、田舎に不時着したカラフルな気球。
カゴの中には誰もいない。
カカシを立てるほどに たくさんいたはずの鳥の姿。
さっきまで一緒にいたはずの農夫、スペンサー。
突然消えたハエ。
跡形もなく消えた、上に投げたはずの卵。
主人公のサラは、これらの現象から
「上」で何かが起こり、そしてそれが徐々に迫ってきていることに気が付きます。
私たちは普段、身近で起こっていることを目で見たり耳で聞いたり、触ったりとあらゆる五感を使って認識しています。
しかし音も聞こえず、触れられず、何かが消えることでしか認識できないこの状況において、サラの恐怖ははかりしれません。
どうなるのか、何が起こっているのか、鑑賞者である私たちにも最後まで明かされない点が多くありましたね。
どうして気球本体は残っていたのか?
地下室のキャビネットに置かれていた真ん中の瓶の中身だけが減っていくのか?
それは「動物細胞を持つもの」だけが消し去られる世界だったからです。
同じ高さに位置する3つの瓶のうち、かさが減っているのは真ん中の肉の瓶詰めだけ。
両隣はピクルスやお酒など動物細胞を持たない物質のために、かさが減ることはなかったのです。
気球の中にいたはずの人間、大空を高く舞っていた鳥、2階で仕事をしていたスペンサー、サラの頭上にいたハエ、投げた卵、それら全ては「動物細胞」をもつもの。
これらに気がついたサラは、子どものヘンリーと共になるべく下へ、
つまり地下室の床へと横たわったのでした。
◎ 全てはここから始まったー小説『It All Started With a Hot Balloon』
本作はアメリカの掲示板、Radditに2016年に投稿されたマネン・ライセット氏による、“IT ALL STARTED WITH A HOT BALLOON”(『全ては熱気球から始まった』)という小説が原作となっています。
原作では、サラの独白として物語が展開されており、不時着した気球からサラの身に起きる恐怖をリアルな感情と共に描かれています。
原作との違いはおもな違いとして登場人物の変更、ラストシーンなどがありますが、気になるのはこの異常現象の描き方。
原作では以下のように表されています。
「私は息をグッと飲んだ。埃っぽい空気とほとんど埃のない空気との間にある無垢な隔たりを見つめていたその瞬間、私にはあることがだけが脳裏に浮かんでいた。テレビで聞いたことだが、ホコリは主に死んだ皮膚細胞からできているという。」
映画では上に投げつけた卵が消えたことで露呈した異常現象は、原作では日がさす天井のホコリをみて、いつの日かサラが見聞したことと結びついたのでした。
↓以下Radditに投稿された原文です。興味のある方はぜひ映画版とどう違うのか見比べてみてください!(全編英語となっております。)
◎ ラストシーンの「赤い雨」
ラストシーンで親子のもとに降り注いだ「赤い雨」。
実は掲示板に投稿された原作『全ては熱気球から始まった』には描かれていない映画版オリジナルの演出でした。
原作ではサラの独白の元、誰一人、一匹として存在しなくなったこの地域を逃れるには標高の高い山を通るしかないと明かされています。
この地域から離れたい。だけど危険を冒したくないとも考えている。
もう一度地下室へ隠れるので、私からの次の便りを待っていてほしい、
というなんとも掲示板らしいユーモア溢れる結末でした。
ノア・カンパーニャ監督は本作の制作において、いかにコストを抑えながら、サラがこの現象をどう捉えているのかを精密に描きたかったといいます。
計画当初は地下室の中で気がおかしくなったメモを残す、という結末を考えていたそうですが、監督の散歩中に雨が降り始めた時に、「赤い雨」を使った演出を思いついたそうです。
またこのエンディングにはさまざまな見解の余地があるとしていて、カンパーニャ監督は観客の観点にそれを委ねています。
ちなみに“Blood Rain”(“血の雨”“赤い雨”)は、
古代ギリシャの吟遊詩人であるホメロスが『イリアス』という叙事詩の中で最高神ゼウスが2度にわたって「血の雨」を引き起こしたと記述したことから始まります。
その後も様々な作家の作品の中で描かれ、単なるおとぎ話かと思いきや、
2001年インドのケララ州では、実際に「赤い雨」が2ヶ月もの間降り続けたことで大きな話題となりました。
中世から近世にかけては悪いことが起きる前兆と考えられていた「赤い雨」ですが、現在の研究でもその原因が地元に生息する藻類の胞子や、宇宙空間からやってきた細胞などと言われており、いまだ明らかになっていません。
謎に包まれた「赤い雨」が表すのは、
この異常現象で失われた数多の命でしょうか?
それとも生き残ったからこそ訪れる今後の苦難の前兆?
はたまたこれまで存在し得なかった地球外生物の侵略なのか。
もしも突然空が迫ってきたら…
特異な設定かと思いきや、まだ私たちが知らないところではあり得る話なのかもしれません。
あなたはその違和感にいつ気がつけるでしょう…?
鳥の姿が見えなくなった時?
地上に生きるコオロギの鳴き声が聞こえなくなった時?
それとも自身の存在がすっかり消されてしまった時?
思わず上を見上げてしまう本作『アンド・アウェイ』、
ぜひもう一度ご覧ください!
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