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映画『ザ・ブライド』が描く、中東を生きる女性たちとは

2014年、過激派組織ISIS(イスラーム国)は世間に「奴隷制度を復活させた」と発表。
世間を大きく驚かせた公表の中、奴隷となったのはISISが迫害するヤズディ教徒の女性達でした。

映画『ザ・ブライド』は、フィクションでありながら現在の中東における問題を鋭く描いたショートスリラーです。

今回は混迷する中東の宗教事情、そんな中東に生きる女性達について、本作と交えながら解説をお届けします。

ここから先はネタバレを含みますので、よろしければ作品をご覧になってからお読みいただけると嬉しいです!

〈タイトル〉『ザ・ブライド』
〈監督〉Eren Celeboglu, Ari Costa
〈作品時間〉15分02秒
〈あらすじ〉
ISISに捕えられていた奴隷女性が命からがら奴隷市場から逃げ出したところを、ISIS抵抗軍の女性兵士に保護される。その奴隷市場では、とんでもない事件が起こっており、その奴隷女性に真相を問いただしたところ、そこには復讐に燃えるある女性の影があったのだ...

SAMANSA

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◎ 中東を生きる女性たちの苦しみ

この物語では、4名の女性が登場します。

アマル

アマル…5年間、過激派組織ISIS(イスラム国)の奴隷とされてきたクルド人女性。ウム・サラフが殺害した女性奴隷達の生き残り。アフマド少佐に捕えられた後の会話では、女性奴隷達を救おうとしてウム・サラフに撃たれるも、ブライドが助けてくれたと主張する。

アフマド少佐

アフマド少佐…クルド女性防衛部隊に入隊し、ISISと戦う。かつて弟の性自認について家族の名誉を守る為に殺害を命じられるも、自身では手を下せず、弟自ら命を断つように仕向けた。女性奴隷であるということは女性の弱さの象徴であると考え、嫌悪感を抱いている。

ちなみに実際にクルド女性防衛部隊(YPJ)と呼ばれる女性だけの武装集団が存在しており、2014年にヤズディ教徒たちをISISの兵士から救出する際にも重要な役割を果たしていたようです。

↓詳しくはこちらの記事からご覧いただけます。



ウム・サラフ

ウム・サラフ…ISISにおける絶対権力を持つ女王的存在。ブライドを生きたまま焼殺した後、亡霊と化したブライドに呪われて気がおかしくなってしまう。モスルの奴隷市場に火を放ち、ヤズディ教徒の女性奴隷100人を生きたまま焼殺した。その後イラクのクルディスタンにて自殺。

実際には、劇中に登場するISISの女王ウム・サラフに値する人物はいませんが、
2021年にISISに参加したドイツ人女性がヤズディ教徒の女性を奴隷として買い、夫にレイプするように促していたことが明らかになりました。

ウム・サラフはこうした女性達がモデルになっていると考えられます。


ブライド(花嫁)

ブライド(花嫁)…ISISで最も凶暴な戦闘員と結婚させられた黒人女性の奴隷。夫にレイプをされそうになった時に彼の目をくり抜いたことで、ウム・サラフに生きたまま焼かれて死ぬと、復讐の亡霊となって「悪人を罰する」ようになった。
奴隷女性たちの間では伝説の「花嫁」となる。


本作では、アマルが「伝説のブライド(花嫁)」について語り始めるところから大きく展開していきます。

本来であれば、アマルはウム・サラフによって撃たれたことで死ぬはずだったところに「ブライドが来てくれた」と言い放ち、アフマド少佐はそんな浮世離れした話に苛立ちを隠しきれません。

自身の弟についても言及され、怒りを抑えきれなくなった少佐はついにアマルを絞殺。
そこに待っていたかのようにブライドの亡霊が現れ、人間の姿に戻って自身の罪に向き合うように教えられると、少佐は覚悟を決めたかのように自殺を図ったのでした。


ブライドは「悪人を罰する」と称されていましたが、少佐の自殺後に浮かべた彼女の苦しそうな表情を見ると、彼女たちの苦しみを解放したという見方もできるのではないでしょうか。

ウム・サラフに関しては詳しい描写はありませんが、アフマド少佐に関しては弟との過去やISISとの戦いの中で、歪んだ女性像が生まれてしまっていたと考えられます。

「私たちは姉妹だと」主張していたブライドは生前の自身の生き方から、この社会に苦しみながら生きる女性を救いたいという、
優しさを持った亡霊だったのかも知れません。


◎ 中東の宗教事情

中東における宗教の割合は国によって非常に様々で複雑です。

イラクの位置
(“World Vision”より)

本作の舞台となったイラクでは、人口の6割がイスラム教シーア派、2割がイスラム教スンニ派、そして約2割弱をクルド人が占めるほか、キリスト教徒やその他の少数民族が混在する多宗教国家となっています。

ここでは本作に登場していながら、あまり馴染みのないイラクの宗教事情について解説します!

クルド人…トルコやイラクをはじめとした中東諸国国境の山岳地帯に住む、国を持たない民族。多くはスンニ派のムスリムだが、中にはヤズディ教やイスラム教アレヴィ―派など少数派とされる教徒も存在する。

ヤズディ教…イラク北部のクルド人の一部に信じられている民族宗教。ヤズディ教徒から生まれた子のみが信仰することができるが、改宗はできない。教典などがないため、未だに謎の多い宗教。ISIS (イスラーム国)によって「邪教」と認識され迫害されていた。

2017年のモスルの様子
.MARKO DJURICA-REUTERS (“Newsweek“より)

モスル…イラク北部の都市。かつては200万人都市であったものの、2014年にISIS占拠すると最重要拠点とされた。2017年にイラク軍が解放するまで、ISISによる強制自治や奴隷制度が施行されていたため、今でも都市への再建が行われている。

ISIS (イスラーム国)…スンニ派過激組織。独自のイスラム法解釈に基づいて活動している。男性は4人まで妻を取ることができるため、女性奴隷を購入したり、強姦等の性暴力が正当化されている。

いずれにしてもイスラム教では、その教えから女性は保護されるべき存在として見られており、

民族戦争だけでなく、宗教に関するテロや襲撃の際は真っ先に女性が非常に弱い立場に晒され続けていることは明白な事実なのです。

◎ 火が意味するものとは

また、本作では「火」がキーポイントになっています。

ウム・サラフによってヤズディ教徒の女性奴隷が生きたまま焼かれたこと、アフマド少佐が煙草を吸う際にマッチで火をつけたり、
また、コーヒーが沸騰していくこと…など
様々な場面で「火」もしくは「火による効果」が演出されていましたね。

これは宗教(組織)ごと、そして同じ女性でも立場ごとに「火」への意識が明確に異なることが考えられます。


宗教(組織)において

ヤズディ教はゾロアスター教(拝火教)やミトラ教などのほかの宗教の影響を受けており、中でもゾロアスター教は「火」について光、つまり正義、真理の象徴であると考え、神聖化しています。

イスラム教の教典「コーラン」でも神だけが火を用いて尋問を行うことができ、生者が死人を弔う際は土葬を主とします。つまり、「火」はここでも神聖なものとして見られています。

しかしながらISIS(イスラーム国)では、捉えた人々を生きたまま焼き殺す映像を度々公開しています。
劇中のブライドも生きたまま焼かれて死ぬ際、ビデオカメラを回されていたと明かされていましたね。

彼らはイスラム教の教典を最たる物としているため、本来であれば「火」を用いて人を罰するのは禁忌に当たります。

それでもISISでは、自分たち以外の宗教を「邪教」と考えたり、世界を変えていかなければならないという意識から、見せしめとして人々を焼き殺し、イスラム教でいう「死者の復活」を妨げているのです。

・立場において

同じ女性でも立場によって「火をつける者」、「火をつけられる者」に分けられています。

ウム・サラフは先述した通り、ブライドや女性奴隷たちに「火をつけた者」、

アフマド少佐も煙草を吸うために「火をつける者」。

どちらも各々の組織の中である程度の権力や権威を持っている人間です。
「火」というのは強い立場にある女性を表すのかと思いきや、

ブライドはウム・サラフに、アマルはアフマド少佐に、
それぞれ奴隷であった彼女達も、相手に自身の罪を思い出させるように「火をつけている」のです。

これはブライドが劇中で述べた「あなた達と同じ女性だ」という言葉に繋がっていて、物理的な力関係や地位の差はあれど、存在としての女性は同じ起点にあるということを表しているように思えます。


現在、ISIS(イスラーム国)はほとんどの占領地を失ったことで事実上の壊滅とされています。モスルの奴隷市場も今は更地になっているようです。

しかしながら、今年の8月にも5代目の最高指導者が就任するなど、活動自体は続けられています。

長い歴史の教えはそう簡単に断ち切ることはできません。それでもこれまでに傷つけられた多くの女性たち、そして傷つく姿を見なければならなかったその家族たちはこれからどう生きるのか。

ただのショートホラーではない本作は、中東に生きる女性たちについて考えさせられる作品です。

映画『ザ・ブライド』はSAMANSAにて配信中です!
ぜひもう一度ご覧ください!

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