【短編小説】走れたい焼きさん
あっつ!!
たい焼きさんは鉄板から飛び出した。
ぱちぱちとした音の中でたい焼きさんは生まれた。
気づいたら生まれていて、気づいたら焼かれていた。
あつい。どうしようもなくあつい。
思わず飛び跳ねて地面に落ちてしまった。
「おいこら!」
声が聞こえる。
その声の主は誰だかわからないがおそらく自分にこんな拷問をかけた何かだろう。
ふざけるな。生まれた瞬間に灼熱の地獄に放り込まれ、そのまま死んでいくなんてごめんだ。
幸いはみ出た生地で形成された足が、身体の下についている。頼らないが、これを頼りにする他ない。
「早く捨てなきゃ店長に怒られる…」
声の主は手を伸ばしてたい焼きさんに近づいてきた。
逃げなきゃ。
考えるよりも先に体は動いていた。重たい体を細い足で支えながらなんとか走った。
あの地獄は嫌だ。
あの地獄だけは嫌だ。
しかし鉄板の外も当然地獄だった。
車と人が忙しなく行き交うこの街で安全な場所なんてない。けれど、少なくとも鉄板からは逃げないと生き延びられないのだ。
いやだ、焼かれたくない。
たい焼きさんは走った。
恐怖心、ただそれだけが走る理由だった。
走って走って走って走って。
気がつけば体がなくなっていた。
死んだことにも気づかず。
焼き上がっていないたい焼きは液状の生地をポタポタ垂らしながら生きたい一心で走り抜けたのだ。
やがてその生きた証も、この忙しない街では誰にも気づかれずに消えるだろう。
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