【短編小説】秋は秋刀魚にすだちを添える
秋がやってきた。
すっかり冷えて夏の気配がほとんどしなくなったこの頃、食欲が抑えられないほど旺盛になる。
涼しいを通り越して寒さすら感じ始めるこの季節はいつも駆け足で通り過ぎていくので、こちらも楽しむ前に気づけば終わっていることが多い。
秋といえば秋刀魚。秋刀魚といえば秋。
名前に秋という字が入っているのだから栗やかぼちゃ、さつまいもよりも秋を代表するに相応しい食べ物だ。
近所の魚屋で見つけて口の中が潤う。
これを七輪で焼いて食べたいなあ。
七輪なんて本格的なものを扱ったことないがどうしても試してみたい。
何せ秋なのだ。どこか浮き足立つ。
店のおじさんに「悩みとかある?お話聞くからね」などと心配しながら七輪と炭を抱え、魚屋で秋刀魚を二尾お買い上げ。
これだ。
スマホを片手に七輪で焼く方を調べ、火起こしをする。
炭の香りとほのかな熱が夏の暑さを思い出させる。
ついこの前のことなのに夏が恋しい。
その恋しさを埋めるためにすだちも買ったんだ。
得意げになりながらすだちを切り、器に乗せる。
すだちが添えられたその器も秋刀魚を楽しみに待っている様子だった。
炭の香りに混じって美味しそうな魚の香りがする。
これだ。これが秋の匂いなんだ。
近所からかおる金木犀の風が秋の味覚乗せて鼻孔を刺激する。
綺麗な焼き目がついた秋刀魚はなんとも鮮やかだ。
まずは何もかけずに一口。
箸で皮をちぎるとパリッと美味しそうな音がする。
今すぐかぶりつきたい気持ちを抑えつつ、ここはおしとやかにいこう。
ふわふわに焼き上げられた身は白く、その色だけで味が容易に想像できた。
いただきます。
程よい塩味が魚本来の甘味を引き立て、脂の乗った旬の魚は悶絶するほどの美味さだ。
七輪で焼くことで炭の香りが主役を引きたてる。
今度はすだちをしぼって。
爽やかな酸味が魚の脂を邪魔せずにさっぱりといただける。
ポン酢をかけるのもいいがやっぱりすだちが好きなんだ。
紅く染まった葉がベランダに落ちる。
五感で楽しむ秋は、これ以上ないほど幸福だった。
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