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【短編小説】雨とコーヒー



人は皆、口を揃えて雨の日は何もしたくないという。



僕もその一人だ。



雨はあまり好きじゃない。




2階建ての古いアパート、上の階に住む僕は、

雨粒が屋根を打つ音で、何をするにも集中できない。



髪は湿気で鬱陶しいし、すぐそこのゴミ捨て場へ行くのすら腰が重くなる。



今日に限って言えばバイトが無くてラッキーだ。



こんな日に店長に会おうものなら気分を上げるのに何時間あっても足りない。


バンド練習がないのは残念だが、仕方ないのでそういう日はコーヒーを淹れることにする。


飲みながら小説でも読めば気持ちが幾分かマシになるだろう。





1Kの狭いキッチンでケトルを沸かし、待つ間雨の様子を見ることにした。


窓を開けると湿った空気が流れ込んできた。土と水が混じった匂い。


雨の匂いは案外悪くない。




春の暖かさを楽しんでいると沸いたケトルに呼ばれた。


密着させるようにペーパーフィルターをセットし、全体をお湯で温める。



奮発して買ったコーヒー粉、今日の主役はこれだ。


袋を開けると鼻孔をくすぐる芳醇な香りが僕の心もくすぐった。


丁寧にお湯を注ぐと、ゆっくり粉が膨らんでくる。


いつものインスタントでは見れない光景が僕にとっては眼福だった。




ああ、この待ち時間がじれったい。





二度目は中央に小さく注ぎ、お湯が縁にかからないよう、丁寧に気をつけた。



少しずつ泡立ちながらくぼんでいく真ん中は飛び込めば幸せの海が待っているんじゃないかと期待させてくれる。


出来上がったその海は、普段の倍以上の幸せが凝縮されていた。




今日だからこそできる贅沢、絶対たっぷり楽しんでやる。



背伸びして買った純文学小説は少し自分には難しかったけど、ほろ苦いコーヒーのお供には悪くないかもしれない。





雨の日限定、読書しながら飲む特別なコーヒーは、人生の中でも数えられる程の良い幸せ、と言えるだろう。


そう考えると案外、僕は雨が好きなのかもしれない。

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