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『四月の朝の出来事』
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朝の自主練。
いびつな五角形の校庭を、フェンスに沿って走る。
バックネット、サッカーゴール、テニスコートと、次々と移り変わる見慣れた景色。
それぞれの掛け声に、排水溝の蓋の上を走る自分の足音が重なる。
ガタリ、ゴトリ。
ガタンッ。
不意に後ろからかぶさる音と声。
「おはよ。」
はずむ息と跳ねた鼓動を抑えながら、私は斜め後ろを向き、返事をする。
「おはよ。」
汗ばんだ頬に張り付く髪を直す頃には、声の主はもう真隣だ。
「今日暑いよね。」
「ねー。汗凄いわぁ。」
「あの渡り廊下の下通るとこ、風抜けて気持ちいいよね。」
「わかる。私あそこ好き。」
「僕も好き。」
風の通り道に差し掛かり、校舎よりも背の高い桜の木々が、静かに枝を揺らす。
「「あっ…」」
思いがけず吹き抜けてきた強い風は、薄紅の花びらを舞い散らせた。
思わず目を瞑った私の横で、その小さな嵐の中に、君は手を伸ばす。
「キャッチ。」
掴んだ花びらを、走るペースを落とした君が、嬉しそうに見せてくれる。
「ふふっ、ナイスキャッチ。」
「はい、どうぞ。」
つられて微笑んだ私の目の前に、小さな春の便りを差し出す、乾いた土の付いた君の右手。
それごと慌てて両手で包み込む形で、こぼれ落とさずに、なんとか受け取ることができた。
「おっとと…あ、ありがと。」
「じゃ、また教室で。」
「うん。あとちょっと頑張ろー」
「おー。」
速度を上げて追い抜いていった君の背中を、舞い散る桜の花びらが隠している。
「やっぱ速いなー。」
呟きながら、私はハンドタオルを取り出し、小さく儚いその贈り物を、そっと挟み、ハーフパンツのポケットに優しく押し込んだ。
まだ伝えるまでには勇気の足りない、君への気持ちと一緒に。
再び前を向き、すぅっと息を吸いながら、駆ける足に力を入れる。
校舎の日陰を抜けて、さぁ、もう一周。
見慣れた景色が、やけに眩しく感じた。
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