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(短編)廃図書館で遭った者

視界いっぱいに書架が広がっている。大ホールを満杯にするほどの数の観客たちがすっぽり収まるくらいの広さのこの施設にあるのは本だけだ。
木造りの書架群は経年とともに劣化し、崩壊の瀬戸際でその役目を果たしている。
それらに納められているはずの本たちも同様に朽ち果て、書物としての姿をかろうじて保っている。
ここは国家が威信をかけて築き上げられた図書館だったものだ。

かつては全世界の本をかき集めた知の集積所だったこの場所は、すでに遺跡と成り果てている。
ここに来るのは本を狙った盗掘者か廃墟好きの暇人くらいだ。
灯りがないため鬱蒼と暗く、黴臭い空気が漂う、人気のない静かな廃墟を俺は探索している。
あまりここに長居をしてはいけない。こんな陰鬱な巨大遺構を訪れる物好きたちが口を揃えて言うことだ。
最近でも高額で取引される稀覯本を求めて侵入した悪徳スカベンジャー一行が消息を絶っていた。
この図書館にはなにかがいる。
誰もが確信していたが、口に上るのはくだらない憶測ばかりだった。
そのなにかに遭遇しないうちに、目当ての物を見つけようと俺は早足ながら慎重に歩を進めていた。


「図書館ではお静かにお願いします」

振り返ると、そこには古めかしい制服を着込んだ女が立っていた。

その瞬間、心臓がギュッと掴まれたように感じた。
緊張で体が硬直する。

こいつが図書館に潜むなにかだ。

その肌は異様に白く、顔つきも人形のように端正でありながら目の下の隈がひどい。

こんな埃だらけの廃墟にいながら衣服にはしわや汚れがまったくない。

明らかに盗掘者ではない。廃墟マニアの変態かと一瞬だけ頭によぎったが、多分それはない。
おそらくこいつは司書というやつではないかと俺は思った。
この図書館が健在だった頃に働いていた司書の亡霊とかな。
武装していただろうスカベンジャー共を殺ったのも亡霊の仕業なら俺は納得できる。
司書にとっては勝手に本を盗んでいく奴や物見遊山で図書館を訪れて騒いでいる奴なんて腹の立つ存在だろうし、ぶち殺してやりたいとも思うだろうし。

「図書館ではお静かにお願いします」

かつて酒場で酔っ払いどもが口にしていた噂話がある。
図書館のなにかに遭遇して助かる方法がある、と。
それは持っている本の冊数がちょうど素数だったら助かるとかのくだらない与太話だ。
思い出すだけでも無駄な内容だった。
が、そんな無駄な思考を頭で繰り広げている間にひとつだけ確信したことがある。
司書の仕事とは?

「図書館ではお静かにお願いします」
抑揚のない声で同じ言葉を繰り返す彼女は心底不気味だ。正直逃げ出したい。

だが、意を決して声をかける。
「すみません。実は探している本があるのですが」

自宅で湿っている本をドライヤーで乾かしながら、考える。
あの女はなんだったのだろうか。
司書の亡霊とかいうのも焦った俺の想像である。
だがもうどうでもいい。
手に入れた本に意識を向けよう。
この本をしっかり返却しなきゃあの女が化けて出てくるなんて話はないよな?

本のタイトルは……

おわり

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