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5月に読みたい物語 『リラの花咲くけものみち』 藤岡陽子/著

 2019年5月、わたしは札幌市の大通り公園で青空に映える紫色の花を見上げていた。からっと乾いた空気が心地よく風に乗る。今この瞬間を素敵な瓶に詰められたらいいのになんて思ったくらい爽やかなあの日の記憶を思い出した。

 今週、藤岡陽子さんの『リラの花咲くけものみち』を読むことができた。昨年話題になっていて読みたかったとっておきの1冊。あっという間に読み終わり本を閉じた瞬間、5年前に感じたあの風が急に髪を揺らした気がした。そうだわたし行ったんだ札幌に。この記事の上にある写真はそのときに撮ったもので実に5年ぶりに画像をみることとなった。音楽イベントに参加するために訪れた当時、たまたま開催されていた「さっぽろライラックまつり」ではじめてライラックの花を知った。なんてかわいい花なんだろう。風に揺れる美しいライラックはリラとも呼ばれて多くの人に愛されている。そしてこの作品の表紙文字のリラが、リラ色なのに気がついた。

 『リラの花咲くけものみち』は、獣医師を目指して北海道大学に進学した少女の物語。この物語は大学入学というタイミングから始まる。1人で新しい場所に飛び込む不安が伝わってくるから、そこからずっと勝手に母や近所おばちゃんのような気持ちで少女の成長を見守る読書体験となった。きっと同じ気持ちの読者も多いかもしれない。獣医師のお話でいえば昔、佐々木倫子さんの『動物のお医者さん』を読んだころは同じ学生気分で読んでいたのに、年を重ねるとこんなにも涙脆くなるのかと自分の年齢を実感することとなった。

 北海道で人生を歩む彼女のそばにはいつも季節に寄り添って咲くがあり、樹があり、動物がいた。まるであなたを応援しているよと言っているかのように自然に寄り添っていた。これがわたしの“リラ咲くお気に入りポイント”。加えてもうひとつ印象的だったのが、描かれたいくつものいのち。獣医師を目指す日々で出会ったいのちがとてもリアルに読者の心に届くように描かれているのは、看護師経験のある筆者ならではなのかもしれないなと感じた。同じいのちはひとつとして無く、とても意味のある大切なものだった。

 晴れ渡る空をみあげながら今思う。きっとわたしはこれから先の人生でリラの花を見る機会があれば、この物語を思い出すだろう。訪れたあの大地の思い出とともに。『リラの花咲くけものみち』は、5月に読みたいあなたの心に花咲く物語。





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