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風の季節ほか

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「紫陽花の季節」スピンオフです。 「風の季節」「hollyhock」「白梅の薫る頃」「紫陽花の季節、君はいない」完結しました。 「夢見るそれいゆ」「紫陽花の花言葉」連載中です。
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2021年7月の記事一覧

紫陽花の季節、君はいない 27

紫陽花の季節、君はいない 27

6月21日。紫陽が消えてしまった日。
眠れずにいた俺は、何かに取り憑かれたように日の出前に家を出た。
雨は降っていないが、じめっとしている。
ふらふらと歩いて辿り着いたのは、八幡宮の鳥居の前だった。

此処までやって来たのに、境内に入るのは躊躇われた。

紫陽花ノ季節、ナノニ君ハイナイ。
分カッテイタノニ、来テシマッタ。

鳥居の柱にもたれ掛かる形で俺は座り込んだ。
ろくに眠らずに歩き続けたからか

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hollyhock ─birthday─ 後編

「柊ちゃん、他の姉妹にはあおいさん会わせたの?」
詩季さんが柊司くんに尋ねた。
「あおい、末っ子の夏耶(かや)には会ったよな?」
「うん、結婚のご挨拶の時にご両親と一緒にいた女の子よね。」
夏耶ちゃんは小柄だけと柊司くんに似て目鼻立ちはっきりした女子高生だった。

「二番目の姉の秋穂(あきほ)と、俺の二つ下の妹の椿綺(つばき)は実家を出てるから、まだ会わせてないんだよな。」
柊司くんが腕を組んでい

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hollyhock ─birthday─ 前編

「夢見るそれいゆ」主人公ひなたの母親、あおいさんのお話です。
ひなたがまだお腹にいる頃の時代です。

2021年7月24日。私は夫の柊司くんの車の運転で久しぶりに遠出しているの。
妊娠してから最低限しかお出掛けしなかったから、とても楽しいわ。

「あおい、今度の誕生日は外食にしようか。」
という柊司くんの提案で、柊司くんのお姉さんの旦那さんのレストランを貸し切りにしてもらったの。

それにしても、

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夢見るそれいゆ 182

夢見るそれいゆ 182

「私から告白したのは本当だよ。スルーされたけど。」
更紗先輩が羊司先輩をジロッと見た。
「えー、ひどいですぅ。」
真麻ちゃんが引いている。
羊司先輩が告白をスルーしたなんて、私には信じられなかった。

「あれはタイミングが悪かったんだ…。」
羊司先輩が事の顛末を話し出した。

「中二の冬、俺は放課後一人でスキー宿泊学習のしおりを製本していた。
その時、突然教室に更紗が入ってきて言ったんだ。
『スキ

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紫陽花の季節、君はいない 26

紫陽花の季節、君はいない 26

そもそも、俺は自分のことを話すのが得意ではない。
俺には趣味も特技もない。
「つまらない人間ね。」と義母に言われたこともある。
誰も俺に興味など持たないし、俺も誰かに興味がない…はずだった。

『こんにちは!アナタ、毎日見かけるよ。私、アナタと友達になりたいな。』
八幡宮で紫陽から俺に話し掛けてくれた。
彼女を通してなら、つまらなかった世界も意味のある世界に思えた。

紫陽花の精霊である彼女には、

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紫陽花の季節、君はいない 25

紫陽花の季節、君はいない 25

俺は社会勉強の為のバイトと就職活動を始めた。
俺はなるべく今住んでいるアパートから遠いところを選んで、面接に行った。
柊司達に災厄を招く前に、此処から離れなければという一心だった。

しかし、自分のコミュニケーションスキルが此処までポンコツだとは思わなかった。

コンビニのバイトでは、仕事内容はすぐに覚えられたものの、女子高校生のバイト仲間に「トロトロやってんじゃねえ」と怒鳴られたり、客にプライベ

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夢見るそれいゆ 181

夢見るそれいゆ 181

「着替え、終わったよ~。」
更紗先輩が衝立からひょこっと出てきた。

ウエスト切り替えの白いワンピース。上は綿レース生地、下は無地の綿ローン生地。
ベルトはレースで編まれていて、結び目に花のコサージュが付いている。
裾にもレースが控えめに施されている。

「白一色だけど、素材で変化を付けてみたよ。
ベルトとコサージュと裾のエジングは、羊司が編んだよ。」
更紗先輩が作品の説明をした。

「レース使っ

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紫陽花の季節、君はいない 24

紫陽花の季節、君はいない 24

夜明け前、俺はひどい胸の締め付けと吐き気で目を覚ました。
苦しくてもがいたので、シーツがぐしゃぐしゃになってしまっていた。

「…紫陽、紫陽。」
すがるような気持ちで、彼女の名前を繰り返し呼んだ。
頭の中でリフレインする義母の呪いの言葉を打ち消したかった。
しかし、呼べば呼ぶ程呪いが心に刻まれていくようだった。

『貴方ノオ友達ノ奥サンヤ子ドモハ、無事デ済ムカシラネ──』

これは夢だ。義母が実際

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夢見るそれいゆ 180

夢見るそれいゆ 180

「木綿子先輩は、羊司先輩と更紗先輩の幼なじみなんですよね。」
「そうだよ。幼稚園から仲良しなんだよ~。」
木綿子先輩が言うと、
「腐れ縁ともいう…」
と羊司先輩が遠い目をした。

「更紗も木綿子も違うタイプのマイペースだから、昔は大変だったんだよ。」
「大変だって言いつつも放り出さないんだよね、羊ちゃんは。」
先輩達は昔も今もあまり変わっていないんだろう。

「更紗ちゃんも、羊ちゃんがしっかりして

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紫陽花の季節、君はいない 23

紫陽花の季節、君はいない 23

部屋に帰ろうと玄関に行った時、柊司に呼び止められた。

「なあ、夏越。お前は悩みを溜め込む癖があるから俺は心配だ。
前にも言ったけど、無理には聞かないけど話したくなったら俺は何時でも聞くからな。」
やはり、柊司には勘付かれていた。
俺は曖昧に笑顔を作って「ありがとう。」と言って、自分の部屋に帰るしか出来なかった。

──深夜に雨が降ったからか、夢に紫陽が出てきた。
八幡宮の満開の紫陽花の森。
どし

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Once upon a time…

Once upon a time…

紫陽花の季節シリーズの登場人物、御葉付き銀杏の精霊【御葉】の昔語りです。

私は御葉。八幡宮の御葉付き銀杏の精霊です。
普段は八幡神さまの声を聞き、土地の穢れを祓ったり人間の厄祓いをするお手伝いをしています。

今日は私の昔の話でもしようかと思います。

私の本体は鎌倉に武士政権があった頃に、この地に植えられました。
私が精霊の形をとれるようになった頃は、まだ八幡神さまはこの地に遷座しておられませ

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紫陽花の季節、君はいない 22

紫陽花の季節、君はいない 22

「就職か…。」
俺が大学院に進学したのは、紫陽と長く過ごしたかったからである。
彼女がいなくなってしまった今、就職の際この地に拘る必要はまったくない。
だからといって、地元に帰る気は更々ない。

大学進学の時は、実家さえ出られればそれで良かった。
無関心な父親と冷淡な義母から離れたかった。
『高校を卒業したら、この家を出ていって。』
義母の冷ややかな視線が、声が、フラッシュバックする。

「夏越く

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夢見るそれいゆ 179

夢見るそれいゆ 179

何時もと変わらない様子の手芸部に私はほっとした。
でも、更紗先輩が見当たらない。

「木綿子(ゆうこ)先輩、更紗先輩は今日休みですか?」
「ひなたちゃん、更紗ちゃんは今お着替え中だよ。」
木綿子先輩は、部室の隅っこにある衝立を指差した。
そのスペースは、手芸部の更衣室の代わりになっている。
「ひなー、私いるよー。」
衝立から更紗先輩が手だけを出してひらひらさせた。

「更紗先輩が羊司先輩と作ってい

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紫陽花の季節、君はいない 21

紫陽花の季節、君はいない 21

食事中、俺は薄々気になってたことを聞いてみた。
「なぁ、柊司。お前こんなに料理出来るのに、料理人になろうとは思わなかったのか?」
「あおい、夏越が俺に興味持ってくれた!」
柊司が目を輝かせた。
「良かったね。柊司くん、夏越くんのこと大好きだものね。」
俺って、そんなに他人に無関心に見えるのか。

「まあ、考えたことはあったな。
でも料理人だと家族を持った時に時間がすれ違うから、今の定時に帰れる職場

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