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紫陽花の季節、君はいない 22

「就職か…。」
俺が大学院に進学したのは、紫陽と長く過ごしたかったからである。
彼女がいなくなってしまった今、就職の際この地に拘る必要はまったくない。
だからといって、地元に帰る気は更々ない。

大学進学の時は、実家さえ出られればそれで良かった。
無関心な父親と冷淡な義母から離れたかった。
『高校を卒業したら、この家を出ていって。』
義母の冷ややかな視線が、声が、フラッシュバックする。

「夏越くん?顔が青いけど、大丈夫?」
あおいさんが俺を心配して顔を覗き込んでいる。
「…大丈夫。昨日徹夜でレポート書いていたから、疲れが出たかな。」
俺は咄嗟に嘘をついた。実家のことは、誰にも触れられたくない話題だ。

「そうなの。じゃあ、夕飯食べたら帰ってゆっくりしてね。」
今の言い訳をあおいさんは納得してくれたけど、勘のするどい柊司は訝しそうに聞いていた。

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