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紫陽花の季節、君はいない 23

部屋に帰ろうと玄関に行った時、柊司に呼び止められた。

「なあ、夏越。お前は悩みを溜め込む癖があるから俺は心配だ。
前にも言ったけど、無理には聞かないけど話したくなったら俺は何時でも聞くからな。」
やはり、柊司には勘付かれていた。
俺は曖昧に笑顔を作って「ありがとう。」と言って、自分の部屋に帰るしか出来なかった。


──深夜に雨が降ったからか、夢に紫陽が出てきた。
八幡宮の満開の紫陽花の森。
どしゃ降りの中、俺は彼女の名前を呼んだ。
しかし彼女は俺のことが見えていないようだ。

「ねえ、彼女を死なせたのは誰?」
聞き覚えのある氷のような声。
「貴方のせいで母親は死んだのに、懲りないわね。」
そうだ、この声は義母だ。姿は見えない。

紫陽のいる場所だけ雨が止み、光の柱がスポットライトのように彼女に当たった。

紫陽が茅の輪…いや日食の輪をくぐろうとしている。
「くぐったら駄目だ、紫陽!消えてしまう!!」
俺は彼女を引き留めようとして走ったものの、泥濘に足をとられ転倒した。

泥だらけで彼女に向かって手を伸ばしたが、紫陽は消えてしまった。
俺は夢の中でまた彼女を失ってしまった。

俺は泥濘の中うずくまっていると、義母が俺に呪いの言葉を呟いた。
「貴方のお友達の奥さんや子どもは、無事で済むかしらね──」

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