紗倉さとる
写真集のようなもの
午後7時になっても空は明るい。夏至が近付いている。私は貴方を追いかけながらトートバッグの中のデジカメを探った(もしくは探りながら貴方を追いかけた)。一眼を構える貴方は後ろから見ると、顔からカメラを生やした生き物のようで、ちょっと面白い。貴方の眼。第三のレンズが空中に伸びる。何を写しているんだろう? 何をキャッチしてるんだろう? そう思いながら私も第三の眼を構えて貴方を写し取った。なんだか画面全体が青い。空の青さがビルの窓に、タイルの道に、あなたに反射して、ちがう、うつりこんで
前に感想メモ①を書いてから、随分間が開いてしまった。ちょこちょこ読み返しながら書くぞ! 前回、二作分のメモを書いたから、今回は三作目「カミ」から。 3.カミ これ読み返したとき、懐かしい! ってなった。これを初めて読んだのが、おそらく一年半前とか、もっと前とか。だから懐かしいっていうのもあるんだけど、たぶん、懐かしい理由がもう一つあって、それがこれである。 これ、私が小学生くらいのときに「じゆうちょう」に書いたラクガキなんだけど、この「カミ」という作品は、このラクガキ
ケノヒさんの初の短編集、『独りぼっちのアンソロ』をようやっと読み終えたので、感想メモを書きます⛲ 『独りぼっちのアンソロ』に収録されている作品は、以前Twitterにアップされたときに読んだものも多かったけど、見逃してたのもあったし、読んだけど内容忘れてたり、じっくり読めてなかったりしたのも多いから、なんだか全部新鮮な気持ちで読んだ。全部めっちゃ面白かった。とりあえず最初からいっこずつ振り返って、思ったこととか書いてってみる。 1.「真夏のバナナフィッシュ」 「僕の友
こんにちは、誰か。わたしは明日の企業訪問(企業説明・筆記試験・面接)をさぼろうと思います。グーグルマップで本社の住所を見たら、家から一時間半かかる場所だったのが決め手です。あと、昨日から生理で体調がよろしくないから。あと、そこまで行きたい会社ではなくて、なんとなく数うちゃ当たれ的な気分でエントリーしたところだったから。 だいたい、家から一時間以上かかる会社って出来るだけ行きたくないよね。わがままかなあ。わがままでいい。うるさいよ(誰が?) 数年前から髪の毛を触るくせが直
へい。久しぶりの日記だ。六月の、十一日である。雨である。空が灰色。私は今日、面接を辞退した。体調不良である。もう、ついこの間、二日前、体調不良で日程を変えてもらった、その体調不良が、二日くらいであんまり回復していないので、もう、もういいや、という思いで電話したら、明日は枠があいてるけど、来週以降は無理ということで、あ、じゃあもう、いいです、すみません、といって、電話を切ったら、思ったより体が軽くて、思ったより元気で、鼻通りもよく、喉も痛くない、これ明日いけたんちゃうの、いけ
ああああああ、ねむい、ね、ね、ね、ねむむ、ねむうむ、と思いながら惰性でツイッターを見ている、スクロールしている、読み漁っている、むさぼっているのを、ようやくやめて、のそのそと洗面台に向かい、もしゃもしゃと歯を磨き、なんやかやで寝支度を終えて布団に行きつくと、もうねむいのなおってるやん、ということが、よくある。この一連の流れ、なんなんだ、いや、なんなんだって、歯を磨いてるうちに眠気が覚めたというだけなんだけれども。ほんと。でも、せっかく眠いのを我慢して、寝支度したんだから、寝
就活。今年は氷河期になるよー、なんて言われて(待てよ、言われたっけ? 正確に言うと言われてはいない気がする)、ものぐさな私は、放置していた応募書類を慌てて用意したりしている。ええと、あれとこれは、郵送しなきゃいけなくて、あとはwebで。封筒は、白がいいってネットでは書いてあるけど、学校指定の封筒は、茶封筒なんだよな。とか、細かいことも気になって調べちゃったりして、同じことを気になってる人が、同じことを知恵袋で聞いているのを見つけて、それによると指定なら何色でもいいらしい。そ
もしもし、大変だね、そっちは、どう? そっか、やっぱり、うん、しょうがないよ、働かなきゃいけないんだもん。でも、怖いね。テレビとか、観てる? みない方がいいかも、ね、みた方がいいけど。はは、どっちだよって。……ね。みんながみんな、違う事情で苦しくて、楽しくて、元気で、病気なんだよね。もう、何も分かんないよ。何も分かるって言えないよ。言っちゃうけど。言っちゃってるけど。ははは、だめだ。うん? うーん、そうだね、あのとき、はは、あのときは皆元気で、よかった。あのときが今じゃなく
舞台の上に、別の世界が立ち上がる。それは確かに目の前にあって、しかも、いま、ここ、にしかなかった。演劇は魔法だ。と、考えなしにそう思えていたのは、じっさいに舞台づくりに参加する前の話。その魔法は、どこまでも汗臭い人間同士の、話し合い、言い合い、練習、練習、失敗、どうしようもない挫折、許しあい、もろもろ、という、生々しい現実のうえに成り立っているのだと分かった。それだってこの世界の一部でしかないけれど。 そんな、しんどくて楽しい舞台人の日常と、観客の日常が交錯して非日常が生
ここでは冬が来るとみんな眠りこんで、春までは起きてこない。でも、僕だけは不眠症で寝付かれない。 お母さんはそんな僕を心配して蜂蜜入りのホットミルクを飲ませてくれる。それでもやっぱり眠れなくって、僕はみんなが眠るまで、寝たふりをして毛布にくるまっている。 夜中、ほんとうに誰の話し声も聞こえなくなった頃、家を抜け出してつめたい浜辺を歩いた。 そしたら冬が泣いているような音が聞こえて、オリオン座の三ツ星(ミンタカ、アルニラム、アルニタク)が代わる代わる話しかけてくる。 「やぁ、
お風呂の電気のスイッチ知ってる? そう、あの白くて四角いスイッチがあるでしょう、ぱたんって左右に倒れるスイッチ。そしてあれには、小さなランプ、小さな長方形の、オレンジ色の光がついていて、あれがね、あれが、ちいさく揺らめいていたの、まるで炎みたいに。そう、ろうそく、ろうそくだって思ったの、それか暖炉ね。私、それで、しばらく見惚れちゃって、服を着るのを忘れてた。 あの小指の先ほどの炎を誰が焚いているのだか分かる? 分からない。分からないわ。だから私小指の先の先ほどの大きさにな
ショコラ ──あるいは、カップルとチョコレートお断りの図書館── 「ねえ、僕、ボンボンで酔っぱらうっていったでしょう」 アルはソファのひじかけに乗っけていた頭をかしげるように、エルラの方を見た。灰色の髪が揺れ、隠れていた両目が現れる。彼の瞳は、風も凍りそうな日であっても新緑の色をしている。 「しらない」向かいのソファに腰かけたエルラは、古い詩集の、少し日に焼けたページから目を離さずにいった。その指は、肩まで伸びた黒い髪をくるくると弄んでいる。 ここは、学校から一番近い
(ことの最中にトイレにいくだけの話。直接的な描写はないです) 「ごめん、トイレいっていい?」 電気を消してベッドに入ってから、このセリフをいうのは三回目。そろそろうんざりされてるんじゃないかとか、気にするのも面倒になってきた。 足元に気を付けながら、浴室と一緒になったトイレまで歩いていく。廊下の空気は冷たかった。ズボンくらいはいてくればよかったな。軽く足踏みをしながら、よく見えない壁をまさぐる。これだ。ぱちん。暗闇に現れた、明るく光る、箱。宇宙ステーション。私はほっとし
何でもくっつくセロハンテープ N社が何でもくっつくセロハンテープを開発した。これを聞いた人の殆どは、嘘だろうと思った。“信用ならんな”、と。大体、今まで“何でも”が本当に“何でも”だったためしがないのである。だから人々は、N社の店舗の店頭にセロハンテープが山積みにされたときも、またくだらん冗談か、と思ったのだった。 しかし、冗談ではなかった。 何でもくっつくセロハンテープは、本当に何でもくっつけられたのである。 紙と紙はもちろん、木と木、石と石、