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【掌編】 冬にねむる

 ここでは冬が来るとみんな眠りこんで、春までは起きてこない。でも、僕だけは不眠症で寝付かれない。 お母さんはそんな僕を心配して蜂蜜入りのホットミルクを飲ませてくれる。それでもやっぱり眠れなくって、僕はみんなが眠るまで、寝たふりをして毛布にくるまっている。
 夜中、ほんとうに誰の話し声も聞こえなくなった頃、家を抜け出してつめたい浜辺を歩いた。 そしたら冬が泣いているような音が聞こえて、オリオン座の三ツ星(ミンタカ、アルニラム、アルニタク)が代わる代わる話しかけてくる。
「やぁ、今年も眠れないのかい」
「ああ、だめなんだ、どうしても」
「かわいそうに」
「お酒を飲んだらどうだろう」
「お酒はだめだって、お母さんが言うよ」
僕はそういったけれど、三ツ星は「バレなきゃいいよ」なんて笑っている。三つのうちどの星が喋ってるんだか分からないけど、たぶん、ミンタカじゃないだろうか。
 浜辺に座って、つめたい海に足を浸してみる。目を瞑ると、どこからが僕で、どこからが海なのか、わからなくなる。
「そんなことをしてると、波にさらわれるぞ」また星が瞬いた。
 僕は無視して、目を閉じている。去年は、どこでこうしてたっけ? お気に入りの青い屋根の上か、階段下に並べた古本と、小さなランタンの隙間だった気がする。
 目を閉じて千と五十万八百秒を数えたら、春が来る。その間、日が昇ったり沈んだりして、星のおしゃべりや、月が気まぐれに歌うのが聴こえる。
「今年はなんだか、眠れるような気がするよ」目を閉じたまま呟くと、「そうかい」「おやすみ」と三ツ星がきらきら、挨拶する。ざあ、と海が鳴る。潮の匂いをかぎながら、おやすみ、と僕もいって、一秒目を数えた。

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