スイッチの中で火をくべる人

 お風呂の電気のスイッチ知ってる? そう、あの白くて四角いスイッチがあるでしょう、ぱたんって左右に倒れるスイッチ。そしてあれには、小さなランプ、小さな長方形の、オレンジ色の光がついていて、あれがね、あれが、ちいさく揺らめいていたの、まるで炎みたいに。そう、ろうそく、ろうそくだって思ったの、それか暖炉ね。私、それで、しばらく見惚れちゃって、服を着るのを忘れてた。
 あの小指の先ほどの炎を誰が焚いているのだか分かる? 分からない。分からないわ。だから私小指の先の先ほどの大きさになってあそこに行ってみたいって思う。でもあそこって大変、なにせ、電気を付けたり消したりするたんびに、かちんっておおきな音を立てて、家が左右にぱたん、ぱたん、動いちゃうんだから──大変なことよ、それって。
 ねえ聞いてる? 聞いてないのね。それならよかった。だって、こんなこと、聞いてもらって何になる? また馬鹿なやつが馬鹿なこと言ってる! 馬鹿は日に三度馬鹿を言うのが日課なんだからって言われちゃうのがおちよ。だから聞いてくれてなくっていいの。それで、そう、あのちっぽけな炎が、いつか消えちゃう気がしたの、だから、私、息を吹きかけてやんなきゃならないと思って、スイッチに息を吐いた──そしたらね、まあ、なんてこと、炎はすっかり消えてしまった。だいたい私の思い付きなんて上手くいきっこないの。わかってるでしょ。わかってるからあんた、私の話聞いてないんだもんね。ああ、いいの、そのまま聞かないでいて、ねえ、あっちを向いて──そう。そう、で、私、あの炎を焚いてた人に、悪かったと思って、ごめんねって言ったんだけど、聞こえたかなあ。私、歌だって歌えるんだけれど。即興で。そうだ、今から歌うから、耳、塞いでてね。いいから塞いでって。ああ、あ、あー、スイッチの中で火をくべる人よ──。 

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