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リーディング小説「お市さんforever」第二十五話 女のプライド、男のプライド

女のプライド、男のプライド 

年が明けた天正11年、秀吉は大々的に新年パーティーを開催した。
多くの武将達が居並ぶ中、兄上の孫の三法師とその後見人の信雄に新年の祝辞を述べた。それは、その場にいた武将達に
「わしが、織田家家臣の最高権力者やけんね」
と認めさせた。その上
「だから、おみゃー達もわしと一緒におらんかね」と自分に着く方が得だ、見せたアピール大作戦だった。居並ぶ武将達は、勝家と秀吉の力の差をまざまざと見せつけられた。この日どちらに味方した方が有利か迷っていた者は、ほとんど秀吉についた。

雪深い北庄城でそれを聞いた私と勝家は、秀吉より一歩も二歩も出遅れていた。私はイライラしながら、勝家にあたった。「あなた、どうしてこんな雪深い領地なんてもらったの?清州会議で頑張ったら、もっと地の利のいい場所が手に入ったんじゃないのかしら?」そんな言葉をナイフのように投げつけた。勝家は黙って唇を噛みうつむいた。そう口に出した後、もしかしたら、この地を勝家が取った時から、すべての勝負はついていたのかもしれない、という不吉な予感に囚われた。

そう思わせるくらい、この城は不利な場所だった。
今も城の外は吹雪だ。ひゅるひゅると音を立て頬を刺すような風と、どっどどと降りしきる激しい雪が城を閉ざす。
新年を迎えたのに雪が張りついた城は、賑やかも閉ざされたように重く凍りついている。私は寒いのは苦手。この冬は特に冷え込みが厳しい。火鉢に両手をかざし擦り合わせたが、なかなかあたたまってくれない。何枚重ね着をしても、下半身は氷のように冷え固まっている。出てくるため息も白く凍る。私はようやくあたたかくなった手を、冷たい足首に押し当て「ああ、熱い男の足にこの冷たい足をからめたい」と望んだ。
行き詰まった不安と寒さに身も心もギュッと押し込まれ「ひと時でいいから、誰にも抱かれていない身体と心をあたためて」と乞うように熱を欲した。けれど、そんな熱を与えてくれる相手は誰もいない。

城は不機嫌で沈み込んでいる勝家のオーラで、ずん!と暗い。
戦う前から、もうダメなんじゃないか、というムードが漂い、まったく覇気がない。「それで戦が出来るの?!」私はまたイライラした。私の不機嫌の原因は他にもあった。ぱったり秀吉からの密書が届かなくなった。それと同時に間者も姿を見せず、私も密書を送れない。だから秀吉の動きも把握できない。
「この豪雪のせいで、足止めされているのかしら」そう思いたい気持ちと裏腹に、すべてが悪い方に流れていく感じしかしない。私は火鉢に置いた手をぐっと握り締めた。今は我慢のしどころ。流れが変わるまで、じっと耐え忍ぶの。赤く燃える炭が吐く、城が燃えるのにも似た匂いに顔を背けながら、自分に言い聞かせた。

そんなある日、思いがけない知らせが飛び込んできた。勝家の盟友で伊勢を治めている滝川一益が、秀吉に向かって攻撃を始めた。彼は伊勢に近い秀吉の領地をどんどん攻め落としていった。何も知らされていなかった私は驚いて、勝家に詰め寄った。

「勝家、あなた滝川が猿を攻撃していることを知っていたの?」
勝家は黙って、私から目をそらした。
私は彼が口を開くまで、勝家から目をそらさずじっと睨んだ。勝家が重い口を開き「一益は、わしと共に猿と戦うことを約束してくれました」と言った。私はその言葉を聞いて、頭に血が上り叫んだ。
「あなた、知ってて私に何も言わなかったのね。どういうこと?」
「お市様は、もうこの城を逃げることを考えておった。
わしは最後まで、あなた様のために命をかけて戦うつもりだった。
でも、お市様はそうではなかった」
淡々とした勝家の言葉は、さらに私を刺激した。

「それは、私が母だからよ!
娘達を残してなんか、死ねない!!
戦は男がするもの。
表で戦を指示できない女は、生きて命をつなぐしかないじゃない!」勝家は澄んだ目で私を見た。
「それでも、わしは一緒に戦ってほしかった。
どこまでもわしについてくる、と言ってほしかったんですわ。
男のロマンかもしれませんがな。
こんな爺でも、最後の恋でしたからな」
切ない彼の言葉に、私は何も言えず口をつぐんだ。

勝家と一緒に死ぬ?考えたことがなかった。
長政さんが私を助けたように、勝家も私を逃がすとばかり思っていた。それが私への愛、と信じていた。
そんな私の思いを見透かしたように、勝家はゾッとするような冷たい声でこう告げた「お市様は、わしらは一心同体だ、と言ってくれた。
一心同体、と言うことは何が起こってもずっと一緒、ということですなぁ。
武士に二言はないように、おなごにも二言はありませんよなぁ」

さらに彼はしゅるしゅる這いまわる蛇のような目つきで「お市様、もうあの間者は来ませんぞ。わしの命で、あやつは切り殺しましたんでな。
もう猿と密約なんぞ、しなくてもいいんですぞ」
その言葉で、私は血の気が引いた。
これまでどんな目にあっても気丈にしていたが、勝家を見くびっていたことに気づき、ブルブル足が震えた。自分の計算違いを知り、足元からすべてが崩れ落ちた。私は這い上がれないほど深い穴に落ちた。

私は黙って勝家に背を向けた。手からどんどん事態が滑り落ち、望んでいた方と違う流れになったのも、定めだろう。すべてを受け入れあきらめた背中に勝家が叫んだ。
「お市様!
わしは、本当にほんとうにあなた様を愛しておるんです。
ずっと恋い焦がれておった。
たとえ形だけの夫婦であっても、わしは満足だった。
あの密書を見るまでは。」

勝家の言葉を背中で聞き流し、私は毅然として言った。
「私は娘達を助けるためなら、鬼にも蛇にもなります」勝家は私の言葉にすがり、なお上から目線で最後通牒を突き付けた。
「姫達は助けましょう。
猿のところに逃がしても構いません。
が、お市様、あなたには最後までわしのそばにいてもらう。
妻として終生、努めてもらう。
そして後世まで、。わしと共に添い遂げた愛妻とし語り継がれるのじゃ」

そう言って、勝ち誇ったように笑った。狂気じみた乾いた笑いを聞きながら「これが、勝家の復讐か・・・・・・」と私は小さくつぶやいた。私の愛を得られないのに、後世に語り継がれるニセモノの夫婦愛で、自分を愛され夫にする、それが勝家という男のプライド。長政さんは、私を助けることで、自分のプライドを貫いた。勝家は、私の命を断つことで、自分のプライドを貫く。なら、私のプライドは何?一度は捨てた命。娘達の命が助かるのなら、私の命は投げ出していい。後世にどう語り継がれようと、どうせ勝手に脚色されるだけだもの。知ったこっちゃない。
彼の条件が、勝家と一緒に死ぬことで娘達を生かすのなら、それを呑む。
私がしたことは、私が責任を取る。それが生きること。それが私のプライド。

私は勝家を振り向き、平らかな声で言った。
「わかりました、勝家。
終生、あなたの妻としてあなたに添い遂げます。
でも何かあれば、娘達は必ずこの城から逃がしなさい。
私が望むのは、それだけです。
もう、私は戦を指示しません。
あなたがすきなように、望むようにおやりなさい」それだけを伝え、私は静かに部屋を出た。廊下はあの世へと続く道かと思うほど真っ暗で冷たく、この城を閉じ込めるように降る雪の音だけが聞こえた。
私は両手で自分をしっかり抱きしめ、その場に崩れ落ち、泣いた。
「誰か・・・・・・ひと時でいいから、抱きしめて」もういない長政さんに手を差し伸べた。それは叶うことのない虚しい願いで、どこにも届かない。

行き止まりの絶望に抱かれながら、私はふと気づいた。
「ああ、これが一番早く長政さんに会える近道だ」愛おしい彼に早く会いたいための私の策略は、これだったのかもしれない。そう思った瞬間、黄泉の国への道は、光輝く三千世界への道に変わった。冷え切った身体は、一筋の愛と虹色の光明に包まれた。私は立ち上がった。ようやくたどり着いた愛の道を歩き始めた私は、菩薩のような顔になっているにちがいない。


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しなやかに生きて幸せになるガイドブック

あなたのプライドは、何でしょう?

今の現実は、すべてあなたの過去に種を蒔いたもの。
望むと望まざるによらず、あなたはそれを刈り取らねばなりません。

自分のやったことを、ちゃんと受け入れること。
それは時に目をそむけたくなることもあるでしょう。
受け入れたくないこともあるでしょう。

それでも、それが生きる、ということ。

逃げ続けるより、受け入れる方がずっと楽です。

それが、女性のしなやかさ。



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