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リーディング小説「お市さんforever」第九話人生の主役は、自分

人生の主役は、自分

いよいよ兄上の進撃が始まった。
比叡山延暦寺を焼き払い、都にいた将軍の足利義昭を追放した悪名高い兄上のウワサは、私の耳にも入ってきた。茶々と初と一緒にいたところに、いきなり舅がやってきた。座っている私達を見下ろし

「寺を焼くなど、天をも恐れぬ所業!!
 きっと信長には、天罰が下るわい!!」
と勝ち誇ったように叫び始めた。この間までのビクビクした様子が嘘のよう。居合わせた侍女達はみな、いやな顔をした。でも私は相手にせず、ほっておくように目で合図をした。だって舅は何も知らないのだから。舅の知らない情報が私のほうにちゃんと入っていた。私は兄上からの手紙を取り出し、開いた。

比叡山延暦寺は、兄上を甘く見ていた。
民を救うはずの僧侶達は「宗教」という旗を振りかざし、現生の利益ばかりを追い、堕落しきっていた。
寺でありながら数千とも言われる僧兵達を抱え、その力は大名に匹敵するほどだったから、兄信長には脅威だった。
だけど、兄上だっていきなり延暦寺を焼き払ったりしていないのよ。

最初に延暦寺へ
「われらの味方につけば、そちらの意向に従おう。
だが、我らに従わぬ場合は、ことごとく焼き払う」
と、警告していたの。
でも延暦寺は、兄上に負けた朝倉や浅井の兵をかくまうもんだから、兄上は大激怒。
だから、報復に出て比叡山延暦寺は焼かれた。

私は手紙を元の通りにたたみ、ほうっ、とため息をついた。戦国の世とは、そういうものだとわかっていたが、それでも辛い。そしてこの兄上の所業に怖れをなした浅井の家臣達は、どんどん兄上に降伏していった。
そうやって残された者達だけになった小谷城は、包囲された。
織田勢約三万に対して、浅井はたった六千。あまりにも非力だ。そして援軍はどこからも来ない。
悲しいけど、もう先は見えている。
愛する人との別れが、どんどん近づいてくる。

にらみ合ったまま時間だけが刻々と過ぎていった。長政さんは、やつれ食欲もなかった。もちろん城内の食料も乏しくなっていた。彼の目からどんどん力がなくなっていくのが私にもわかった。かと言って彼は私を通じ兄上に命乞いなどしない方だとわかっている。その時、舅が部屋に入ってきた。髪の毛もボサボサで、少し前まで私を見下した威勢の良さはどこかに消えいた。舅は私にすり寄って言った。
「なぁなぁ、お市。なんとかならんかなぁ。
 ほれ、うちには信長の血を引いた茶々や初もおるではないか。
 なんとか浅井を助けてもらえんかのお~~~」

これをあさましい、というのだろう。舅の身体からは長い事お湯に入っていない人特有の酸い匂いがした。私はキッ、と舅をにらんだ。言葉には出さず目で「あんたが始めた戦でしょう!泣き言を言うな!」と喝を入れた。舅は私の目力におののき、コソコソと部屋を出て行った。静かになった部屋で私は茶々も初も侍女に連れて行ってもらい、床に横になった。横になったとたんしゅうしゅう音を立て、身体中の力が抜けていくのがわかった。だけどお腹だけがホカホカと暖かい。私はお腹に手をやりながら、やさしくお腹を撫でた。するとそこに夫が入ってきた。私が起き上がろうとすると、手で制して、私のそばに座った。私は甘えて彼の膝に抱きついた。


少し前から夫はすべてを受け入れたような穏やかなまなざしで、私を見つめることが多くなった。それは悟りを開く前の行者のように見え、私を怯えさせた。彼の膝に抱き着いた私の頭を撫でながらじっと私を見つめた。私はその沈黙が怖くてわざと明るく言った。
「何?
そんなに私、美しい?」
「ああ、お市は美しい。
美しいだけでなく、愛おしい。
愛おしくてたまらない。
茶々も、初も、そしてこれから生まれてくる子も」
そう言って、背中を丸め私を抱きしめた。

私のお腹の中には、三人目の子どもがいた。彼は私を抱きしめたまま言った。
「もうじき、お前と別れなくてはならない。それが何より辛い。なぁ、お市私はこの頃、ずっと考えるんだ。何をなす為に生まれてきたのだろう?
 そしてこの世に生まれ、何を残せたんだろう?そう考えたら、お前と娘達のことが出てきたよ。
この戦乱の世で、奇跡的な確率で愛する女性と結婚できた。
可愛い子どもを、もうけた。
それだけが、この世で成すべきことだったのかもしれない。」

彼は蚕が初めて糸を吐くようにゆっくり言葉を吐いた。彼の膝に顔を埋め糸になった言葉を受け取っていたら、突然肩に冷たい雨が落ちてきた。
夫は泣いていた。
「死ぬことなど、怖くない。
そんなことはとっくに覚悟している。
ただ、お市や子ども達と別れることがつらい・・・
それが何より辛く、悲しい。
もう少し もう少しお前達と一緒に過ごしたかった。
もう少しだけ、笑っていたかった。
もう少しだけ、一緒に年を取りたかった。」彼は世にもやさしい声でそう私に告げた。私はガバリ、と起き上がり、彼の唇を両手で塞いで叫んだ。

「言わないで、もう!!わかってるわ。
私だって、そうよ。
もっともっとずっとずっと 長政さんと一緒にいたい。
でも、あなたはそうさせてくれない。
私に命乞いをさせない。
ええ、そんな長政さんだからこそ、私は愛してるの。
不器用で、大将の器ではなく、どこまでもやさしくてあたたかい人。
そんなあなたが、誇りだわ。
長政さんを愛した私自身も、誇りに思う。
そう思って、あの子達と生きていくわ」

最後は涙声になった。そしてこれまで怖くてずっと聞けなかったことを聞いた。「だって・・・一緒に連れて行ってくれないんでしょう?」
さっきまで泣いていた夫は、静かに私の両手を掴み自分の唇から外した。そして右手で私の頬を包み、目を合わせないようにしていた私の顎を左手で持ち上げ自分の方に向かせた。私は仕方なく彼の目を見た。私達の目線はつながった。そして彼は自分にも言い聞かせるようにきっぱり言い切った。

「お市には、生きてほしい。
茶々や、初、そして生まれてくる子達と一緒に、浅井の血を残してほしい。
あの子たちが、私の生きた証だからだ。
私がこの世に存在した証だから。
だから約束して欲しい。生きて、生きて、生きのびると」

い、いやいや、いや!!本当はね、そう大声で叫びたかったけど、私は長政さんをにらみつけるように、唇を噛んだまま黙った。夫の顔を張り倒して、暴れたかったの。だけど悲しいことに・・・・・・私も心の奥で、同じことを思っていた。私が子ども達と生きながらえることが、彼を生かすことだ、と。彼は自分が吐いた糸で覆われた繭のように、この城に自分を閉じ込め死んでいく。

この場においても、私は冷静だった。だけど、そんな冷静な自分が嫌になり、腹が立つ。でもここで泣き叫んでも何一つ状況は変わらない。
私はグッとこらえ、怒りと悲しみを飲み込んだ。
それは熱く喉を焼きながら、身体を貫き、私をさらに強くする。
この痛みは、死ぬまで抱えていく。
いつかあの世であなたに逢った時に、すべて笑って話せるように。

だから私はワザと明るく上から目線で、持ち上げられた顎をさらに上にし
「わかってるわ。
私を誰だと思っているの?
お市よ。
長政さんなしでも、生きていくに決まってるじゃない!!」

今までで一番妖艶な笑顔で言い放った。言葉とは裏腹に、心は激しく震え、泣き叫ぶ自分を抑えるのが精いっぱいだった。夫は泣き笑いの顔で「そうだ これこそ、わたしが愛したお市だ」と私を強く抱きしめた。私は彼に抱かれたまま、涙を流した。

今だけ・・・今だけちょっと泣いてもいいよね・・・
まだ、もう少しだけ時間は残っているわよね、神さま。どうか、もう少しだけ時間を下さい。彼にしがみつきながら、そう祈った。

やがて時を告げる鳥が鳴いた。
西の空は美しい茜色に染まり、新しい一日の始まりを教えていた。
静かな夜明けだけど、重い空気は変わらない。
兄上の大軍は、すぐそこにいる。
運命に飲み込まれるまで、まだ時間があるはず。

私は立ち上がった。今日、というもう二度と帰ってこない日を悔いなく生きよう。痛いほど両手を握り締め踏ん張った。運命は自分で決める。運命に流されているようで、実は全部自分で決めている。過去の自分の決断が今を作っている。ならば今の決断が未来の私の運命を作る。今、私が出来る事は夫を支えること。できるだけ彼のそばで笑顔で過ごすこと。私は侍女を集め、城内で残った食料をかき集め、食事の準備に取りかかった。

過去が今を作り、今が未来を作る。
今、というかけがえのない時間をパッチワークのように組み合わせ一つのモノガタリが出来るのが運命なら、あの世に帰る前に読み返そう。
それが、わたしの生きた証だ。

人生の主役は、自分だ。
彼の繭から出来た絹で紡いだ、美しい織物のような人生を生きる。そのモノガタリを、いつか長政さんに読んで聞かせよう。


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しなやかに生きて幸せになるガイドブック

あなたは毎日、どんな思いで過ごしていますか?
どんな一日にする、と決め目覚めますか?


命は有限です。
どんな思いで過ごしても、時間は平等に目の前を過ぎていきます。


~だから、できない
~だから、仕方ない
そう思ったまま、自分から何も変えようとせず、周りが変わるのを待っていませんか?人は変えられません。変えられるのは自分の思いだけです。

あなたの人生は、あなたのモノガタリ。あなたが主役です。
あなたが主役の人生・・・・・・どんなモノガタリを紡ぎたいですか?

今、という時間を悔いなく生き
目の前にある愛おしいものを大切にしましょう。

それが、女性のしなやかさ。



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