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リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第二十一話 子どもはいつも親の期待に添って生きようとする

子どもは、いつも親の期待に添って生きようとする

関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康は、我が物顔で大阪城に入ってきた。
私達の君臨する城に堂々と入城する家康に腹が立ったが、秀頼のために怒りを押し隠し、丁重に接待した。
他の大名達の前で
「このたびの戦の勝利は、家康殿のおかげです」
と花を持たせた。

そして家康に杯を持たせ、酒を注いだ。
「ささ、家康殿、どうぞ、その杯を秀頼にお渡し下さい。」
家康は一瞬ためらったが、その杯を秀頼に渡した。それを確認した私は、ワントーン高い声で部屋中に響く声で言い放った。

「おおっ、家康殿は秀頼の父親代わりとなりました。
家康殿の孫の千姫は、私の妹、江の娘。
つまり、私の姪。
二人は婚約しております。
家康殿は千姫のおじい様であり、秀頼にもおじい様に当たりますが、もっとつながりの深い父親代わりということが、今日この杯でわかりました」

そして家康に頭を下げた。居並ぶ大名達はみな拍手し、祝いの声がいくつもわき上がった。私は穏やかな笑みを浮かべていたが、心の中でしてやったり、とほくそ笑んだ。
家康は渋い顔をしながら、唇の端を上げていた。さすが狸親父だ。
私は家康が秀頼をないがしろにせぬよう先手を打った。

家康の息子、秀忠と嫁いだ妹の江にできた娘、千姫と秀頼の婚約は秀吉が生きている時に決められていた。
秀吉は自分が生きている時から家康を警戒し、布石を打っていた。
本当なら豊臣と徳川は強い絆で結ばれているはずだった。

だが家康はあっけなくその絆をほどいた。
関ヶ原の戦いで自分に味方した大名達への領地を勝手に采配し、豊臣の領地をぐん、と減らした。

それを知った私は激怒した。「これは一体、どういうこと?!」領地配分を書き記した手紙を、その場で引き裂き破り捨てた。
これで家康が秀頼に代わり、天下を支配しようとすることがハッキリわかった。
家康は領地の分配を終えると、大阪城を去って行った。
私は侍女達に家康が寝泊まりしていた場所に塩をまくことを命じ、秀頼の方を向いた。

「秀頼様、これからは母の私が正式にあなたの後見人となります。
よろしいですか?
あなたこそが、天下を治める器。
家康になど決して譲っていけませんよ」

十歳にも満たない秀頼は、私の顔を見て静かに頷いた。なんと聡明な顔をしているのだろう。目元に強い意志をにじませ佇んでいる姿は、我が子ながら立派だ、と一瞬見とれた。

その日から私は、秀頼の母ではなくなった。
彼にやさしい言葉をかけるのを止めた。
帝王学を学ばせ、君主として厳しく接した。

本当は私だって、秀頼をもっともっと抱きしめたかった。
甘やかせたかった。
でも、そんな時間はない。

焦る私をせせら笑うように、家康は征夷大将軍に任命され、江戸に幕府を開いた。徳川の存在が、私達の牙城を切り崩し迫ってくる。

そのため秀頼は、早く大人になることを望まれた。
周りの期待、特に私の期待に応えるため、学び、武芸に秀でていたのにも関わらず「もっと、もっと」と背中を押された。
いつも秀頼はどこか疲れた顔をするようになった。
それでも彼は決して弱音を吐かない。
私がガッカリする顔を見たくないからだ。

子どもは、いつも親の期待に添って生きようとする。
それは私が母上の期待に添って生きようとしたのと同じだった。
いつの間にか私も秀頼に、同じようなことをさせていた。

でも余裕のなかった私は、それに気づけなかった。
私は秀頼の地位と豊臣家を守るために、必死だった。
秀頼のさみしくつらい気持ちに気づくのは、もっと後のことだ。

江戸幕府を開いた家康は、こともあろうに秀頼に自分の臣下になるよう求めた。怒り心頭の私は、冷静に使者に伝えた。

「もし家康様がどうしても秀頼を自分の臣下にする、と言うのでしたら、私は秀頼を殺し、自害いたします。豊臣は、家康様の臣下ではありません。
家康殿は自分の孫娘をそんなプライドのない家に、嫁がせるおつもりでしょうか?」

家康が孫娘の千姫をことのほか、可愛がっていたのを知っていた。
だからあえて千姫のことを持ち出した。
それ以降、家康は何も言ってこなかった。

それから二年後の慶長8年、十歳になった秀頼と七歳になった千姫は挙式をあげ大阪城に入ってきた。

新しい運命が動き始めた。

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したたかに生き愛を生むガイドブック

あなたはこれまで、親の期待に添って生きていたことがありますか?

今はどうですか?

親は子どもに期待したもの。

でも、子どもはそれに応える必要はありません。


期待するのは、勝手。

期待を破るのも、勝手。

それが、親子です。

それで、いいのです。


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