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リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第十二話 私が一番愛されている


私が一番愛されている

聚楽第で過ごした幸せな時間は、シャボン玉のように儚かった。この年、私は何者かの念に押されるよう、慌ただしく住いを移ることになった。

秀吉が天下統一する上で、まだ手に入れてなかったのは関東と東北だった。
秀吉は関東の北条氏や諸大名達に従うよう促したが、北条氏政・氏直親子は従わなかった。
彼らと戦うため秀吉は春、小田原征伐に出陣した。
その際、私と鶴丸は大阪城に帰るように言われ、聚楽第から大阪城へ移った。聚楽第に大いに心を残しながら、ここを去った。
秀吉のいない大阪城を采配するのは、北政所である寧々だ。
このたびは戦の留守中を守る寧々に、大人しく従い彼女を観察した。

大蔵卿局が寧々の事を詳しく教えてくれた。寧々は下級武士の娘で、秀吉とお互い好きあったもの同士で一緒になったそうだ。

私は「なんということ!」と耳を疑い、驚きのあまり手にした干菓子をポトリ、と落した。ありえない!政略結婚が当たり前の我らには、考えられない。まるで動物ではないか!雄と雌がむつみ合うようなものではないか!
なんと、下品な!

私はしばらく開いた口が、ふさがらなかった。大蔵卿局は畳に落ちた干菓子を侍女に拾わせ、新しい菓子を持ってこさせた。私はその菓子に手もつけず、脇生(きょうそく)にひじを置き、秀吉と寧々の夫婦の強い結びつきの原点に気づいた。
彼らは、二人で一人だ。私と治長が決して表に出せない秘密を共有したように、彼らも同じものを乗り越えここまで来たにちがいない。
だからこそ柴田の父を倒し、下級武士から下剋上を成しえ、天下統一への駒を進められた。
秀吉と共に成り上がった寧々だからこそ、彼女は誰に対してもわけへだてせず、平等に接しているのだ。

そう思うと、喉の奥がムズムズするかゆみを感じ、かきむしりたくなった。
寧々のようなことは、私にはできない。誰も私にそのようなことなど、求めていない。わかっている。
きっと秀吉は寧々に母のような包容力を求め、私に女を求めた。

喉の奥のかゆみを押しとどめる為、一口生姜湯を飲んだ。生姜の辛みが喉のつまりを押し流した。

秀吉はもう寧々を女として見ておらず、長らく彼女を抱いていないはず。
だから彼女は自分の存在価値を見いだす為、自分を忙しくし自分に仕事を与える。

私は侍女に螺鈿の小箱から、鏡と紅を取り出させた。鏡を侍女に持たせ、小指で真っ赤な紅を唇にさした。紅が肌になじむよう、舌で上唇にのせた紅を舐めた。大蔵卿局や侍女達から、ほぉ、とため息が出た。

「本当にお美しゅうございます」大蔵卿局が紅をさした私を見て、誇らしげに笑みを浮かべた。もう一度鏡をのぞくと、白い肌に真っ赤な紅が映えた薔薇のような女がいた。それが私だ。女としての優越感が沸き上がった。

寧々が秀吉との閨だけなら、彼女は女としてのエクスタシーを知らないだろう。もしかして彼との陳腐なsexで、エクスタシーを感じたのか?どちらにしを気の毒なことだ、と思うと声を出して笑いそうになった。

ある日、寧々が私を訪ねてきた。侍女が出したお茶に目もくれず、いきなり本題に切り込んだ。「淀殿、お願いがございます。
秀吉から手紙がまいりました。急ぎ、小田原城に向かってくれませんか?」
丁寧な言葉だが、有無も言わせない上から目線の命令にムッとした私は「なんでしょう?いきなり」と噛みついた。

寧々は立ったまま平然と袂から手紙を出し、私に見せた。

「どうやら小田原城は、長期戦になるようです。
そして秀吉は力を得る為、あなたにそばにいて欲しいそうです」

そして寧々は手にした手紙を広げ、読んだ。
「秀吉の手紙には、こう書いてあります。ーお前の次にすきな淀を、ここに呼んで欲しいーと。これは秀吉の頼みです。豊臣の勝利のためです。さ、淀殿、急ぎ支度を。小田原までお願いいたします」

にこやかに微笑む言葉の裏側に、犬でも追い立てるような悪意を感じた。
わざわざ秀吉の手紙を読んで聞かせるなんて、この面の皮の厚さが秀吉と本当にお似合い。似たもの夫婦ね。と思った後、「ちょっと待って。鶴丸はどうなるの?」と愛する我が子のことを思い、心臓が止まりそうになった

「北政所様、私が小田原城までいくのは構いませんが、鶴丸も一緒に連れて行ってもよいでしょうか?」と身を乗り出し、尋ねた。

寧々はニッコリ笑った。

「何もご心配せずとも大丈夫です。鶴丸君は、私が面倒見ます。
どうぞ淀殿は何もご心配せず、安心して秀吉のところに行き、豊臣のために尽くして下さいな」

と言った。笑顔だが、これは有無も言わせない命令だ。寧々の顔が悪魔に見えた。私はうつむき「やられた!寧々は、鶴丸を私を引き離したかったのだ!」と彼女の本心を知り、唇を噛んだ。

わなわなと震えながら寧々を見た。寧々はそ知らぬ顔で、美味しそうにお茶を飲んでいたる。この女に、幼い我が子と離れる母親の気持ちがわからないのか?と思った瞬間、わかるわけなどない。子供を産んだことがないのだから。と思った。だから、こんなひどいことを平気で言えるのだ。

私は怒りと悲しみで、強く握った両手がわなわな震えた。でも私はこの命令に逆らえない。鶴丸と離れる寂しさがナイフのように私をえぐる。えぐられた場所から血が流れる代わりに、乳房が痛む。思わず胸を押さえた私に寧々が高らかに言い放った。

「大丈夫です。
ここには鶴丸君の乳母もおります。
危険な戦場に連れて行くよりも、安心安全な大阪城に居る方が、鶴丸君もすくすく育ちます。さっ、早く仕度をして下さいな」
すぐさま寧々はパンパンと手を叩き家来を呼び、私を小田原へ送る準備を始めさせた。
この時、私は寧々の本心を見た。彼女はきっと心の中でこう言っているはず。

「私が一番秀吉に愛されているの。だからその私を彼は危険な場所に行かせないのわ。私の代わりは、誰もいないの。
知ってる?私がナンバーワンなの。
あなたはもう跡継ぎを生んだから、役目は終わり。
戦場で何かあっても、あなたの代わりはいくらでもいるのよ」

寧々は出されたお菓子にも手をつけ、お茶も飲みほしていた。彼女の態度がすべてを物語る。私が呆然としている間、寧々はすべての手はずを整えた。

翌日、私が大阪城を旅立つ時、寧々が鶴丸を抱いて見送りに来た。さっきまで腕に抱きしめていた愛おしい鶴丸。今は寧々が自分の子のように、平然と手に抱いている。
なんという屈辱だろう!
私は寧々の前で平然とふるまったが輿に乗ったとたん、鶴丸と離れる寂しさと悲しさで涙を流した。

そんな気持ちで到着した小田原だったので、まったく気持ちが乗らなかった。小田原はほこりっぽい上、戦場なので楽しいことなど何もなに。
私はそれが仕事のように、いつもぶすっとした顔で過ごした。自分が呼び寄せたくせに、あまりにわたしがふてくされた顔でいるので、秀吉はおずおずと言った。
「怒っているのか?茶々?
ここにいるのが嫌なら、帰ってよいぞ・・・」
私はすぐに
「ええ、鶴丸が心配ですから、帰らせていただきます」
と告げ、荷物をまとめとっとと小田原から離れた。

そのまま大阪城に帰らず、わたしの城、淀城に帰った。
そしてすぐ大阪城に大蔵卿局を遣わせ、鶴丸も連れて来させた。
やってきた鶴丸は私を見つけると、一生懸命小さな手を伸ばした。その姿がたまらず愛おしく、抱きしめ「離れていて、ごめんなさいね」と詫び、声を出して泣いた。

鶴丸は、私の命だった。私そのものだ。もしこの子が豊臣の後取りだろうと何だろうと私にとって自分の命と同じ、いやそれ以上の宝物だった。

それなのに・・・・・・鶴丸は淀城に着きしばらくし、病に倒れた。

もしや寧々一緒にいる間に、何か毒でも盛られたのではないのか?
寧々への疑いが、毒を吐く煙のように黒く広がり私をおおった。


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したたかに生き愛を生むガイドブック

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