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リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第十三話 お金は何のために使う?

お金は何のために使う?

鶴丸は、高い熱を出して寝込んだ。

鶴丸は真っ赤な顔で、ハァハァとせわしなく息をする。私は鶴丸の熱い小さな手を握りしめ、代われるものなら、わが身と変わりたい、と無理なことを思った。それくらい鶴丸は苦しそうだった。こんな場合、母親に何ができるのか?私は鶴丸の手を握り、名前を呼び、天に祈るしかなかった。

大蔵卿局が私の代わりに、鶴丸の乳母や大阪城に残っていた者たちに「毒は・・・毒は盛られていなかったのか?大阪城で、何か変わったことはなかったのか?」と聞いて回った。しかし寧々が鶴丸を大切にしていた、という話しか出なかったそうだ。それを聞いた私は「嘘だ!」と叫んだ。

寧々が鶴丸を大切にしていたら、鶴丸が病になるわけがない。寧々は、豊臣の跡継ぎとして、大切にしていたかもしれない。
だが我が子を愛しむよう、大切にしていたとは思えない。
我が身に変えてまで子の苦しみを救いたい、と願う母の気持ち。あの女にわかるわけがない。私は寧々のことを思うと、唇から血が出るくらいきつく噛み、怒りで身体が震えた。そして熱にうなされる鶴丸を見ながら、誰に何を言われようとも、二度と鶴丸のそばを離れないことを誓った。

鶴丸が病に伏せったことを知った秀吉は、奈良の興福寺に数多くのお供え物を贈り、春日神社で鶴丸平癒の祈祷をさせた。
それを聞いた私はほとんど眠らず、食事もとらず、鶴丸のそばで祈り続けた。私達の必死の祈りが天に届いたのか、鶴丸の熱は下がり病気を脱した。
共に病を戦った私もげっそり頬がこけたが、我が子の無事に涙を流した。本当に、ほんとうによかった、と心からあたたかい感謝がこみ上げ、泣きながら神に感謝をささげた。

鶴丸が豊臣の跡取りであろうとなかろうと、私にとって何よりも大切な子だ。この子こそ我が身に変えてもいい、と思えるほどのかけがえのない存在だ。今回の病気は、初めて自分以上に愛おしい存在があることを教えてくれた。

鶴丸が回復してしばらくし、小田原征伐は終わった。
秀吉は聚楽第に、私達を呼んだ。秀吉は少しやつれていたが、戦にも勝利し、鶴丸も快復したことで目がらんらんと輝いていた。
秀吉も鶴丸を両手に抱え
「おお、おお、よくがんばった。
よく元気になった。
わしも、お前のためにがんばったぞ。
共に戦ったのう」と、涙を流さんばかりに、うれしそうに言った。

そんな秀吉の姿を見ると、私も胸が熱くなった。
鶴丸が親子の縁を結んでくれた。
私達は鶴丸を挟み、父と母にさせてもらった。
私は治長の存在をすっかり亡き者にし、幸せな親子の姿をそこに見ていた。治長はすぐそばに控えていた。彼がどんな表情をしているのか見たくなく、わざとスルーした。

その時、ひややかな視線を背中に感じた。振り向くと寧々がいた。寧々はいつものように、ゆったりとした笑顔で言った。
「鶴丸君はすっかり元気になりましたね。本当によかったです。
豊臣の跡継ぎですから、気をつけなけれねばなりません」

寧々に向かって、私は言った。
「鶴丸が豊臣の跡継ぎであろうとなかろうと、私にとって愛おしい我が子です。
我が子が元気で無事にいることが、母である私の喜びで生きがいです。
ですからもう秀吉様がどう命じても、私は鶴丸のそばを離れません。
母と言うものは、そういうものです」

寧々は私にしか見えないよう、そっと眉をひそめ

「淀殿、秀吉の妻は私です。
ですから、秀吉の子は私の子でもあります」

私はその言葉をさえぎるように

「鶴丸は私の子です。
私と秀吉様の子です。
鶴丸が病の間、私も秀吉様も鶴丸と共に戦いました。
北政所様は、そうではなかったですよね?
でも、それでよいのです。
北政所様のお子ではございませんから」

嫌味の矢を百ほど束ね、送った。私の言葉を受けた寧々は、そこにいるみなにわかるよう、眉をひそめ顔を歪めた。その場にいる家臣達は寧々に同情の眼差しを向け、彼女に肩入れするムードが漂った。自分は被害者で、私を加害者に仕立て、子がいなくても自分の地位を盤石なものにする手腕は見事だ。相変わらず寧々はうまくやる、とお腹の中で舌をまいた。
とげとげしい雰囲気になったので、私は席を立った。秀吉を始め、傍にいた者達はハッとした。だが、秀吉も寧々とのいきさつを見て、立ち上がった私を止めなかった。大蔵卿局がすぐに秀吉のそばに行き、ささやいた。

「鶴丸様をそろそろ床に戻しましょう。長い時間みなのところにいると、またお疲れが出て、熱が出るやもしれません」秀吉は彼女の言葉にぎょっ、とした。そして「わかった。すぐ休ませてくれ」と素直に鶴丸を渡した。私は大蔵卿局に抱かれた鶴丸と共に、お気に入りの赤い上着の裾を蹴り、部屋を出た。部屋を出て廊下を歩く私は寧々に向かって、「母の愛を思い知るがいい。お前には一生、体験できぬことだ」つぶやいた。

その後、私と鶴丸は淀城に戻った。
秀吉は忙しいのか、なかなか会いに来なかった。
その分、何通もの手紙が私と鶴丸に届いた。
私はそれをまだ字の読めない鶴丸に、読み聞かせた。
「父上は、あなたのためにがんばっているのですよ」
何もわからない鶴丸は目をぱっちり見開き、ただただ無心に笑っていた。その笑顔が、何よりも可愛く愛おしかった。
淀城で私と鶴丸の蜜月が過ぎて行った。

年が明けた天正19年、鶴丸はまた熱を出して寝込んだ。
天下を手中にした秀吉は、日本国中の神社仏閣に鶴丸平癒の祈祷をさせた。
そして前回、鶴丸が元気になったことを受け、春日神社に300石の寄進をしまた元気になるよう祈祷を願った。

これまで私は、男は女を守る存在だから強いと信じていた。だがそれは無事に成長した男のことだと知った。そして、大蔵卿局の男の子の方が弱い、と言った話を思い出し、ゾッとした。
乳母や侍女や家来達城にいるみなに、すべての闇から鶴丸を守るよう固く命じた。その甲斐あって、鶴丸は回復した。
また城に笑顔が戻ってきた。が、それもつかの間だった。

鶴丸は夏にまた病に倒れた。
秀吉はまた全国の神社仏閣に祈祷をさせ、金に糸目をつけず春日神社に莫大な寄進をし、鶴丸の平癒祈願を乞うた。

世間は
「秀吉は金で我が子の命を買っている」
と陰口をたたいた。

私はその話を聞き、そんなのは当然だ、親はそういうものだ。と思った。
それに鶴丸はそのあたりの子ではない。天下を治める豊臣の後継ぎだ。
だからお金はある。あるから、愛おしい我が子のために使えばいいのだ。
そのためのお金であろう?誰でも私と同じ立場であれば、同じことをするはずだ。お金がないから、できないだけではないか!と私は陰口をたたく世間に毒づいた。そうしなければ鶴丸を失うかもしれない、という不安と恐怖に立ち向かえなかった。

秀吉は、国中から名医と呼ばれる医師達も集めた。
そして家来達にも鶴丸の平癒祈願をするよう命じた。
わらにもすがりたい思いだった。意地もプライドも恥も捨て、寧々に鶴丸が元気になるよう祈って欲しい、と手紙で願い頭を下げた。
愛おしい鶴丸の命が助かるため、必死だった。「鶴丸が無事元気になるなら、何でもします。ですからどうぞ、鶴丸の命をお助け下さい」と真夜中に水をかぶり、震えながら鶴丸の病気が治るよう祈った。
病に苦しむ我が子の身代わりになれない私にできるのは、それくらいだった。秀吉も東福寺にこもり、ずっと鶴丸の病が治るよう祈った。

しかし、今回私達の願いは天に届かなかった。

病から三日後、鶴丸はあっけなくこの世を去った。
数え年で三つだった。

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