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リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第五話 野心と快感の扉

野心と快感の扉

秀吉は妻寧々の顔色を気にしながら、ちょくちょく私に会いに来た。
私は彼に私以外の女、つまり側室が数多くいることを知っていた。
その内の一人従姉の京極龍子は、初の夫の姉だ。
龍子は浅井の父の姉の娘だ。秀吉の寵愛を受けているが、彼女に嫉妬はない。だが浅井の血をひく女を二人もそばに置いているのは、彼が母を抱けなかった恨みから来ていると感じた。

その夜、布団の上で私はわざと無邪気なふりをし「あなたは、どうしてそんなにたくさんの女性をそばに置きたがるの?」と首をかしげ聞いた。
私の嫉妬だと勘繰った彼は、少し困った顔をした。

何も答えない彼に、私は甘えた声で「ねぇ、どうして?
一人の女だけでは満足できないの?
男としてたくさんの女から崇め祀られたいの?」と言い、彼の顔をのぞき込んだ。

彼は強く首を振って言った。「ちがう。わしは、ほしいものがある。
それを叶えたいだけじゃ」

「なにが、ほしいの?
天下は、あなたのものよ。
あなたが望めば、ほしいものなど何でも手に入るでしょう?」

この頃、彼は天皇から「豊臣」の姓をたまわった。
その後、太政大臣の座を得て豊臣政権を作った。
半面、最後まで自分に頭を下げない徳川家康には手を焼いた。秀吉は自分の妹を離縁させ家康の妻にし、さらに母親も人質として彼に預けた。家康はようやく上洛し、秀吉に臣下の礼を取った。

それを聞いた私は、秀吉のみなを屈服させたい、という狂気にも似た執念を感じ背筋が震えた。

「それにしても、妹の旭様を離縁させ家康に頭を下げさせるなど、さすがですわ」
秀吉の腕に手を添え、笑顔の裏にたっぷり皮肉を込め言った。

彼の妹の旭は、農民の時に結婚していて、夫婦仲もよかったと聞いていた。
その仲を無理やり引き裂き離縁させ、旭は涙ながらに家康の元に嫁入りしたそうだ。
四十過ぎの農民出の老女を家康に添わせるなど、すごい発想だ。
武家の姫である私には、到底思いもつかない。が冷酷な意志を貫くからこそ、天下統一という野望を叶えられると知っていた。野望は他を寄せ付けない冷酷さと執着が強いほど叶いやすい。

「それはな・・・・・・」
秀吉はうつむき、しばらく口ごもった後、小さな声で言った。

「寧々の案じゃった。」
「えっ?!」
私は耳を疑った。

私の頭にゆったりとした笑顔だが、何を考えているかわからない女の顔が浮かんだ。好色な秀吉が、唯一頭の上がらない存在、それが妻の寧々だ。
彼と苦労を共にし、のし上がった女。秀吉の部下や養子にした子供達にも慕われている女。伯父の信長さえ
「寧々は、秀吉にはもったいないくらいの妻」
と高く評価した女。だが私は肝が据わった顔をする彼女に油断しない。笑顔の裏にある闇を見る。

だから寧々が提案した非道な縁組が腑に落ち、心の中でパン!と手を打った。本性を表した、と思ったのでワントーン高い声で
「さすが、寧々様ですわ。
私には、とうてい思いもつかない案です。
その案が功を奏し、家康もあなたの臣下に下ったのですから、お見事ですわ!」とほめ言葉に変えた。

すると秀吉は顔を上げ、はりきって寧々のことを語り始めた。

「そうよ!
寧々は、本当にすごい女じゃ!
わしが困った時は、いつもわしの立場になってどうしたらいいか考えてくれる。今回も、家康には本当に手を焼いた。
どうしたらあいつに頭を下げさせるのか、さっぱりアイデアが出てこなんだ。すると、寧々は家康に妻がおらんことに目をつけた。
わしの身内を、やつの妻に差し出させば、わしらは縁続きになる。
嫌でも頭を下げに来るだろう、と。

だが、わしの身内の女で家康の年頃に合いそうなのは旭しか、おらなんだ。
旭は長年連れ添った夫がいたから、もちろん離縁の話には応じなかった。
そんな旭を説得したのも、寧々じゃ。

寧々がおらねば、わしはこうやって天下を治めることができなかった。
すべて寧々のおかげじゃ」秀吉はご機嫌で身を乗り出し、私の手を撫でながら言った。

「そうです。
寧々様は、あなたにふさわしいすばらしい奥様ですわ」

秀吉のシミだらけで骨ばった手が、私の手をいやらしく嘗め回すのにゾッとしながら、寧々を褒めたたえた。そして心の中で

「なんて下品なのかしら。
寧々も下級武士の娘だったと聞く。
とんでもなくゲスな発想!
成り上がりの秀吉に、お似合いの妻ね」と毒づいた。秀吉の手がジワジワ私の胸元に迫った来たその時「でもなぁ、そんな寧々にも望めないことがある」秀吉の声がワントーン低く小さくなり、ピタリと手も止まった。

私は黙って彼の言葉を待った。「何でも相談し合え、一緒に天下を取った二人が望んでもできない事って?もしや、ここにわたしの存在と地位を確固たるものにできる、何かがあるのかもしれない」と全身を耳にし、神経を集中させた。そして彼の言葉を引き出す為、彼の手を私の乳房に持っていった。心配そうな顔を作り、彼をのぞきこんだ。

「天下を治めたあなた様にもできないこと、って何ですか?
あなたのために、この茶々が叶えてあげたいわ」

誠心誠意込めて言うと、秀吉は真顔でじっと私の顔を見て、苦しそうに声を絞り出した。

「子じゃ」
「えっ?」
「わしは、子が欲しい。養子は何人もおる。
だがわしが本当に欲しいのは、自分の血を引いた子どもじゃ。
豊臣の跡継ぎがほしいんじゃ!」

「子ども・・・」思いがけない彼の言葉に驚いたが、納得もした。子を彼に与えられなかった寧々の闇の意味もわかり、ほくそ笑んだ。そして目の前に野心が広がった。

「そうよ。
これだけは寧々にはできん。
他の側室達にもできん。たくさんの女達を抱いたが子はできん。わしには、子種がないんじゃろうか?あっという間にこんな年になってしもうた。
じゃが、あきらめきれん。子がほしい。
豊臣の世を盤石にするために何としても、跡継ぎが必要なんじゃ!」

最後は悲鳴のように聞こえた。弱音を吐く彼は権力者というより、弱弱しい老人に見えた。私は哀れな年寄りの身体を引き寄せ、抱きしめた。そして声を出さずひっそり笑った。見つけた。私は彼の弱点を見つけた。彼の人生に欠けている「子供」というパズルのピース。私の野心はこのパズルのピースを埋める事。
身体を秀吉に預けたまま、彼を見つめこの上もなく、やさしい笑みで言った。

「私が、あなたのお子を産みます。
豊臣の子を産みます。
茶々が、あなたの願いを叶えます」そう言って、私は秀吉をとん、と軽く布団に押し倒し、自分から袂を広げ乳房をさらした。秀吉は私の乳房にむしゃぶりついた。彼に乳房を舐められながら、私は未来を見つけた喜びに声を上げた。

彼はその声を自分が与えた快楽の声だと思い込み、もっと声を出させようと下半身に手をのばした。私は彼の手が届きやすいよう腰を動かす。下半身に達した彼が指をこねくり回すと、そこがもっと湿り気を帯び、濡れるよう祈った。彼の舌がたっぷりの唾液と共に、花芯を目指し蛇が這うよう腹を通過する。固く目を閉じた私は瞼の裏に未来を見た。私は輝くばかりの赤ん坊を抱いていた。その子は男だ。

ついに彼の舌は私の花芯に達し、花弁を舌でめくり始めた。私はこらえきれず演技でない声をもらした。秀吉はさらに指でも花弁を凌辱する。天井に向け大きく開かれた両足は、生贄のように彼に捧げられた。だが私の中に屈辱はない。子どもを彼に与えることで、私は彼を屈服させられると気づいたからだ。

彼が私の中に入ってきた。これまで憎んでいた彼の男根を、愛おしい子供を抱くようにあたたかく受けいれた。彼は恍惚の笑みを浮かべ、腰を動かす。私も彼の動きに合わせ、腰を動かす。リズミカルに動きながら、私は寧々や側室達ができなかった野心を叶えよう、と心が沸き立るのを感じ、身体が熱くなった。彼の身体を抱く手に力がこもり、かすかな快感が身体の芯から生まれた。
天下を統一した秀吉が、どんなに望んでも授からなかったものを、私が与える。私が豊臣の跡取りの生母になる。それが私の天下取りだ。伯父信長にも母お市にも義父にも出来なかったことを私は叶える!

私の野心の扉が開いた。その扉の先にある道が私の天下統一の未来に続く。

扉を開いた私は、初めて秀吉を自分の中に入れた状態で、喜びの声をあげた。私の快感の扉も開いた。花芯から私を貫く波にさらわれ、私は身体をしならせ達した。そんな私を見届けた彼は、最後の一撃を私に与えて果てた。荒く肩で息をする彼を抱きしめながら、私は野心を叶えた未来を見上げた。私は今日からこの道を歩く。

その道は誰かのためでなく、自分のために生きる道につながっている。

私は秀吉に微笑んで言った。「子は出来たかしら?」

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