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新中学問題集

僕の姉は新中学問題集だった。

僕が新中問(略してこう呼ぶ)と出会ったのは、小学六年生の頃。僕がもう少しで中学生というタイミングで、「これ、お姉ちゃんが使っていたやつよ」とお母さんからその教材を渡されたのだ。

そのお古の新中問は、あちこちにチェック(おそらく間違えた問題の印だ)があったけど、お姉ちゃんは問題はノートに解いていたみたいで、汚れはほとんどなかった。

僕と姉はそこそこ歳の差があるから、後から考えてみれば学習指導要領とかがだいぶ変わっていて、教材としての使い勝手はあんまり良くないはずなんだけど、なんだかその教材がお姉ちゃんとの唯一のつながりのように思えて、僕はそれを使い倒すようにがむしゃらに勉強をした。

一年生の終わりには、二年生の。二年生の中盤には、三年生の新中問を手に入れた。全部お姉ちゃんのお古だ。お母さんには「新中問っていいながら全然新しくないじゃん」と不満そうに言っていたけど、本当は嬉しかった。

だってね。教材の難しい問題のそばには、「符号に注意!ファイト!」みたいに、おそらくお姉ちゃんがお姉ちゃん自身に送ったメッセージが絵付きで書き込まれていて、僕はそのメモに勝手に励まされて、勉強を頑張れたから。

それに、お姉ちゃんが間違えた問題を正解するとちょっと得意げになれた。お母さんに聞いた話だと、お姉ちゃんは学年で1、2番を争うぐらい頭がよかったそうだから、自信にもなった。

おかげで、中学生のうちに勉強に困ることはなかった。ありがとう、お姉ちゃん。感謝される筋合いはないって笑うかもしれないけれど。

そんな姉が空の上に旅立って、もう数年が経つ。僕が小さい頃のことだったし、お姉ちゃんは写真嫌いな人だったから、その顔は朧げにしか思い出せない。

でも、なんだか近くに居てくれているような気はする。お姉ちゃんのこと、僕は良く知っている気がする。それは、新中問のおかげも、多少はあるのだと思う。掃除の最中にたまたま出てきた新中問がなんだかちょっとだけ誇らしそうだ。

でも、会いたいな。高校生になって大きくなった僕を見せたい。最近やっと僕の夢も決まったんだ。僕は、お姉ちゃんみたいな宇宙飛行士になる。もっともっと勉強が必要だし、それが危険な道っていうのも知っているけど、やっとなりたいものが見つかったんだ。

ふとそんなことを考えていたら、お母さんが慌てて部屋に入ってきて、「テレビつけて!」と言いながら自分でテレビをつけた。

そこにはお姉ちゃんの顔が写っていて、宇宙から全世界に向けて何やら話をしていた。

「人類の皆さん、長らく音信不通になっていてすみません。我々宇宙探索隊は全員無事です!そして、長年の旅の末、ようやく新しい移住先の星を見つけました!」

久々に見たお姉ちゃんの顔は、僕の想像よりもだいぶ逞しくなっていた。

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