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塾講師が異世界転生したら魔法使いの弟子ができました

気がつくと、そこは異世界だった。

頭の中で散らばった記憶を拾い集めてみる。
あれはたしか、大学からの帰り道。
事故に巻き込まれた僕は、吹っ飛んで意識を失った。そして、今だ。
目の前に広がるのは大きな城とファンタジー調の街並み。どうやらここは城下町らしい。

こういう展開は何度も本で読んだことがある。
割と落ち着いているのはそのせいかもしれない。もしかしたらただの夢かもしれないし。
今まで読んだいくつもの物語では、異世界に飛ばされた主人公はスライムになったり魔王になったり賢者になったりしていた。
僕は、一体何になっている?手と足を見る。特段変わっていない。
あ、でも服装は変わっている。町人風で、この景色にもすんなり溶け込めそうだ。

…町人か。

ほんのちょっとだけテンション下がっていると、突然おばあさんに声を掛けられた。

「おぬし…突然つかぬことをうかがうのじゃが、今急にここに現れなかったかの。まさか…おぬしこそワシの予言にあった…」

宝石が散りばめられた黒いローブを羽織ったおばあさんは、
現実世界では怪しい宗教の勧誘みたいであんまり声を掛けて欲しくない存在だけど、
この世界では話しかけられて嬉しいランキング上位に入るキャラクターだ。

「新任の先生ですか?」

え?

かくして、僕の異世界講師ライフが始まった。


一章 崩壊


おばあさんの家に招待され、よくよく話を聞けば、
おばあさんはとっても高名な予言者で、つい先日「街のはずれに先生がいきなり現れる」という予言を授かったらしい。
予言通りの時間と場所に現れたのが僕だったというわけだ。そうか、先生か。

たしかに、僕の仕事は塾講師だ。
人に教えるのは得意分野。でもまさか異世界に来てまでやることが先生とは。
ん、ちょっと待てよ…ここと現実世界の言語や生活水準がそんなに変わらないのはどうしてだろうかと不思議に思ってはいたけど、
もしかして、ここって異世界でもなんでもなくて、現実世界の日本のどこかなんじゃないか。壮大なドッキリ?
ああ!そう考えたら途端にそんな気がしてきた。異世界なんて思ってちょっとテンション上がってしまった自分が恥ずかしい。
何かの企画だというなら、ここはとりあえず大人しく流れに沿って先生を始めるのがいいんだろう。

「ここはどこですか?」

「ラダトームじゃ」

「(ふむふむそういう設定ね)。先生ということですが、教科は何を教えるんですか?」

「魔法じゃ」

「(ふむふむそういう設定ね)。わかりました。えーと、教科書などありますか?」

おばあさんは「これじゃ」と、机に置いてあった分厚い本を僕に手渡した。適当にページを捲ると、そこには見慣れた九九の数式が書いてあった。そのページのタイトルには『玖玖(九の旧字体)』と書かれていて、各段の上には『壱ノ弾』みたいに見出しがある。よく凝ってらっしゃる。

「九九?これが魔法の教科書ですか?」

おばあさんは少し不思議そうな顔をしながら、「ちょっとやってみるかね」と、3の段を言い始めた。単なる九九というよりは、なんだか魔法の詠唱をしているみたいだった。設定、本当よく作り込んである。しかし、次の瞬間、不思議なことが起こった。

おばあさんが3の段を言っていると、中盤からおばあさんが光で包まれていって、後半になるにつれだんだんとその光が強くなっていった。そして、言い終えると、「ぽん」という音とともに見知らぬ生物が宙に浮いていた。

「これがワシの使い魔のポンちゃんじゃ。それとも何か、こんな基本的な魔法は魔法とは言わんじゃろ、みたいなことじゃろか」

僕は目をまんまるくしながら、心の中で叫んでいた。

異世界だったー!!!!!
なんとなくそうだよねと信じてはいたけど、やっぱりここは異世界だったー!!!!!間違ってなかったー!!!!!
だって現実世界じゃこんなこと出来んもん!絶対無理!もしもここまでできるなら喜んで騙されてやる!!!!!!!

「い、いや、久々にま、魔法の教科書を見たもので。ぼ、僕も久々にやってみようかなぁ」

ここで僕が九九を言っても何も起こらず正体がバレるという未来も想像したけれど、詠んだら一体どうなるんだろうという好奇心が止められなかった。勢いに任せて僕も三の段を詠んでいくと、後半部分から尋常じゃない量の光が僕のもとに集まってきた。これは気持ちがいい。おばあさんが少し焦っていたけれど、構わず最後まで詠み切った。

「お、おぬし、ここでそんな魔力は、マ…マズイ!!」

爆発音と共に巨大なドラゴンが召喚されて、おばあさんの家が崩壊した。


二章 楽しいお勉強


それからというもの、僕は街で危険人物扱いされていた。

そりゃそうだ。街中でドラゴンを召喚。おばあさんの家をぶっ壊し、灰や瓦礫を撒き散らし、隣人を恐怖に陥れた。

幸い、すぐに魔法を解除したから怪我人は出なかったけど、おばあさんはとってもビビってた。すぐに城から王宮魔導師たちが駆けつけて、僕は捕らえられた。

しばらく牢屋から出られないと覚悟していたけれど、顔が利くおばあさんが身元引き受け人になって助けてくれた。それからは、王様が用意してくれた家で自粛生活をしている。食べ物には困らないけど、暇だ。なので、日中は知的好奇心の赴くまま、散歩しながら情報収集をしている。これが実に楽しい。

生徒たちにも良く言ってたな。「わからないことって、嫌なことでもダメなことでもなくて、実はこれからわかる楽しみを生み出す宝物なんだよ」。

今、それを実感している。この世界は知らないことやわからないことだらけだから、すべてが学びの材料になる。道も、壁も、人も、自然も、すべて眩しい。ここは財宝だらけだ。

街には大きな図書館があって、僕が抱えていたいくつかの疑問はそこで解消された。伝説によれば、勇者と呼ばれる存在が魔王を封印して100年以上の時が経っているらしい。モンスター達も人間に危害を加えることはあるが、よほどのことがない限り街へは侵入してこないようだ。そんな中、いきなりドラゴンが現れたのだから、街のみんなの驚きっぷりもよくわかる。大変申し訳ない。

魔法についても調べた。これは王宮魔導師の一人が話してくれたのだけど、同じ魔法でも唱える者の魔力の強さで効果は変わるらしい。どうやら僕はこの世界では大魔導師級の魔力を持っているようだ。

書物に「小声で弱々しく詠唱すれば魔法の効果は薄まる」と書いてあったので、空き地でこっそり九九の魔法を試してみた。『壱ノ弾』を唱えると、小石みたいな塊が向く先に飛んでいった。どうやらこれは簡易的な攻撃魔法みたいだ。

図書館→空き地の日々を繰り返すうちに、いつも空き地で会う男の子と知り合いになった。彼の名前はカンタ。歳は小学生高学年くらいかな。白のタンクトップシャツに坊主頭でいかにもヤンチャそう。いつも木の棒を振り回して遊んでいるのに、「将来なりたいものは?」と訊いたら「魔法使い」と答えたから笑ってしまった。

「おじさんは?」

不意にそう訊かれて戸惑った。とりあえず「お兄さんね」と訂正しながら、僕の将来はどうなるんだろうと考え込んでしまった。咄嗟にカンタくんには「先生かな」と答えた。

「じゃあ魔法教えてよ!」カンタくんは元気にそう言った。どうやら僕の魔法の練習を見たことがあったらしい。

「俺、バカだから全然魔法使えないんだ」

「え、僕は話しててカンタくんは賢いいい子だと思うけどな」

「でも、お母さんからよくバカって言われる」

「じゃあ、魔法を覚えてお母さんを驚かせてあげようか」

カンタくんは力強く頷いた。勝手に約束しちゃったけど、悪いことをするわけじゃないし、まぁいいか。

それから何回か空き地で魔法の練習に付き合った。なんでも、学校のクラスでこの『玖玖』を使えないのはカンタくん一人だけらしい。そりゃ自信無くしちゃうよね。でも、大丈夫。カンタくんの課題は「覚える」ということがどういうことかよくわかっていないこと。課題が分かれば、あとはその課題が克服できるまで練習するのみだ。

「カンタくんはさ、何か好きなものある?」

「うーんと、ロケットモンスターっていうカードゲーム」

「じゃあ、そのキャラクターっていっぱい言える?」

「うん。300匹くらい言える。ほら、これ図鑑」

「おお、すごいじゃん!そうね、じゃあこのモンスターはなんていうの?」

「ゲラルダンサスマクロリザス」

「す、すごい名前ね。ねぇ、カンタくん。今そのモンスターの名前、頭の中から出して言えたよね。それが覚えているって状態ね」

「うん」

「玖玖もその状態にしたい。それにはまず、頭の中でイメージをできるようにしなくちゃね」

もちろん言葉だけで覚えさせてもいいんだけど、イメージが湧いた方が強い魔法になると本に書いてあったから、少し遠回りだけど、九九の意味まで理解してもらうことにした。幸い僕には時間があるし、カンタくんのこれからの為にもきっとその方がいいだろう。


そこから僕は空き地の石を使って、1の段の仕組みを説明した。足し算や引き算も怪しかったから、初歩の計算から時間をかけてじっくりやった。意味をなんとなく理解してもらってからは、ひたすら音読。まだ詠唱も遅くて詰まることも多くて綺麗に魔法が出せないことが多いけど、10回に1回ぐらいは魔法が出るようになってきた。カンタも嬉しそうだ。

「よし、明日最終テストしよう!」と、決めたその日のことだった。モンスターの大群がこの街に攻めてきたのは。


三章 勇者


それは、突然の出来事だった。

いつもの空き地でカンタとテストを始めようと思ったその時、街に警報が鳴り響いた。警報が鳴るのは珍しいらしく、カンタは「避難訓練?」とポカンとしていたけれど、とてつもなく嫌な予感がした。

注意深く観察すれば、街が揺れている。ドドドドドと、少しずつ大きくなる地響き。何かが迫ってくるような感じ。慌てて耳を澄ます。警報がうるさいけれど、その合間を縫って、遠くで誰かが叫んでいるのが聞こえた。

「オークの大群だ!オークの大群が迫ってきてるぞ!」

カンタも尋常じゃない雰囲気を感じ取ったのか、顔が青くなっている。

「カンタ、大丈夫。ここを離れないでいれば、僕が君を絶対に守るから」

そう言って防御魔法を唱えようとした僕の袖を引っ張りながら、カンタが首を横に振る。

「…お母さんが、門の近くで働いてる…」

僕はなるべく平静を装って、尋ねる。

「門って、あっちの大きな門かな。じゃあ僕が行ってちょっと見てくるよ。特別な防御魔法をかけておくから、カンタはここに居て隠れててね」

袖を持つ手に力が入る。

「僕も行く」

真っ直ぐに僕を見据えた目を見て、「強い子だな」と感じた。ここに置いていくよりも一緒の方が安全かもしれない。少し悩んで、僕はカンタを連れていくことに決めた。

「わかった。一緒に行こう。その代わり、ちょっと急ぐよ」

高速移動魔法。この世界ではなぜかgoの不規則変化(go went gone)を呟くと、超高速で移動ができた。しかも魔力が豊富な僕のは特別製で、行ったことがある場所へならほぼ一瞬でワープできる仕様だ。カンタが警報以上にビビっていた。

到着すると既に門が破られそうになっている。兵士たちが応戦しているが、いかんせん向こうの数が多いようだ。既に何匹かが侵入しており、あちこちで獣対人間の戦いが繰り広げられている。動き自体は単調だから、オークたちの知能はそんなに高くはない様子だ。

「お母さん!」

カンタがすぐに門の受付にいるお母さんを見つけた。よかった、まだ無事だ。だけど、周りの戦いや人の流れが激しくて、身動き取れない状況のようだ。お母さんもカンタを見つけて叫ぶ。

「カンタ!何してるの!逃げなさい!」

カンタの話を聞いた時は厳しすぎるお母さんなのかなと心配したけど、なんだ、やっぱりいいお母さんじゃないか。

「おれがお母さん守る!」

この状況でそれが言えるのは素晴らしいことだよ、カンタ。すごいぞ。

魔法は、上級者になればなるほど詠唱を短くできる。簡単に言えば、魔法の名前だけで魔法が使えるということだ。もちろん効果としては弱まるのだけど、こういった非常事態には非常に助かる。

僕は誰も巻き込まないよう細心の注意を払いながら、タイミングを見て門の外へ向け渾身の力を込めてこの魔法を唱えた。

「壱ノ弾」

一閃。大きな黒い光の矢が鬼のようなスピードで門とその向こうにいたオークたちを吹き飛ばした。というか、消し去った。門は大破したけど、その向こうにモンスター達はもういなかった。

驚きが作った一瞬の沈黙の後に、歓声と拍手が巻き起こる。僕は大きな魔法を放った反動からかその場にへたり込んでしまった。すぐに辺りは大丈夫かと周りを見回したけれど、城下町に侵入したオークたちはごく僅かだった。それを次々と士気の上がった兵士たちが捕獲している。

「ふう」と僕も一息。でも、そんなことをしている場合じゃなかったんだ。

「危ない!」誰かの声に振り返る。

カンタくんのお母さんが居る受付に迫るオーク。兵士の網を突き破り、脱走したようだ。ヤバイ。あいつ、怪我をしていて、正気を失っている。間に合うか。

「…インクガク!」

突然真横から石つぶての雨を喰らったオークがたじろぐ。その隙に僕が放った魔法でそのオークは消し飛んだ。危なかった。

魔法を唱えたのは、カンタだった。

僕はそばに行って、いつも練習で上手くできた時にやるみたいに、カンタとグータッチをした。誰もが慌てふためく緊急事態。そんな時も、君は自分じゃなく誰かを案じ、そして守った。

「カンタ、君はもう立派な勇者だよ」

カンタは僕を見上げて、その言葉の意味を噛み締めると、ニコッと笑った。歯抜けの、良い笑顔だった。

「…おれ、魔法使いがいい」

走ってきたお母さんがカンタを抱きしめた。

つづく

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