箱庭日記10
3月●日 満月
「眠るには」
夜になって布団に入ると、昼間足元にあった不安とか悪いものが、飲みかけのペットボトルを倒した時のように、頭、胸、お腹、足、全身に行き渡る。
耳鳴りは、季節毎の音を鳴らして、まぶたを閉じると少しの光がチラチラと邪魔をする。
まずはアイマスクで、目を覆って光を遮断する。
そして目から光が入らなくなったら、横を向き上になっている耳の穴に栓をする。
クッションや布団で足を高くすると、不安が上半身に昇ってくる。
次第にダラダラと、黒インクのような不安達が下にした耳の穴からドロドロ出てくる。
それらを、全部出し切ったと思ったら、深呼吸をして遠くの音に耳を澄ませる。
家の前の路地、2本奥の、居酒屋がビンを捨てる音がするともうすぐに眠れる。
眠っていると思う事が大事。
朝になると、不安はまた足元に溜まって息を鎮めて。私が夜になり。横になるのを待っている。
3月●日 雨あがり
「一日一善」
歩道から道路へ向かうミミズの進路変更をして、乾死を未然に防いだ。
しかし後から考えると、進路を植え込みに向けただけで、もしかしたら土に辿り着けなかったかもしれない。
さらに言えば、自ら道路側へ進行していたのかもしれない。
ミミズの気持ちも、その後の事もわからない。
一日一善?
3月●日 雨のち曇りのち雨
「流行」
日がな一日、暇な一日、昼からインターネットをダラダラとやった。
目的はないが、気になった項目をひたすら追っていく。
『ブームです』
パッと目に入った記事には、最近記憶を交換し合うのが流行っているらしい。
『あなたも記憶を大切な人と交換してみませんか?』『記憶は頭だけではなく、体の細胞一つ一つに宿ります。最新の技術であなたの体の一部から記憶を取り出して、大切な人へ贈りませんか?』
どうやら体毛や指の先などの肉片から、記憶を抽出して人と交換するのが流行っているらしい。
『恋人同士で大切な思い出を交換すると、相手とより親密になれるよ!』
『友達と思い出を交換して、2人だけの秘密を作っちゃお!』
『終活の一つとして、あなたの大切な記憶を遺しました。』
※取り出した記憶は、持ち主様には残りませんので、記憶を取り出す際にはご了承下さい。
とんでもないものが流行っている。だが面白そうだ。
その後も実際に記憶を交換した人のブログを読んだり、動画サイトで記憶交換の様子を見たりした。
『先日プロポーズをしました。初めて記憶を人に贈りましたが、彼女とっても喜んでくれました!彼女との思い出の場所で、彼女への想いを伝え、その記憶をプロポーズとしえ贈りました。1つしまったな、という事があって、プロポーズの内容を控えておくのを忘れてしまった!残念!』
『はーい。ひき肉こま肉合挽き肉、あなたとぎゅっとタン塩牛カルビチャンネルです♪よろしくお願いしますっ!今日はこれからドッキリで相方が寝ている間に僕の『巨大お子様ランチを完食した時の記憶』を注入したいと思います!』
眠っている男性の口に、白い錠剤を1つ入れた。
場面が切り替わり、先程ドッキリを仕掛けた方が『そういえば、前撮った巨大お子様ランチの企画の時に、お子様ランチに刺さってる旗の柄って何だっけ?』
『えー、急になんだよー。えーっとアレ?あれ?俺食ってないよな?記憶が、記憶が、捏造されてる!!』
『ドッキリ大成功!』
世の中にはよく考えると恐ろしい事が、こうも流行っている。人々の興味を惹き、生活の中に馴染み、そしてそれが普通になって手放せなくなる。
電車、手術、顔の見えない相手との交流、絶叫マシン、電子レンジ、クレジットカード、コンタクトレンズ...
原理もよくわからないまま使っていたり、当たり前になっているから使っていたり、きっと危険もあるのかもしれない。
けれど記憶を他者に切り分ける事も、そのうち当たり前の文化、生活になっていくのかもしれない。
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