sakomoko

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  • 放課後の黒板

    拙作『雨の降る日は学校に行かない』のあとがき

最近の記事

城塚翡翠の転倒

 ※このお話は『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の真相に触れています。未読の方はご注意ください。  千和崎真は眠れない夜を過ごしていた。  確かに、普段とは違うベッドではあったけれど、どのような場所であってもすぐ寝入ることができるのが、自分の長所の一つだ。以前、その長所を雇い主に語ったら、「繊細さと無縁なところが、とても真ちゃんらしいですね。素晴らしいと思いますよ」と笑顔で告げられてしまった。もちろん、嫌味であることはわかったので、手頃な雑誌を丸めて小気味良い音を立ててやっ

    • 城塚翡翠の平穏

       ※このお話は『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の真相に触れています。未読の方はご注意ください。  千和崎真は、虚しい心持ちで東京の夜景を眺めていた。  高層階の掃き出し窓から望むことのできる煌びやかな夜景は、最初の頃こそ贅沢なものだと感激していた。それと同時に、一歩を前へ踏み出したら、この身が硝子をすり抜けて夜闇へと落ちてしまうのではないか、という恐怖心があったように思う。だが、それも今となっては慣れ親しんだ場所となり、特別な感慨など湧かない景色へと変じてしまっていた。そ

      • 魔法の闇鍋『空飛ぶ箒』

        「あそこの箒を売ってください」  日頃の睡眠不足のせいで、気付けばカウンターに突っ伏すようにして気絶していた。暖炉の熱気にやられたのか、唇がひどく乾いている。それでも呼吸することだけは忘れずに、開いた口から涎がとろりと垂れているのだから、我ながら大したものだ。のろのろと自分のそんな惨状を自覚して、わたしは慌しく顔を上げた。  片付けるべき問題はたくさんあった。たくさんありすぎて、どこから手を付けるべきか咄嗟に判断できない。まず、ハンカチを引っ張り出して、ほっぺたにこびり付いて

        • 『あなたを読む物語』のあとがき

          「続編を書きましょう」  担当編集である河北さんから、そう言われたのはいつだったろう。 『小説の神様』を刊行してしばらく、僕の本にしては思いのほか好調で重版を重ねることができたものだから、それは編集者からすれば当然の流れだったのかもしれない。  しかし、僕は渋っていた。確かに、そもそも講談社タイガはレーベルの立ち上がり当初は、全点シリーズモノの刊行を謳っていたと思うのだけれど、『小説の神様』に関しては例外として一巻完結で出して良いと言ってくれていたのだ。それがどうして、「続

        城塚翡翠の転倒

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        • 放課後の黒板
          3本

        記事

          愚者の行進

           あ、また同じカードだ。  まるでケーキのスポンジみたいに柔らかな感触の座席シートは、物珍しい臙脂色をしていた。禰子の住んでいた街には、こんな色をした座席の電車は走っていない。すみっこでうたた寝をしているおばあさんの他には乗車客のいない車両の中で、禰子は行儀悪く座席にタロットを広げていた。広げるといっても、禰子は複数枚のカードを使った占術に詳しくない。彼女にできるのは、カードをぐちゃぐちゃに交ぜて、ぴんと来たカードを一枚めくる単純なスプレッドだけだった。それが、さっきから、

          愚者の行進

          死にたいノート

           自分の声なんて、誰にも届かないんだと思っていた。悲鳴を上げても、誰かに届く前に、掠れて潰れて、消えてしまって、気付いてなんて、もらえないんだと信じていた。  架空の遺書をノートに綴る女の子が、そのノートを落としてしまう、というお話です。  まだデビューするよりも昔に、自分のブログに、詩のようなもの、を載せていました。それが『死にたいノート』の原型です。死にたい、死にたい、と綴られた言葉は、それが詩なのにも関わらず、ブログを訪れる人に心配されてしまう有様でした。どういうわ

          死にたいノート

          好きな人のいない教室

           だって、わたしたちは、たまたま同じ年に、たまたま近くで生まれただけに過ぎない。たったそれだけの理由で一緒くたにされて、教室という狭い空間に閉じ込められてしまう。自分に嘘をついてまで、そんな繋がりを大事にする理由なんて、ほんとうは、どこにもないんだ。  恋をしたことのない、それ故に、教室から浮いてしまう、女の子のお話です。  世の中は恋のお話で満ち溢れているけれど、僕たちのリアルな青春には、そんなものなんてなかったのだ。  小説すばるが、恋愛小説特集ということもあり、恋

          好きな人のいない教室

          ねぇ、卵の殻が付いている

          「あたし、大きくなんないよ。絶対、途中で死んじゃうよ」 「それでも、今は生きているじゃないの。なっちゃんは気付いていないかもしれないけれど、今もじゅうぶん、大きくなっているんだよ」  二人の少女の、保健室登校のお話、です。  子どもの頃、自分は絶対に大人にならない、と思っていました。  たぶん、大人になる途中で、死んでしまうだろうなぁって、漠然と考えていました。だから、大きくなることはないんだって思い込んでいたけれど、きっと、そんなふうに浅はかな考えをしていた最中にも

          ねぇ、卵の殻が付いている