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【ショートショート】五百円のキッチン

「映画面白かったねー」
「うん。もう一回見たい」
「おかわり早過ぎ」

 彼女の笑い声と共にずるずるとラーメンをすする。家族連れで賑わう日曜日のショッピングモール。そこにある映画館へと足を運んだ俺達は、公開間もない映画を全身で浴びたのちに、同ショッピングモール内のラーメン屋で腹を満たしていた。
 おかずは映画の感想。あそこのシーンが良かった。あのシーンの演技は神がかっていた、エトセトラ。注文した料理が届くまでの時間も、料理が来てからも、彼女との映画談笑が尽きる事はない。

 そうして映画談笑を続けながら腹も膨れた頃。「少し食べ過ぎた」と言う彼女に同意を返し、スーパーに一直線だった帰宅ルートを変更する。彼女が行きたいと行ったショッピングモール内の店をふらつき、休憩を挟む事にした。
 彼女のお目当ては、三百円ショップである事が一目で分かる店名の店。そう言えば仕事帰りにたまに何かしらを買ってくるのも大体この店だったなと記憶を掘り起こしながら、吸い寄せられるように店内に入る彼女の後を歩く。
 店内は時折家族連れやカップルがいるが、女性客がほとんど。正直居心地は良くはない。「このピアス可愛い」とアクセサリーを見る彼女を横目に、何か自分が興味を持てる物はないかと探す。そこでふっと目についたのが携帯電話の周辺機器だ。

「へー、スマホのキーボードとかあるんだ」
「三百円じゃないけどね」
「そりゃそっか。でもすごいなあ。昔はこんなの一部の店でしか売ってなかったのに」
「スマホ出始めの頃が懐かしいねぇ」

 携帯電話に無線で繋げるキーボードに、充電用のケーブルやスタンド。もちろん三百円の範囲を遥かに超えているが、それでもそう言ったものがこの手の店で当たり前のように売られている事に少しの感慨深さを覚える。ピアスを二つ手に持った彼女も俺の感想に同じ事を思ったのか、「充電器失くしたら終わりだった頃が懐かしい」と呟いた。
 そして感慨深さを目に抱えながらくるりと体を反転させ、後ろにあった棚を見た彼女。一段高くなった声が、「見て見て」と俺の服を軽く引っ張る。先程見回した時に後ろに何か目新しい物などあっただろうかと考えながら振り向き、彼女が指さした先に視線を向けた。

 そこにあったのは子供用のおもちゃ。うさぎ一羽分程の大きさで、彩度を抑えつつもカラフルな箱。蓋をあければごっこ遊びが出来るようになっているらしい。キッチンや医者等のごっこ遊びが手軽に出来る代物のようだ。
 彼女はそれを指さしながら、「可愛くない?」と口角を上げている。まあ可愛いか可愛くないかで言えば可愛いとは思うが、どこをどう取っても子供用のごっこ遊びのおもちゃだ。嬉しそうに口角を上げる彼女程のテンションは持ち合わせられない。
 俺のそんな雰囲気が伝わったのか、彼女はこちらを見ては、「あー、さてはこれの凄さに気付いてないなー?」と人さし指で肩を突いてくる。

「五百円だよ?これ。五百円でままごとが出来るとか凄くない?私達が子供の頃は五百円でとかありえなかったよ?」
「確かに。ままごとセットってもっとデカいやつしかなかったね」
「でしょ?革命だよこれ革命」

 コンパクトさと値段の革命だ。彼女はそう言いながらキッチンの箱を手に取る。まさか買う気か? と彼女の顔を見れば、欲しいですと色濃く書かれた顔と目が合った。短く溜め息を吐いてから一応の、「欲しいの?」と確認。もちろん即答で是が返ってきた。

「買ってどうすんの。ままごとすんの?」
「……しないけど」
「じゃあどうすんの」
「……飾る……?」
「はい疑問符付けたらダメ。ほら元あった場所に戻して。他の子供達に託しなさい」
「……確かに。ままごとの夢は奪っちゃいけないね……」
「別に真面目な意味では言ってないけど」

 名残惜しそうに箱を棚に戻した彼女は、「致し方あるまい」と呟いておもちゃの棚から去ろうとした。だがすぐに踵を返して棚に戻ると、屈んで一番下の棚に手を伸ばす。何やら長方形の箱、と思ったのも束の間。中身が分かりやすくイラストに描かれたそれを見て、再度溜め息を吐いた。

「これなら飾ってもいいでしょ?」
「まあ、それくらいならいいけど本当に買う気?」
「買う。値段は……二千円、するけど……」
「もうコインですらないじゃん」

 その日、帰宅してすぐに小型犬サイズの真っ白なギターが飾られた。まあたまにはバンドを組んでいた名残りを活かして、彼女のリクエスト通りにその小さなギターを弾いてやらなくもない。



題材になった3COINSのごっこ遊びBOX。
これが五百円はマジで驚いた。
ちょっと欲しい。

ギターはこっち。
普通に可愛いからインテリアとして欲しい。
誰か買って。

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