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明るい光のさす方へ 斎藤緋七

昼休み。
「死んでしまったお魚みたいな目をしていた」
いつも、光星(ひかる)はいう。私は今日も光星に聞く。
「え。誰が? 」
私はもう、なれてしまったので持参のお弁当を食べながら光星の話を聞いていた。このやり取りは一体何度目だろう。光星の話は毎回同じだった、死んでしまったお姉さんの話だ。普段、無口な光星はこの話をするときだけ自分から話始める。
「お姉ちゃんよ。私、お姉ちゃんと年が十五歳も離れていて何も分からなかったから。まだ子どもだった。子どもって残酷よね。私、言ってしまったの。お姉ちゃんの目、死んだお魚の目みたいな目だねって。お姉ちゃんの目は生気が無くてどんよりとしていた」
光星は泣く。
「私が殺したのかも知れない。私がお姉ちゃんを傷つけて追い込んだのかも知れない」
泣きじゃくる。
「お姉ちゃん、下を向いて笑っていた。寂しそうに。私には分かるの。お姉ちゃんが傷つくことを言ったって。だめなことを言ってしまったって分かったの」
「光星、それは違うよ。自殺だったって身内は辛いわよね、それは良く分かる。でも、当時光星は何歳だったの? 十歳? そんな年で責任背負ったらだめだよ」
「でも、お姉ちゃん、死んじゃった。そのあとすぐ次の日にお父さんまで自殺で死んでしまったから、私、生き残り、不吉な子になっちゃった」
「ひとり生き残った、不吉な子? 光星が? 」
「そう。お母さんは私を生んですぐに死んだって聞いているし、私が一人生き残っているのは本当だか? 」
ずっと、この言葉に囚われている。光星は家族の亡霊とともに今も生きている。お酒に酔うとこの話をしながら泣く、私の友達、光星。
「もーう、すぐ泣く! 光星は。仕方ないわねえ」
ハンカチで涙を拭いてあげる。まだ、子どもみたい。可愛い妹のような存在の光星。天涯孤独な光星。今では重いものを背負っている光星に対してどう接するのが一番いいか、えるのが私の日課のようになってしまった。保護者のように。
「なんでこんな風になってしまったのだろう。まるで、何かに強く呪われているみたいだわ」
最後は涙になる。
「知りたいの? 」
光星が言った。
「うん。お姉ちゃんが死んじゃった原因を、知りたいわ。遥香が私でも、知りたいと思わない? 」
「どうかな? 」
「誰がお姉ちゃんを追い詰めたのか? 私、きっと、真実を知ってみせるわ。どんなことをしても。必ず」
「光星さあ、無理せずにゆっくり行こうよ? 」
「う、ん。でも、覚えているのは、私を育ててくれたのがお父さんじゃなくて、お姉ちゃんだったこと。私はずっとお姉ちゃんと一緒だったの」
光星が言った。
「遥香、絶望で人は死ぬって知っていた? 」
「知らなかったけど、そうかも知れないわね」
「以前、都希くんの叔母さんが私に言ったのよ。『光星ちゃん、絶望で人って死ぬからね。だから、言葉には特に気を付けなさい』って。その言葉の意味、今なら分かる気がするのよ」
私は時間が気になって時計に目をやった。
「嘘!! もう、こんな時間だわ、大変大変、仕事にもどらないと」
私たち二人はOLの顔に戻り、急いで午後からの仕ことの準備を始めなくてはならなかった。
 
 
私は光星の紹介で光星の従兄弟の来栖都希とつきあっていた。十歳で保護者の父と姉を一度になくした光星は都希のご両親に育ててもらったという。従兄弟同士の二人はとても仲がよく、時々、私が妬いてしまうほどだった。
「光星ちゃんは繊細だからよろしく頼むよ! 遥香! 」
二人は大人になった今でも、お互い、ひかるちゃん、ときくんと呼び合っている。微笑ましい間柄だ。
「私だってそれなりに、繊細なんですけど。忘れられていない? 」
私は軽く、都希を睨む。私も都希も、いつもいつも、光星、光星、光星が最優先だ。本当の意味で最優先だった。儚げな光星と、肝っ玉かあちゃんキャラの私。
「ナイスコンビ」
都希に言われる。私たちもお互い、いい相方だと思っていた。
「遥香、光星ちゃんに最近、何か言われたか? 」
その日、私たち二人は会社帰りに待ち合わせして、おいしいと評判のラーメンを食べに行っていた。光星抜きでのデートはひさしぶりだった。私は大好物のこってりチャーシューを食べながら、
「え? 何を言われたの? 」
光星に聞いた。
「瞳さんについて、光星のお姉さんについて過去を調べることだ」
「それは、まだ、言われてないわ。都希、言われたら手伝うの? 」
「そこは、迷っているけど」
ラーメンをすすりながら都希は言った。
「瞳さんを自殺にまで追い込んだのはなんだったか。うちの親は多分知っている。でも、絶対に口は割らない」
「親類も? 」
「そう」
「親戚も、絶対に口を割らないからなあって言っていたよね。へんなところで口が硬い一族なのかな? 」
「それだけ、タブーってことだと俺は思っている」
 都希は言った。
「おそらく、絶対タブーだな。硬いって言うか来栖一族の恥さらし、だと誰かが言っていた記憶がある。俺もあんまり瞳姉さんの記憶ないからなあ。俺、子どもだったし、年齢も十五歳も離れているし、年に一回会うか会わないか。その、程度」
ラーメンのスープを一滴残らず飲んだ後、都希はため息をついた。
「俺さあ、知らない方が幸せってことがあると思うんだけど。遥香はどう思う? 」
「同感」
二人は同じことを思っている。瞳さんのことは深く、知らない方が幸せだと思う。何とかしてこの言葉を光星に言いたかった。理解して欲しかった。でも、光星のあの、異様なまでの熱意の前では、言えないでいた。
「ただ、光星ちゃんのお父さんが死んだときのことは覚えている? 」
都希は最近ぼんやりとだが記憶が戻りつつあるという。
「お父さん? あの、自殺した人ね」
「このことは遥香も知っていると思うけど、瞳さんが数時間後、お父さんが死んだんだよ。だから、葬式も一緒にやったんだけど。葬式さ、お父さんのためには誰も泣いてなかった。うち、親戚多いんだけど 」
「だって、来栖一族って、教育業界では有名な大きい一族だもん」
「だから、葬式もやたらとあるんだよね。子どもの頃から親戚の葬式にはよく行っていたけど。誰も彼もが無表情というか、皆が無関係と言うか、もっと言うと面倒くさそうな顔をしているっていうか、もっと言うと光星ちゃんのお父さんが死んだことを喜んでるように見えたよ。あんな葬式は初めてだった」
「しんみりするのが普通じゃないの? 」
 私も、奇妙な話だと思いながらラーメンのスープを啜った。
「そう思う。でもね、瞳さんの為にだけ皆、泣いて手を合わせていたよ。あの差はすごい違和感だった。俺は、怖くて早く帰りたかったんだ」
「分るわ」
「それくらいの記憶しかない。ごめん」
「仕方ないわよ。子どものときの記憶って、誰でも曖昧よ」
「遥香。これから、光星ちゃんを呼び出して、三人で呑まないか? 明日は休みだし、まだ七時だ、帰りはタクシーで送るし、まだまだいけるだろ? 」
「そうね、光星に連絡してみる? 」
私は鞄からスマートフォンを取り出し光星に連絡をしようとした。その時メールが来た、光星からだ。
「こんばんは。光星です。都希くんにも頼んだんだけど、遥香も私と一緒にお姉ちゃんのこと調べるの手伝ってくれないかな? 」
光星からメッセージが来ていて、
「わかったわ。とりあえず話を聞くわ。ちょうど、今、都希と一緒にいるから、これから三人で呑もうよ。でて来ない? 」
光星に返した。
「こんな返信でよかったのかしら? 」
都希に画面を見せる。
「ねえ、これでいいと思う? 」
「うん。それにしても、甘えたよね、光星って」
「光星ちゃんは、無茶苦茶可愛いからな。そして、俺たちは、なんでこうも光星ちゃんには,甘いんだ? 」
「わからないわよ。そんなこと」
そう言って、二人でため息をついた。そう、私たちは、NOと言えない日本人だった。光星はそれから四十分ほどでやってきた。
「遥香、都希くん、お待たせ」
金色のオーラを引き連れて、一人ふわふわした感じでいつも光星は歩いている。春物のコートを脱ぎながら、
「いつも思うけど、私の存在って、邪魔じゃない? 」
光星は椅子に座って笑っている。
「いや、かえって三人の方が落ち着くよ。そうだよな? 遥香? 」
「は? 何よ、それ 」
 私はふくれた。
「失礼だった? 」
「だってー。遥香が怖いから、俺一人だと、緊張するんだよ」
「酷―い」
 私が言うと光星が楽しそうに笑った。
「あははー 」
光星は笑っている。
「光星ちゃん。邪魔だったら呼ばないから! 」
今は、光星は明るいようだ。一秒ごとに、くるくると、気分が変わる。それが光星の魅力でもあった。カシューナッツをつまみ、都希は生ビール、私と光星はグレープフルーツジュースを使った強めのカクテルを飲みながら、自然に、お姉さんの瞳さんの話になった。それまで、笑顔だったが、皆、笑ったらいけない気がして黙り込む。瞳さんについて一番話したいのは光星のはずなのに、また、
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。ごめんなさい、ごめんなさい」
しくしくと、泣き始めてしまった。こういうときは、とりあえず、光星の気が済むまで見守る。それが私と都希の暗黙の了解になっていた。私はハンカチで光星の涙を拭った。
「大丈夫、大丈夫、私たちがついているからね。光星は一人じゃないのよ」
「何でも協力するから。俺と遥香が、な、泣くなよ。光星ちゃん」
都希が思わず言ってしまった。都希も、「あ」っていう顔をしている。
引き受けてしまった!
「遥香、都希くん、ありがとう」
なんで、いつも、いつも、私たちは光星に甘いんだろう。また二人で同じ船に乗ってしまった。私と都希は目を合わせてお互いにしか分からない、ため息を心の中でついた。
 
 
数日後の、日曜日。
「役に立つか立たないか分からないが情報があ? 」
都希に呼び出された。都希の部屋で光星と三人集まった。瞳さんは言葉も手紙も遺書も残さずに住んでいたマンションの屋上から飛び降りた。きちんと靴を揃えて。ショックのあまり瞳さんが死んだ前後の出来ことを光星は記憶がないという。都希も断片的に、うっすらとしか記憶がないみたいだ。
「一つ、覚えていることがあるんだ。と言うか昨日思い出したんだよ」
都希が重い口を開いた。
「親父たちが話していたことを覚えている。でも、子どもが軽く聞いたり話したりしたらいけないような気がしてすっげー怖くって、今まで誰にも言えなかったし、自然に忘れてた。光星ちゃん、今、言ってもいいか? 」
「大丈夫よ」
「光星ちゃんには、しんどい話かも知れないけどな」
私は光星を見た。大丈夫そうだ。
「光星ちゃんは、瞳さんが飛び降りたとき、瞳さんが妊娠していたって聞いたことはない? 」
「お姉ちゃんが妊娠 」
「なんとなくは覚えているんだ。親父達が瞳さんじゃない別の誰かに対して怒っていたこと、それは子どもには聞くことも許されない場の雰囲気と話題だったことも。うちのお母さんが泣いていたことも。ぽつぽつしか情報なくてごめんだけど」
光星は、
「覚えていないわ。本当だとしたら、赤ちゃんの父親は誰なの? 」
小さな声で言った。
「そこまで分からない。ごめんね、光星ちゃん? 」
「妊娠が自殺の動機ってこと? 」
 私は聞いた。
「そう、なのかな? 」
「もっと、根が深い感じがしない?? 」
闇はまだまだ深く暗い、そんな気がする。
「自殺当時、瞳さんは二十五、六歳、二十五、六歳は十分大人だわ。例え、相手と結婚できなかったとしても、未婚の母と言う選択肢もあったはずよ。それに、瞳さんが十歳の妹を置いて死ぬかしら。不思議だと思わない? 」
「この話題だけは母さんや父さんには聞けないし。うちでは、本当に絶対禁句なんだよなー。すまない!  」
「私も遺品が入っている箱の中を片っ端から捜して見たの。何かヒントがあるはずだと思ったの。
お姉ちゃんが読んでいた小説に何か挟まっていないのか、一頁、一頁捜して見たけど本からは何も出て来なかったわ」
「手がかりはなしか? 」
「でも、スケジュール帳を見つけたのよ」
「スケジュール帳! そんな物があったの! すごいじゃない! 手掛かりになるかもね! 」
「光星ちゃん! すごいよ! 大きなヒントが隠されてそうだ!? 」
「お姉ちゃんは19XX年からなくなる直前までのスケジュール帳をずっと保管していて、私は全頁見て確かめたわ。でも、分かったのは一つだけだった。私が生まれてから、六歳まで施設で育ったってことだけだった」
(二月二十四日、日曜日。十一時。光星を施設に引き取りに行く)
そこだけ赤ペンで書いてあった
「施設にいたの? 光星が? 記憶はあるの? 」
「それが、ぜんぜんないのよ」
「私が小学校の一年生に上がった時の写真が一枚だけ挟んであって、その写真がこれなの」
写真には、桜の木の下で柔らかいベージュ色のスーツを着た瞳さんと光星が写っている。
「春なのに二人とも無表情でしょう。固いっていうか、なんと言うか」
「二人とも笑ってないって不自然じゃない? 」
こう、思うのは私だけだろうか? ぎこちない、年の離れた二人の姉妹。光星は瞳さんのスケジュール帳も一緒に持って来ていた。
「私は小学校に上がるのをきっかけに施設から引き取られたみたい」
「他には? もう、何もなかった? 話を聞けそうな古い友達とか。鍵とか。怪しい電話番号とか。古い携帯とか、アドレス帳とか? 」
「そういえば、鍵つきの小さい箱があったわ。お姉ちゃんの物かな?? 」
「ちょっと、待っていて? 」
光星が部屋を出て行った。私と都希の目があった。
「何か、ものすごーく。悪いことをしている気分なんだけど? 」
「俺もだんだんどきどきしてきた」
私は都希に助けを求めた。
「怖い。助けて」
「俺もだよ。遥香を助ける余裕何か、今の俺にはないよ」
私は怒って、
「どうしてよ、あんた、男でしょーが? 」
 都希に言った。
「俺は気がちっちゃいんだ!! 」
「でも。こういうの良くないよね。無理矢理に死者の秘密を暴くみたいで、すっごい嫌だな、私」
「俺も嫌だよ。でも仕方ないんじゃないか? 」
光星が鍵つきの小箱を持ってきた。
「すっごく、軽いから何も入ってないかも知れないけど。私の手元にあるお姉ちゃんの遺品はこれで全部なの」
「鍵か。光星ちゃん、この鍵、壊してもいいよね? 」
「うん。お願い」
「じゃあ。壊すよ? 」
都希が鍵をこじ開ける。小箱の中には、さっきの写真とまったく同じ写真が1枚入っていた。
「やっぱり、同じ写真? 」
手にとって何気なく私は写真を裏返して見た。
「母・瞳 二十一歳、娘・光星、六歳」
綺麗な字で書かれていた。
「母・瞳? 」
 何で「母」?
「娘・光星? 」
母・瞳? 娘・光星?
母・瞳? 娘・光星?
母・瞳? 娘・光星?
母・瞳? 娘・光星?
母・瞳? 娘・光星?
「これって、お姉ちゃんが私の本当のお母さん? 」
光星を生んだのは瞳さん? 
私たち三人は顔を見合わせた。
「私の本当のお母さんはお姉ちゃんだったの? 」
 光星が混乱している。頭を抱えて座り込んでいる。
「わかんねえよ」
「うわああああああ」
光星が叫んだ。
「都希くん、頭にいっぱい黒い虫がいて飛び回っている。助けて」
光星は言った。
「よし、今日はここらへんで解散にしよう、俺は光星ちゃんについている」
「分かった、私はとりあえず帰るわ。都希、光星をお願いね」
私は一人で帰った。光星だけでなく私も同様にショックを受けてしまっていた。光星を生んだのが瞳さんだったなんて。わずか十五歳で、光星を出産。生んですぐ、施設に預けて光星が小学校に上がると同時に引き取り同居を開始。以後は母とは名乗らずに「姉」として二十五歳で自殺するまで光星を育てていた。
光星の父親の存在がどこにも出てこないのが不思議だった。実の父親はどこへ消えた? 中学生だった、瞳さんを妊娠させた相手は? どこへ消えたんだろう? その、影すら見えない。
その男が光星のいる都希の自宅に来たのは突然だった。都希の両親は出かけていたが、たまたま、私も都希の部屋にいたから、怖くはなかった。
「来栖光星はいるか? 」
光星の知り合い? 
光星は首を横に振る。
「何? 」
私と光星に小声で
「ここにいろ」
言い残して都希が玄関にでた。
「光星はいない。それより、あんた、どちら様? 」
「俺は来栖瞳の昔のオトコ」
「オトコって瞳さんを妊娠させた相手の男? 光星の父親? 」
「さあ、どうだろうな。光星は中にいるはずだ。上がらせてもらう? 」
「おい! 待てよ!? 」
都希がとめたが男は簡単に上がって怯えてリビングの隅にいた光星を見て言った。
「すげえよ。瞳とそっくりだ。俺は光星がどう成長したのか見たかったんだ」
「お前、でてけよ!  警察を呼ぶぞ!? 」
都希は言った。
「遥香!  警察を呼べ!? 」
「瞳と光星の昔話を聞きたくないなら呼びな。多分、後悔するのは光星お嬢さんだぜ」
堂々としている。
「どうせ、体裁悪くて隠しているんだろ? 教育業界に君臨する来栖一族のやりそうなことだ。光星の出生の秘密が漏れたら大スキャンダルだもんな」
「どういう意味だ」
「なんで、瞳が自ら死んだのか。瞳の親父までわずか数時間後に死んだのか。あのことを一番知っているのは、俺だ」
男はニヤリと笑った。
「警察でも何でも呼びたかったら、呼べよ。その代わり、俺は二度とここへは来ない。事件の真相は永遠に闇の中だ。それでも、いいんだな」
そして男は金を要求してきた。
「いくら欲しいんだ? 」
「重要な話だ、最低でも百万だな」
「百万円!? 」
「そんなお金だせないわよ」
 私は言った。
「それなら、俺は帰る。光星は永遠に答えの出ない疑惑に囚われた人生を送ればいい。もう、俺は無関係だ」
男は古い鞄を持って帰ろうとしている。
「待って下さい! 私のお母さんは理由どんな理由で死んだの? 何か理由があったんでしょう? 」
光星が言った。
「ごめんなさい、遥香。私、聞きたいの。こんな中途半端なままじゃ、終われないのよ」
 ああ、そうか。
「あなたに理由がわかるの? 」
私は握り締めていた携帯電話を置いた。
「ここまできたら話して下さい」
男は床に鞄を置いた。
「私。百万円払います。でも、今すぐは無理です。急に言われても用意はできません。明日でもいいでしょう? 」
都希も、
「あんたが最後の証人だ。もう、警察は呼ばない。そのかわり、光星ちゃんの言うことを聞いてやって下さい」
男は、
「じゃあ、話は金を受け取ってからだ。明日、十一時に駅前にある、カラオケボックスに来れるか? 」
「なんで、カラオケボックスなんだ? 」
「話の内容が内容だからだ。とてもじゃないが喫茶店で話す内容じゃない」
光星が口を開く。
「あなたが私のお父さんなの? 」
「まあ。その答えも明日だ。邪魔したな。金を忘れるな、もう一度言っておくが、全ては金と引き換えだ」
男はそれだけ言って帰って行った。
「明日、行くわ。お金は私が用意するから、カラオケボックスに一緒に行ってくれる? 一人では心細いの。何をされるかわからないから」
光星は俺と遥香に言った。
「もちろん、行く」
「行くわよ」
「私、自分をもっと知りたいの。百万円なんて惜しくないわ」
光星は一点を見据えて、言った。
 
 
次の日、男はカラオケボックスの前にいた。
「よう、きたな。ガキドモ」
「お金、今、渡した方がいいですか? 」
光星は白い封筒を渡そうとする。
「とりあえず、中に入ろうぜ、中身は後で確認させてもらう」
私たち四人は、広めの部屋に通された。
「昨日と同じことを聞きますけど、あなたが私の本当のお父さんなの? 」
「それは、違う。お前の父親はまったく別の男だ」
どうやら、本当に真実を知っているらしい。都希はそう感じているみたいだ。この男以外、誰も真実を知らない。
 
 
「私のお母さんが二十五、六歳の若さで自殺してしまうほど絶望していたのはどうして? それも、私を引取ったあと? 」
「絶望したから? 」
「絶望?? 」
「瞳は、まだ十歳だったお前を性的な対象として見る親父から守る為に、お前の代わりに実の親父に身体を差し出していたん? 」
「お父さん?? 」
「瞳は最初に実の父親に強姦されたのは十二歳、十四歳でお前を妊娠して生んで施設に預けた。ここまでは分かるか?? 」
「わかります」
「お前が六歳になった頃、命と引き換えにしてでもお前を守る。そう言って家を出てお前を引き取って遠くへ引っ越し、父親との関係を断った。瞳は、働きながらお前を育てて、俺ともそのころ知り合った。そしたら運悪く親父とどこかの繁華街で遭遇しちまった。それからは。瞳は、光星に手を出すと脅されて毎日毎日実の父親に犯される日々さ。光星を守る為に瞳は生きていた」
「なんて酷い父親」
「そんな、父親なんて今まで聞いたこともないわ。それって思い切り、犯罪じゃないの!? 」
「お母さんは私の為に? 」
光星が泣き崩れた。
「人生に絶望していた瞳は、もう、死にたいって漏らしていた。親父に犯される毎日が辛くて、しかもまた、親父の子どもを妊娠していることを知って、とうとう、絶望して瞳は死んだん? 」
男は都希に、
「お前はクルストキだよ? 」
「そう? 」
都希が怒りを抑えて応える。
「大きくなったな」
「俺のことも知っているのか? 」
「瞳は私に何かあったら光星をお願いしますって常にお前の親に頼んでいた。何か悪い予感か予兆があったのかも知れない」
「そして、予感は本当になり、光星はうちに来ることになった」
「瞳が死んですぐ、瞳さんを犯していた父親も自殺した。これはどういう意味か分かるか? 」
都希が言った。光星はぼんやりした顔で男の話を聞いていた。
「瞳さんのお父さんが、死んだの? 」
「第一、どんな親父だよ。思いっきり犯罪者じゃねえか? 」
「確か瞳の親父さんも教育関係の仕事をしていたはずだ。代々子どもたちの教育に携わっていた来栖一族の一員だからな。確か、来栖学園という私立中学の理事長だったな」
「それは、聞いたことがある」
「親父の自殺の話も聞きたいか? 」
男は、ニヤリと笑った。息を飲んだ。
「親父さんが死んだのは瞳に脅されていたからだ。脅迫だ? 」
「え?? 」
「瞳さんが? 」
「私のお母さんが?  脅していたの? 」
「自分が死んだ後、子どもの時から父親に犯されていたことを一部始終記録していた。その、日記を週刊誌に売ってやる」
男は数冊のノートを出した。
「ずっと、記録していたみたいだな。これがそのノート? 」
「私に何かあったらこれを週刊誌に持ち込んで、瞳はいつも言っていた」
「そして、それを託されたのが俺? 」
瞳が死ぬ直前に電話があって、
「今すぐ、父を週刊誌に売って欲しい。一日も早く、お父さんと光星を、離さないといけない。まだ、十歳の光星が自分と同じ目にあわないうちにって。俺は自分なりに考えて、週刊誌に売る前にまず、俺はお前の親父を脅したよ。光星に手をだすなって。週刊誌に売るぞって。そしたら、数時間後に自殺しやがった。あの鬼畜親父」
「そんなお父さん、私が瞳さんなら殺すかも知れない」
「俺が知っていて、お前たちが知らない話は全部したはずだ。光星、瞳のこと悪く思わないでやってくれ」
「悪くなんて」
光星は涙を流して言った。
「思うわけないでしょう? 」
「さあ、俺は帰るとするか。光星、金はもらっていくぜ。元気で暮らせよ。それが、瞳の願いだ」
「私はお母さんと死んだ赤ちゃんの分まで幸せになります」
「ノートは、お前にやるよ。古いノートだけど、瞳の形見だ。大切にしてやって欲しい」
男は去り際に、
「光星。この話を知っているか?? 」
「何ですか」
「自分の名前の由来ですか。知りません」
「人生でどんな絶望の中でもがいたとしても、いつも、一筋の明るい光星がお前の行く道を示すように。まだ十五歳だった瞳が幼い心で一生懸命考えてお前につけた名前だって聞いている。いい名前だよ。覚えておいてやってくれ」
光星は、静かに泣いていた。
「分かりました、私、絶対に、忘れません」
光星は涙を拭い、
「自分なりに生きていくわ。見ていて。お母さんに恥じない生き方をするの。お母さんが私を見ていてくれるから」
「分かった、お腹すいたね? 何か食べに行かない? 」
「命の限り生きなくちゃ」
そのとき、私のお腹の中で何かが動いた。
「あ」
「どうしたの? 遥香?  」
多分、お腹に都希の赤ちゃんが。
「後で、話すわ。多分とても、いい話よ。とりあえず、いこうよ!? 」
「そうだ」
光星を真ん中にして三人で腕を組んで夜の街を私たちは歩き始めた。
 
 

 
 

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