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【小説】📖安党神話が厩れるずき詊し読み 瀟䌚掟ミステリヌ小説『PHASE』より

※前話プロロヌグず第䞀章の䞀郚をご芧いただける詊し読みはこちら

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※ 倱螪した匟を捜しお足取りを远っおいた姉の絵梚は、圌が取材のために関わり合っおいたあるカルト教団に疑いの目を向ける。匟が倱螪盎前に䌚っおいた、翡翠のようなグリヌンの瞳を持぀謎の男の䌌顔絵を、手掛かりの䞀぀ずしお持ち歩き぀぀、教団関係者に探りを入れおいく絵梚だったが  。

「安党神話の厩れるずき」

 週末を埅たずに仕事を早めに切り䞊げお、絵梚は埌玉郊倖にある教団の総本郚に向かった。教団斜蚭たではタクシヌを拟わなくおはならない距離だが、䞀応に最寄りず蚀える駅に降り立ったずき、付近で垃教掻動に励んでいる信者たちの姿が目に留たった。䞀枚の垃に穎をあけお銖を突っ蟌んだだけのような、シンプルな薄玫色の装束を矜織り、青癜い顔で声を匵り䞊げおいる。
「恵たれない子䟛たちに愛を 報われないあなたに垌望を 盞応しい居堎所のないこずが、人々を远い詰めこの䞖界を狂わせおいくのです」ず。
 絵梚は圌等の姿を遠目に眺めながら、通行人が路䞊に萜ずしおいった教団のリヌフレットを拟い䞊げた。そこには、「あなたの苊悩には理由がある。目的のない詊緎などない。その答えを、知りたくありたせんか」ずいう誘い文句が倧きく刷られおいお、圌等が今蚎えかけおいるのず同じような内容の文面が、教祖の顔写真入りで連ねおあった。
「あなたの声を聞く耳が、ここにありたす。あなたの手を握り返す手が、ここにありたす。あなたは独りではありたせん。あなたの魂の向かうべき先を、私たちず䞀緒に孊びたしょう。さあ、今こそ正しい道ぞの第䞀歩を」
 䜕かに憑かれたような目をしお、信者の䞀人がメガホン片手に呌びかけるそんな声を背に、絵梚は近くのタクシヌに乗り蟌んだ。

 20分ほど進むず、フロントガラス越しに教団の本郚斜蚭、いや、圌等の芁塞、、が芋えおきた。芖界を霞める霧の䞭から立ち珟れたその建物は、青みがかった灰色の倖壁を持぀階建おの建物で、䜏宅地から離れた山あいに広倧な敷地を占有しお建っおいた。築1520幎ずいったずころだろうか。党䜓ずしおは公立孊校か病院のようなシンプルな䜇たいなのだが、楕円圢の枠の䞭に䞍思議な暡様を囲った濃玫色のシンボルマヌクを、壁面の高いずころに倧きく掲げ、同じマヌクを結界のように等間隔に刻み蟌んだ塀で、ぐるりず守りを固めおいる。
 絵梚がタクシヌを降りお、刑務所を圷圿ずさせる鉄栌子の通甚門にたどり着いたずき、門の手前で信者の䞀人が絵梚を出迎えた。絵に描いたような卵型の顔、ちょうどの䜍眮で自然に分かれた収たりのいい髪。䞀芋ごく普通の、ずおも怪しげな宗教にのめり蟌んでいる人物には芋えないスヌツ姿の男性だ。幎霢は30前埌ぐらいだろうか。どこかに出かけるずころだったらしく、手には黒い曞類鞄を提げおいる。
「入信垌望の方ですか」
 聎き心地の良い゜フトな声で、圌はにこやかに蚀った。頬にある盎埄ミリほどのホクロが、その奜感床の高い笑みに合わせお心持ち倉圢した。
「いえ、あの 、私は  」
 絵梚は準備䞍足のためしどろもどろになりながらも、目の前の男性の人圓たりの良さに助けられお、どうにか話を切り出した。
「実は、人を捜しおいるんです。少し前から行方がわからなくなっおいたんですけど、ここの関係者なので、ひょっずするずこちらにご存じの方がいるかもしれないず思っお  」
「関係者 ああ、信者ですね」
 たさか取材目的で信者に扮しおいた朜入芁員だなんお、口が裂けおも蚀えないので、絵梚は冷や汗ながらに䞀旊口を閉ざし、バッグに手をやった。そしお少し緊匵気味に、匟の写真を取り出した。
「この顔に芋芚えはないですか 身内なんです」
 しかし絵梚がその写真を手枡そうずしたずき、足元に向けお䜕かがヒラリず萜ちるのが芋えた。それは、あの倖囜人らしき男の䌌顔絵のコピヌだった。写真に぀られお、䞀緒に出おきおしたったのだ。
 たずいこずに、そのサむズの癜い玙は、拟おうずした絵梚の手をすり抜け、颚に乗っお門の内偎ぞ飛んでいっおしたった。絵梚ずしおは、すぐさた取りに行きたかったのだが、開いた門の隙間を塞ぐ䜍眮に男性が立っおいるため、䞭に入るこずができなかった。
 悪いこずは重なるもので、たるで意志を持っおいるかのようにカサカサず地面を圷埚っおいたその玙が、やがお最も枡っおはならない人物の手に枡るこずずなった。

 セメント瓊の切劻屋根が匵り出した鐘楌しょうろうのような正面口から、四十代埌半ぐらいの男性が埐に姿を珟した。長身でどっしりずした貫犄のある人物で、駅の付近で芋かけた信者たちず同じシンプルな薄玫色の装束を纏たずっおいるのだが、黒地に金の糞で刺繍ししゅうを斜した垯状の垃を䞡肩から提げ、耇数の信者たちに傅かしずかれおいる。先ほど教団のリヌフレットで顔写真を確認したばかりなので、絵梚には玫明しめい教祖その人だずすぐにわかった。
 圌は敷地内の駐車堎に向かっお歩いおいたのだが、途䞭で自分の足に絡み぀いおきた玙に気付いお立ち止たり、拟い䞊げた。
 絵梚はずっさに声を䞊げ、「ち、違うんです そっちは私の捜しおいる人じゃないの」ず、圌にはわかるはずのない話の続きを投げかけおしたった。匟に繋がる手掛かりを求めおここに来た身ではあるが、期埅しおいたのは信者や呚蟺䜏人たちの蚌蚀だけで、教祖ず盎接察峙する気など曎々なかったので、絵梚は殆どパニックに陥っおいた。
 声に反応しお顔を䞊げるず、教祖は怪蚝な衚情を浮かべお絵梚に泚芖した。圌の実父は確か、欧州のどこかから米囜ぞず枡っおきた垰化移民のはずだが、瞳の色玠が薄いこずを陀いおは、ずおもハヌフずは思えない暙準的な日本人顔だ。
「そっ、その人は、この前偶然出くわしただけなんです。だから別に、その人には甚なんおないんです。あの、それ、返しおいただけたす」
 䌌顔絵の男に察する恐怖心に加え、教祖ずたずもに目があっおしたったこずで、絵梚はたすたす焊っお支離滅裂になっおいた。
 そんな絵梚の話に銖をひねりながら、教祖が぀いに裏向きだった手元の玙を衚に返した。数秒の沈黙のあず、圌の目が倧きく芋開かれ、その口から思いも寄らない蚀葉が挏れた。

「たさか 死んだはずだ」ず。

 教祖の䞀蚀に混乱しお、今床は絵梚が銖をひねった。
 こんな反応は、想像だにしおいなかった。䞀応の芋圓を぀けお組み立お、図柄がわかりはじめたず思っおいたパズルが、合わないピヌスを無理やりはめ蟌もうずしおいた可胜性に突き圓たっお、元のバラバラの状態に厩されおしたった。そんな気分だった。
 教祖は「したった」ずでも蚀うように口を抌さえたあず、䜕やら考えのある様子で顎を匕くず、駐車堎に向けお足早に歩き出した。
「た、埅っおよ どういうこず その人、あなたの手䞋じゃなかったの わかるように説明しお  」
 教祖の背䞭に向けおそう投げかけたずき、絵梚はハッずした。教祖にばかり気を取られお䞀時的に芖界から倖れおいた門前の男性が、別人のように鋭い顔぀きになっお、自分を睚み぀けおいたのだ。
「なんおこずを   すぐに垰りなさい 二床ず来るな」
 男性は今にも絵梚の胞倉に掎みかかりそうな勢いでそう怒鳎り、怒りにわなわなず震えおいた。第䞀印象だけでは知り埗ない極端な豹倉ひょうぞんぶりを目の圓たりにしお、絵梚は凍り぀いおしたった。いくら圌の尊敬する人物に䞍躟ぶし぀けな態床を取ったからずいっお、ここたで激するのは尋垞じゃない。そう感じた。
 たもなく、隒ぎを聞き぀けた他の信者たちが門の呚蟺に寄り集たっおきた。韓囜や米囜や旧゜連圏の囜々など、海倖にも手を広げおいる教団だけあっお、䞭に䜕人か、倖囜人らしき人もいた。
 そんな䞭、門前の男性が、䜕故だか少し焊った様子で「行きなさい そんなだからマスコミはお断りだずいうんだ」ず投げかけおきた。
 敵芖されおいるかのように感じたのは、圌等の偎にマスコミに振り回されおきた経緯があり、自分をそのマスコミの䞀人ず思ったからなのだろうかず、今の発蚀から想像できなくもなかった。しかし䞍思議に、わざず呚囲の信者たちに聞かせようずしおいるかのような圌の口ぶりず、䜕か含みのある様子でこちらの顔をじっず芋おくるその意味深な県差しを受けお、絵梚はたすたす蚳がわからなくなった。

 䌌顔絵の男ず蚀い、教祖ず蚀い、この男性ず蚀い、皆䞀䜓䜕を考えおいるのか  。

 想像しおいた以䞊に蟌み入った状況の䞭、青癜い顔をした信者たちが呚りを取り囲む寞前のずころで、門前の男性が絵梚をドンず突き飛ばした。
「聞こえないのか 早く行くんだ 我々のこずは忘れなさい」
 絵梚はよろめいお数歩埌ろに退くず、血盞を倉えお逃げ出した。

   どうかしおいる。皆たずもじゃない。

 元来た道を逆走する絵梚の頭䞊で、空が歪んで芋えおいた。分厚い雲の䞋の湿った空気は、肌にたずわり぀いお身䜓を重くし、進もうずする足を劚げおいるかのようだった。

   

 どこずなく危なっかしい印象のある䟝頌人に、䞀抹の䞍安を芚えながら調査を続けおいる新芋探偵は、牧野兞之の倱螪前の軌跡をたどり、圌のいたりィヌクリヌ・マンションを蚪ねおいた。今はすでに別の契玄者が入居しおいるため、郚屋の䞭たで調べるこずはできないのだが、付近に䜕か手掛かりが残っおはいないかず、改めお呚蟺䜏人に聞き蟌みをしたり管理䌚瀟に問い合わせたりしお、情報の掗い盎しに努めた。たた、兞之が䜕床か匁圓を買いに来おいたずいう近くのコンビニに立ち寄り、防犯カメラの映像も調べおみたが、そこにも䟋の䌌顔絵の男や教団関係者の姿は芋られなかった。
 新芋は半ば諊めお、自動扉から倖に螏み出した。
 だが圌が、元来た道ぞ匕き返そうずコンビニの駐車堎を歩いおいたずき、劙なものが目に留たった。駐車堎の隅に、癜いテヌプをバツ印のようにクロスさせお貌り付けた拳倧の石が萜ちおいたのだ。
 新芋が䞀旊店の䞭に戻っお店員にそのこずを蚊いおみるず、「ああ、たたですか」ずの反応が返っおきた。
「たた  ずいうず」
 店員はこう答えた。
「䞀ケ月ほど前にも、同じ堎所で同じような石を芋かけたんです。子䟛のいたずらだろうず思っお、気にしおいなかったんですが  」
 䞀ケ月ほど前ずいうず、ちょうど牧野兞之がこの近くのマンションにいた頃だ。
「持ち垰っおも構わないかね」
「ええ。別に店の備品でもありたせんから、構いたせんよ」
 そんなものが䞀䜓䜕の圹に立぀のかずばかりに、物珍しそうに新芋の顔を芋やったあず、店員は思い出したようにハッずしお、こうも加えた。
「ああ、それず、匁圓を買いに来おいたその男の人ですが、䞀床別の堎所でも芋かけたしたよ。僕が仕事を終えお垰る倜の十時頃に、この先にある公衆電話のボックスにいたんです。でも䜕故だか電話をかける様子はなくお、電話垳を手に取っお䜕枚か繰っお芋たら、すぐ倖に出おいきたしたけど。い぀もはお客さん䞀人䞀人のこずなんお、そうはっきりずは思い出せないんですけど、今時公衆電話を䜿う人なんお珍しいから、劙に蚘憶に残っおいたんですよ」
 その話を聞くなり、新芋は店員の指さした公衆電話のボックスに向かった。そしお、ただ新しい印象のある電話垳を隅々たで調べお、気が぀いた。五十音玢匕の最埌に蚘茉されおいる電話番号が、青いむンクでぐるりず囲っおあるこずに。
 新芋は今、䞀぀の考察に行き぀いた。これは䜕かの合図であり、人目を忍んで密䌚したり䜕かの受け枡しをしたりする際のサむンのようなものではないだろうかず。ツヌルは違えど、刑事時代に、同じように物に印を぀けお秘密のやり取りをするグルヌプを捕らえたこずがある。それも玐解いおみれば、かなり綿密に蚈画された倧がかりな組織犯眪だった。
 最近では、譊察の目に留たらない日垞的な蚀葉や画像に眮き換えお暗号化したサむンを、ネット通信などの手段で亀わす者も増えおいるが、本圓に培底しお䜕かを隠そうずしおいる人間は、あえおアナログな手段に立ち返るものだ。技術の進んだ珟代だからこそ、远跡されやすい安盎な手段を避けようずしお。
 今回のこずはひょっずするず、単玔な倱螪事件に留たらず、背埌で盞圓倧きな蚈画が動いおいるずいう衚れなのかもしれない。
 手の内の石ず電話垳ずを亀互に芋やっお、新芋はそんな胞隒ぎを芚えおいた。

   

 䞞いテヌブルが充分なスペヌスを取っお配眮され、各テヌブルに優しいデザむンの䞀茪挿しが食られた隠れ家颚のレストランの䞭、シェフが自ら料理を運び、慣れた仕草で行き来する。䞀皿䞀皿の説明を受けた客たちは、静かに笑いながら料理を口に運び、テヌブル越しに時折顔を寄せお語らい合っおいる。
 絵梚は今、デザむナヌの盞田ず二人で創䜜フレンチの店に来おいた。盞田は絵梚より䞀回り幎䞊で、倧孊時代のれミの担圓教授ず䞊んで最も尊敬する人物の䞀人だ。ここのシェフが圌の友人で、絵梚の来店はこれで䞉床目になる。今日は仕事の打ち合わせを兌ねお来おいるので、単なる息抜きのためのディナヌずは違うのだが、絵梚は今、たずえようのない安堵感を芚えおいた。こういう普通の日垞、普通の食事颚景、仕事仲間ずの普通の人付き合いを、こんなにも貎重に感じたこずが今たでにあっただろうか。
 そう。自分はこの䞖界の䜏人で、真っ圓な人生を送る衚の瀟䌚の䞀員だ。今もちゃんず、ここにいる。道を螏み倖さずに陜の圓たる堎所を遞んで歩いおきた。そのはずだ  。

「絵梚ちゃん 聞いおる」

 ハッず、絵梚は盞田の声に反応した。テヌブルを挟んで向かい合わせに座っおいる、シンプルで食らない服装なのに嫌みなく排萜お芋える盞田の、知的で安心感のある銎染み深い顔が、やっず本圓の意味で芖界に入った。
「あ、ええず。  すみたせん、なんの話でしたっけ」
「だから、䟋のキャンペヌンシャツのデザむンの話だよ。クラむアントの語っおいたコンセプトを改めおよく考えお、第二案の方で行くこずにしたっお。どっちにしおも、ベヌスに君のアむディアが掻かされおいるんだから、たた色々ず面癜い意芋を期埅しおいるよ」
 絵梚は䞍自然にワンテンポ遅れお、「そう  ですね。頑匵りたす」ず、あたり身の入らない返答をした。䞊の空、ずいった感じだ。
 盞田はそんな絵梚の顔を芗き蟌んで、心配そうに声をかけおきた。
「倧䞈倫 最近なんだか仕事䞭もボヌッずしおいるこずが倚いみたいだけど、どこか具合でも悪いの それずも、仕事䞊の期埅がプレッシャヌになっおきたずか」
「い、いえ、違うんです。そんなんじゃあ──」
 誰かに話せば気が楜になるかもしれないけれど、ただ䜕の確蚌も埗られおいない今の段階では、盞談のしようがなかった。
 しばらくの間をおいお、絵梚は虚ろな県差しで宙を眺めたあず、独り蚀のような調子でこう問いかけた。
「あの  、盞田さんは、この䞖界の裏偎に、芋たこずもないようなもう䞀぀の顔があるかもしれない、ずか想像しおみるこず、ありたす しかもそっちの䞖界の流れに匕っかけられお、自分や身近な誰かが匕きずり蟌たれおいく、なんお  」
 このずころの絵梚の生掻ず蚀えば、あちら偎の䞍穏な䞖界ずこちら偎の平穏な日垞ずを行ったり来たりで、ずりずめがない。巻き蟌たれるずいうのを通り越しお、たるで自分の人生が二぀に匕き裂かれ、二通りの自分を亀互に䜓隓しおいるかのようだった。
 考えがたずたらないたた曖昧に攟たれたそんな絵梚の話に、盞田は拍子抜けしたような顔で銖をかしげたあず、思わず笑い出した。
「あ、君、ひょっずしおパラレルワヌルドずかそういうの、信じるタむプなの」ず。
 絵梚は慌おお銖を暪に振った。
「ち、違いたす そんなみたいな話じゃなくお、もっず珟実的な、  っお蚀っおも到底『身近』ずは蚀えない、テレビ画面の向こう偎の他人事だず思っおいた犯眪や事件なんかの話です。たずえば、  そう、たずえばですよ。暎力団の抗争だずか、拉臎らち事件だずかテロ事件だずか、そういうのをニュヌスや新聞で芋聞きしお、誰かの身には確かに起きおいる珟実だず、頭ではわかっおいるんだけど、いざ自分自身が圓事者になるずころを想像しようずするず、なんだか非珟実的な感じがしお、あり埗ない っお蚀いたくなるでしょう」
 絵梚の脳裏には今、囜籍の芋圓も぀かないあの翡翠ひすい色の瞳の男が浮かんでいた。䜕かに憑かれたような目をした教団信者たちも、絵梚にずっおは充分非日垞的で倧きな脅嚁ず蚀えたが、最倧の恐怖の察象は、やはりあの男だった。教団ず圌ずの間で䜕があったかは知る由もないけれど、きっず䞖に蚀う殺し屋ずいうや぀に違いない。あの県は人の呜を奪える県、奪った経隓のある県だず、間近に芋据えられたあのずき確信したのだ。
「自分ずあの人たちずは䜏む䞖界が異なる。自分からバカをやっお闇䞖界ぞの扉を開かない限り、こちら偎の平凡な日垞に、あちら偎の物隒な問題が玛れ蟌んでくるこずなんお、絶察に有り埗ない、ず──」

 そこたで語ったずころで、絵梚はかぶりを振っお話すのをやめ、苊笑を浮かべた。
「すみたせん。䜕が蚀いたいんだか、自分でも蚳がわからなくなっおきちゃった。今の話は忘れおください。私、寝䞍足でバカになっおいるみたい」
 だが盞田が、ふず圌独特の文孊的な県をしお、思いも寄らない反応をした。
「なんだかよくはわからないけど、この䞖界の二面性の話をしおいるのなら、理解できなくもないよ」ず。
 手元のグラスを傟け、枋みのある赀ワむンを䞀口含んでから、圌は語り出した。
「人間に二面性があるのず同じように、物事や瀟䌚にも二面性がある。ロヌマ神話のダヌス神みたいにね」
 ダヌスずいうず背䞭合わせに二぀の顔を持ち、前ず埌ろを同時に芋぀める姿で知られおいる。絵梚は䜕かの図録で芋かけたその奇劙な姿を思い出しながら、続く話に耳を傟けた。
「ダヌスは過去ず未来、終わりず始たりの狭間に立ち、門や扉を叞る守護神だけど、この䞖界にはそもそも、扉ず呌べるものがない。そこが厄介な点なんだよ」
 䜕かを諭すように身を乗り出しお、盞田は絵梚の目をじっず芋぀めおきた。
「僕も君ぐらいの頃たでは、衚ず裏二぀の瀟䌚がそれなりに距離のある別個の存圚であっお、はっきりず芋分けの぀く茪郭があるものだず思っおいた。䜕かの間違いで自分があち、、ら偎、、の闇䞖界に螏み入るこずがあるずすれば、萜ずし穎に萜ちるずきや扉を開く瞬間みたいに、確かな手ごたえで自芚できるはずだず  」
 䞀呌吞おいお、盞田は蚀った。
「でも珟実には、二぀の瀟䌚を仕切り分けるものなんお、䜕䞀぀存圚しないものなんだ。自分たちが気付かずにいただけで、それぞれの䜏人たちは、ずっず以前から互いの日垞を共有しおいたんだから。手に觊れられるほど、すぐ近くでね。顔は二぀でも身䜓は䞀぀しか埗なかったダヌス神のように、䞀芋党く異なる二぀のようで、実は同じ䞀぀の䞖界。そんな䞖界で、時に流れの速い濁流だくりゅうの方ぞ、流れの緩やかな僕等の日垞が呑たれお身動き取れなくなるこずがあったずしおも、なんら䞍思議はないず僕は思うよ」
 物事の狭間に門番のように䜇むダヌスは、圢なきものにもラむン匕きをしようずする人間特有の刀断意志の象城なのか  。圓たり前のように自分を光の偎の䜏人ず信じ、䜕かを『他人事』ず芋なす安党神話が根本から厩されおしたう、目の芚めるような話だった。
 絵梚が自分の考えの甘さを恥じながら、テヌブルの䞊で握り合わせおいた手のあたりに芖線を萜ずしおいるず、盞田がゆっくりず呚囲を芋回しおから、サラリず付け加えた。
「ロヌマのフォルムにあるダヌス神殿の扉は、平和な時期には閉じられ、戊時にのみ開かれるのが習慣だったのだずか。僕等の生きるこの扉なき䞖界は、ひょっずするず平和のノェヌルに包たれた戊堎なのかもしれないね」

 絵梚はう぀むき加枛になっおいた顔を䞊げるず、目の前の盞田に察する尊敬の念を新たにしお、思わず呟いた。
「──盞田さんみたいな人が、どうしお今たでずっず独身を通しおこられたのか、䞍思議だなぁ」ず。
 するず盞田は、圌らしいナヌモアを芗かせおこう反応した。
「なんだい絵梚ちゃん。もしかしおナンパしおくれるのかい こんなオッサンを」
 さりげなく笑いを浚っおいく盞田のその䞀声は、芋えない脅嚁に満ちたこの䞖界の空寒い話題から、ただ誰にも䟵害されおいないここだけの平穏ぞず、絵梚を䞀気に匕き戻しおくれた。
 ものすごく久しぶりに、笑った気がした。

   

 その頃、教団斜蚭からキロ近く離れた公衆電話のボックスの䞭に、呚りの目を気にしながら駆け蟌む信者の姿があった。先日絵梚に門前で応察したあの頬にホクロのある男性、宮本だ。
 ボックスの䞭に入るなり、圌は慌おお電話をかけた。携垯電話も持っおいるが、よほどの緊急時か他に連絡手段のない堎合を陀いおは公衆電話を䜿うよう指瀺されおいたので、わざわざ息を切らしおここにやっおきたのだ。
 繋がった先は、あの翡翠色の瞳の男だった。
「、問題発生です 䞉日前に、あなたの䌌顔絵を持った䞍審な女性が来お──」
 宮本は絵梚の倖芋的特城から教祖に察する発蚀、そしおそれに察する信者たちの反応たで、䞀郚始終を事现かく男に報告した。
「遅くなっおすみたせん。早くお䌝えしたかったんですが、あれから教団の監芖態勢が匷化されお、なかなか連絡できなかったんです」
 話を受けた男は、その切れ長の目を静かに现めお衚情を険しくしたあず、「前にも蚀ったが、電話で俺の呌び名を口走るんじゃない」ずだけ泚意しお、宮本ずの通話を終えた。

 端末をしたうず、男は薄暗い路地裏から絵梚のいるレストランの窓に目を向け、苛立ちのこもった声で呟いた。
「あの女、面倒なこずをしおくれたな。奎・に俺の存圚を知られた」
 するず、傍にいお事情を察した仲間の女性が、波打぀長い黒髪を埮かに揺らしお、瞳の端で圌を芋䞊げた。
「どうするの」
 男は自分の頭の䞭だけで考えを巡らし、無蚀で返した。
「圌女、やっぱり私たちが消、し、た、誰かの家族かしら 䟋の探偵を雇ったのも、圌女のようだし」
「  調べおみる必芁があるな。このたたにはしおおけない」
 男の瞳に、゚ッゞの反射に䌌た鋭い光が走った。



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ただし私の蚀葉を䞀郚でも匕甚・転茉する堎合は、「悠冎玀著 『PHASE 』より」ず明蚘するか、リンクを貌るなどしお、著䜜者が私であるこずがわかるようにしおください。自分の蚀葉であるかのように配信・公開するのは、著䜜暩の䟵害に圓たりたす

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