芋出し画像

【小説】 📖謎の男ずの遭遇詊し読み瀟䌚掟ミステリヌ小説『PHASE』より

【 プロロヌグ 】

 倧気が冷たく抌し黙る倜、暗い道の先で街灯が䞍芏則に明滅しおいた。闇を瞬くその蒌癜い光に目を奪われながら、牧野たきの兞之 のりゆきは、埌玉垂内の人気のない䞀角を歩いおいた。空を芋䞊げるず、日々茪郭を倉え、芋る床違った盞を芗かせる倩䞊の月が、今日は分厚い灰色の雲に芆われ姿を隠しおしたっおいる。
 調べものに没頭しお垰りが遅くなったずいうのに、これずいう収穫を埗られなかった䞍毛な䞀日を振り返っお、兞之がふうっず溜め息を぀きながら地䞊に芖線を戻したずき、背埌から足音が聞こえおきた。ひたひたず音を朜めながらも、それは同じ歩調でし぀こく付きたずい、たるで自分自身の圱が意思を持っお歩き出したかのようだった。
 耳を柄たしおよく聞いおみるず、耇数人の足音だ。詊す぀もりで兞之が足を止めるず、背埌の足音も䞀瞬止んだ。

   圌等だ。

 兞之はそう確信した。぀いに正䜓がバレたのだず。
 振り向くに振り向けない兞之の肩が匷匵り、口の䞭が也いおきた。

 走れ、走るんだ

 兞之は、自分の背䞈ほどあるコンクリヌトの塀に沿っお少しず぀段階的に歩く速床を䞊げ、角を曲がったずころで䞀気に走り出した。
 圌等はやはり远っおくる。どんどん足の運びを速くしお、自分ずの距離を瞮めおくる。たばたきを忘れ、か぀おなく倧きく開かれた兞之の目が、瞌の瞁に熱を䌎い赀く充血しおきた。圌はその目で䞀床だけ振り返り、やっず盞手の姿を芋た。䞉人だ。
 芋たのは䞀瞬だし暗いので顔たではわからなかったが、今の兞之にずっおは、圌等䞀人䞀人の区別などどうでもいいこずだった。圌等はすでに自分自身であるこずをやめ、個々人の責任など攟棄しおしたった人たちなのだから。その顔を芗き蟌んだずころで、どうせ皆、同じ目をしおいるだろう。そしお他人の蚀葉を借りお同じ口調で䌚話するのだ。

「『自問』を忘れるな。それが流れに呑たれお圌等に同化しないためのアンカヌロヌプになる」

 この掻動を始める前に圌・から念抌しされおいた蚀葉を、ふず思い出した。いや、正確には、忘れたこずなど䞀瞬たりずもなかった。あんな颚にだけは、なりたくなかったから。圌の蚀う通り、あれは救枈ずいう聞こえのいい蚀葉を借りた、心穏やかな死の䞀圢態。䞀郚の誰かにずっおの郜合のいい操り人圢ずしお、利甚しやすいよう魂を抜き取られおしたっただけにすぎない、たやかしの䞀䜓感なのだ。
 兞之は圌等の足を遅らせようず、近くにあった攟眮自転車を持ち䞊げ、力を振り絞っお投げ぀けた。遠心力を生かしお振り向きざたに攟り投げたその自転車は、うたい具合に先頭を走っおいた者を盎撃しお、䞉人はドミノ倒しに倒れ蟌んだ。
 その隙を぀いお䞀気に圌等ずの距離を広げ、兞之は死に物狂いで駆けおいった。
 九州の田舎から䞊京しおきお僅か䞀幎半。たさか自分がこんなこずに巻き蟌たれようずは、想像もしおいなかった。

 あず少し。あずもう少し走れば、ここ数日泊たり蟌んでいるりィヌクリヌ・マンションが芋えおくる。この黒ずんだ道の先にある角を曲がれば  。
 そう安心しかけたずきだった。走る足をそのたたに兞之がもう䞀床振り返り、圌等が远い぀いおこないこずを確認しお前に向き盎ったずき、ドン ず䜕かに匟き飛ばされた。
 瞌の裏に飛び散った無数の现かい光が消え、どうにか䞊䜓を起こしおみるず、目の前に誰かがいた。長いコヌトを靡なびかせながら、隙のない静けさで立ちはだかっおいる。
 盞手は街灯を背にしお逆光の䜍眮に立っおいたため、茪郭以倖ははっきり芋えず、圱の塊かたたりのような姿に芋えた。だが同時に、月にも䌌た神秘的な匕力で兞之を匕き぀け、目を逞らせなくしおいた。
 たもなく、圌がその手を䌞ばしお兞之の腕を捕らえ、抗いようのない力で連れ去っおいった。幟人もの人々の真実が堆積たいせきした より暗いずころ、ただ芋ぬ地䞋の䞖界ぞ──。


【 フェヌズ 地䞋ぞの扉 】

   

 11月初頭の物憂げな倕空の䞋、絵梚えりは刻々ず冷えおいくアスファルトの路地を歩いおいた。癜であっお癜ではなく、黒であっお黒ではないその仄暗い灰色の道を進んでいくず、喫茶店やクリヌニング店など個人経営の小さな店が軒を連ねる通りに出る。日に日に葉を萜ずしおいく䞊朚以倖には、倉わりばえしないい぀もの光景だ。
 郜内でデザむンの䌚瀟に勀めおいる絵梚は、仕事を終えお銎染みのルヌトで垰宅するなり、寝宀に入っおベッドの隅に腰かけ、足を䌑めた。柔らかい矜毛の垃団がふわりず歪ひずんで、絵梚をゆっくりずうずめおいく。
 ベッドの傍には欅けやき玠材の電話台があり、その䞊の食り棚の郚分に、家族写真が眮いおある。絵梚が䞭孊生になったお祝いで枩泉旅行に行ったずきに、通りがかりの人を呌び止めおシャッタヌを切っおもらったものだ。
 小蚀を蚀わない倧らかな母、几垳面で生真面目で少し線の现いずころがあった面倒芋のいい父。圹所勀めの父ず週末に釣りに行くのが䞀番の楜しみで、日焌けした顔ずボヌむッシュな服装のために、よく男の子ず間違えられた10代の頃の絵梚。勉匷嫌いで集䞭力がなく、䜕かに぀けお父の心配の皮になっおいた匟の兞之。幎埌に父が他界したため、人が䞀緒に顔を䞊べお写るのは、これが最埌の䞀枚ずなった。

「兞之、あんた今、どこにいるの」

 絵梚は写真の䞭の匟に向けお、小さくそう呟いた。
 圌は歳幎䞋で珟圚23歳。父を倱くしおからは絵梚が圌の片芪代わりだったので、匟ずいうよりは息子に察するような責任意識を抱いたものだ。
 家族写真から固定電話ぞず芖線を戻し、絵梚は留守電メッセヌゞの再生ボタンを抌した。
「姉貎、スクヌプだ。近いうちに、か぀おの倧事件を再珟するようなこずが起こるかもしれない。想像しおいたよりずっず倧きいネタなんだ。これから朜入取材で忙しくなるから、しばらく連絡を取れなくなるず思う。そんなわけで、悪いけど、父さんの墓参りは䞀緒に行けなくなったんだ。ごめん」
 ピヌッず終了音が鳎り、癜い電話機が録音時の日時を告げる。このメッセヌゞを受信しおから、玄ヶ月が経぀。いく぀になっおも片芪気分が抜けず、過干枉なくらい頻繁に圌ず連絡を取り合っおきた絵梚は、そう聞いおも尚、床々携垯に電話をかけたりメヌルを送ったりしおいたのだが、ひず月埌には折り返しの電話もメヌルの返信も来なくなり、やがお番号自䜓が解玄されお䞍䜿甚ナンバヌず化しおしたった。曎にその埌、絵梚が盎接匟のマンションに行っおみるず、『牧野』の衚札たでもが消えお空郚屋になっおいた。

 きっず今は郜合が悪いだけで、そのうちに圌の方から連絡をくれるだろう。

 そう期埅しながら埅ち続けたのだが、結局䜕の音沙汰もないたた今にいたったのだ。いよいよ心配になっおきた絵梚は、本人に嫌がられるこずを承知の䞊で、職堎に問い合わせおみた。するず圌は、䜕故だかヶ月近く前に退職願を出しお、アッず蚀う間に蟞めおしたったのだずいう。
 ずっず仕事で朜入取材ずやらを続けおいるものず思っおいたのに──。
「どういうこずです 䌚瀟で䜕かあったんですか」
 たたたた電話に出お応察した瀟員にそう尋ねおも、「詳しいこずはわかりたせん」の䞀点匵りで、必芁な情報は䜕䞀぀聞き出せなかった。絵梚はこれでは埒が明かないず思い、匟の勀め先だった番組制䜜䌚瀟を蚪ねるこずにした。

    

 道すがら、絵梚は匟のこずばかり考えおいた。
 自分が䞖話を焌きすぎたせいか、圌は未だに自立しきれないずころがあり、䜕かず姉の絵梚を頌っおきた。困ったこずがあれば必ず「こんなずき、どうすればいい」ず盞談しおきたし、就職掻動のずきやマンション探しのずきにも、たず絵梚に助蚀を求めおきた。
 そんな匟が、仕事を蟞めたりマンションを匕き払ったりするずいう重芁な転機に、姉に䞀蚀の盞談もしないどころか、事埌報告さえなしに行方を晊たせおしたったりするだろうか

 絵梚があれこれ思い巡らせおいるず、䞍意にその芖界に、淡い虹色の服を着た歳ぐらいの女の子の姿が映った。冬服の重い色で統䞀された矀衆の䞭、そこだけ時間の流れ方が違っおいるかのように、浮き䞊がっお芋えた。身䜓の自由を奪う氎の底に囚われた人々の間で、圌女䞀人だけが気化しおしたったかのよう  。
 迷子にでもなったのだろうか、女の子は瞌の瞁を赀くしお、泣いおいた。
 その姿に、絵梚はある旧友の姿を重ね芋おいた。圌女は園子ずいっお、ずおも同い幎ずは思えないほど知的で思慮深く、少し朔癖なくらい品䜍の高さを窺わせる魅力的な人物だった。絵梚ずは察照的に感情を衚に出さないタむプで、圌女が激怒したり涙を流したりする姿を、絵梚は䞀床も芋たこずがない。
 だが絵梚の県には時折、圌女が泣いおいるように芋えた。その物蚀わぬ顔の裏偎で、人知れず。
 絵梚にその理由を知る機䌚も䞎えないたた、圌女はやがお、思いも寄らない圢で自らの歩みを止め、絵梚の人生から、いや、この䞖界の枠組みずいう枠組みから、姿を消しおしたった。籠城ろうじょうした自宀の扉ず同じように、心に固く鍵をかけお。

   圌女はどうしおあんなこずになっおしたったのか。
 䞀䜓䜕が圌女を──。

 匟の問題から䞀瞬だけ気が逞れ、俯き加枛に旧友のこずを振り返っおいた絵梚が、元の堎所に芖線を戻したずきには、女の子はすでにいなくなっおいた。今もただそこにいるかのような、䞍思議な䜙韻だけを残しお。
 䞀陣の颚が、ふず音もなく頬をかすめ、吹き抜けおいった。
 やがお金属的な鋭さを秘めた郜䌚の喧隒けんそうが絵梚の耳に甊り、圧倒的な情報量で傟なだれ蟌んできた。せめぎ合う車の゚ンゞン音、飛び亀う携垯電話の着信音、方々を挂う䜕かの音楜や話し声。
 動きやたない雑螏の䞭で、独り立ち止たっおしたっおいた絵梚は、目をこすっお虹色の残像を振り払ったあず、思い出したように顔を起こし、どうにか再び歩み出した。

 匟のいた䌚瀟を蚪れるなり、絵梚は圌の同僚にあれこれ尋ね回った。本人の垌望通りドキュメンタリヌ番組の制䜜に携わっおはいたが、割に合わない䞍本意な雑甚ばかり回されるず垞々がやいおいた兞之は、自分で芋出した倧きなネタずやらを前に、呚りを出し抜き䞋っ端状態から這い出そうずしおか、取材内容の詳现は同僚にさえ明かしおいなかった。
 しかし䞊叞にだけは䞀応の報告をしおいお、そこから事の次第が芋えおきた。
 圌は別の番組の取材過皋で偶然突き圓たった、あるカルト教団の倱螪事件に぀いお調べおいたらしい。
 玫明しめいず名乗る教祖が20幎近く前に立ち䞊げたその玫装束の集団は、以前から䜕かず䞍穏な動きを芋せおいた団䜓なのだが、床重なる自然灜害による先行き䞍安や、行政に察する䞍信感などに巣食う圢で、人々の間でりィルスのように広たり、飛躍的に力を増しおきた新興宗教なのだずいう。珟圚では党囜に70近い支郚や関連斜蚭、䞋郚組織的な䌁業、病院、教育機関などがあり、海倖にも耇数の拠点を持぀巚倧組織だ。
 その話を聞いたずき、絵梚は思わず、「事情を知っおいたなら、どうしお家族に連絡しおくれなかったんですか」ず匟の䞊叞にたくし立おたが、すぐに思い盎した。前觊れもなく姿を消し、取材に行った先から戻らなくなったずでもいうならずもかく、異䟋のスピヌド退瀟ではあれ自分で退職願を出しお去った以䞊は、あくたで本人の意思であり、䌚瀟偎が疑問を抱く理由は䜕もないのだ。

   でも絶察に、今回の取材のせいで面倒なこずに巻き蟌たれたに違いない。

 心の䞭でそう呟いお、憀りを抑えながら建物の䞀階に䞋りるず、絵梚は圓お぀けのようにコツコツずハむヒヌルの音を響き枡らせながら出入り口に向かった。
 匟の蟞め方に䞍自然なものを感じるのには、それなりの根拠があった。倱螪前、圌は家族ず䞍仲だったずか、姉ず倧喧嘩をしお瞁を切ったずかいう事実無根の話を口走っおいたようなのだ。
 絵梚がタむミングよく居合わせた女子トむレで、噂話をしおいた瀟員の䞀人を捕たえお問いただしたずころ、こんな反応が返っおきた。
「ほ、本圓です。圌は家族だけじゃなく、芪戚筋の人たちずも昔からうたくいっおいなくお、他人同然だった、なんお声を倧きくしお話しおいたものだから、おっきりそういうこずが原因でどこかに移るこずにしたのかなっお思っおいたんです」
 絵梚には蚳がわからなかった。匟がそんなこずを蚀うはずがないず思った。牧野家は、父芪を早くに亡くしたこずを陀いおはごく平凡な家庭で、家族仲は良い方だったし、芪戚筋でいがみ合っおきたずいう経緯もない。父を亡くしおからは䞀局、足りないものを補い合おうず芪密になったものだ。

「やっぱり、䜕かがおかしい ──」

 答えを探しに来た぀もりが結果的には疑問が増し、䜙蚈に苛立っおきた絵梚は、自動ドアを開いお倖に出るなり、曎にコツコツずヒヌルの先で地面を蹎り぀けながら歩いおいた。平らな路面に穎をあけようずでもしおいるかのように。
 そんなこずをするうち、絵梚は途䞭で䞀床転びそうになった。ずっさに思わず、今感じおいる䞍安や焊燥やもどかしさのすべおを、苊手な靎のせいにしたくなった。
「これだからハむヒヌルは嫌いなのよ」
 呚囲の通行人に泚目されない皋床に声を䜎めお、絵梚はそう吐き捚おた。
 蚘憶をたどれば、絵梚は倧孊を卒業する頃たでずっずボヌむッシュな服装を奜んで身に぀け、䞭高生時代の制服を陀くず、スカヌトすら履いたためしがなかった。動きやすいゞヌパン姿にスニヌカヌ、日々のお排萜はたすたすボヌむッシュな印象を䞎えるベレヌ垜や野球垜のコレクション、ずいった出で立ちで、知人友人の間ではそれが絵梚らしさずしお受け入れられおいた。
 なのに今では、瀟䌚に恥じない身だしなみだかなんだかで、こんな安定感の悪い靎を履いお、自分本来の個性を抑えるありきたりなデザむンのスカヌトやら、取っお぀けたようにフェミニンなスタむルのスラックスばかり身に぀けおいる。䞍必芁に目立たないよう呚りに倣い、立ち居振る舞いをも挔出しお。
 思えば぀たらない装いだ。はじめは衚向きだけの些现なこずの぀もりでも、長く続けるうちにだんだんず本圓にそういう人間であるかのような気がしおきお、自分の䜕かを芋倱いそうになる。

 いや、すでに知らず知らず、芋倱っおいたのかもしれない。か぀おは芋えおいた色んなこずを。

 ここで぀たずいたこず自䜓が、そんな自分ぞの䜕かのサむンのように思えおきお、絵梚はようやくハむヒヌルぞの筋違いな八぀圓たりをやめた。そしお目の前の珟実に今䞀床正面から向き合おうず、芖線を䞊げた。

 番組制䜜䌚瀟を出たあず、真っ盎ぐ駅に向かっお歩いおいた絵梚だったが、くるりず方向転換しお譊察眲に立ち寄り、思い切っお事情を話しおみた。しかしやはり、ここ数ヶ月所圚がわからないずいうだけでは、倱螪ず認めおもらえなかった。逆に家族関係に問題があったのではないかず、䞀方的に内茪揉めの線で決め぀けられおしたったのが、話を聞いおいる間の譊察官の物臭そうな目぀きから、はっきりず䌝わっおきた。
 ダメだ。譊察じゃ頌りにならない。
 だけどこれ以䞊は、䜕をどうしおいいんだか  。

 そんな思いで、絵梚が途方に暮れおいたずきのこずだった。結婚しお関西に移り䜏んでいた女友達が、䜕かに導かれたようにふらりず絵梚を蚪ね、お茶でもしないかず声をかけおきた。元は暪浜の出身で、半幎ばかり絵梚ず暮らしおいたこずもある圌女は、銎染みのカフェで絵梚から䞀連の話を聞いお、こんなこずを蚀い出した。
「いっそ私立探偵に頌んでみたら」ず。
 元々少し型砎りなずころがある友人ずは蚀え、あたりに突拍子のない話に思えお、絵梚は耳を疑った。
「  い、今なんお 探偵」
 するず友人は、軜く肩をすがめ苊笑しながら打ち明けた。
「笑わないで聞いおくれる 私ね、実は以前、譊察官の倫を持぀同僚の䌝手で私立探偵を玹介しおもらっお、浮気調査を䟝頌したこずがあるんだ。私がただ暪浜にいたずきのこずだから、今の旊那じゃなく前の亀際盞手の話だけど。たあそんなわけだから、良ければその探偵の連絡先、教えるよ」
 絵梚は尚も、蚝いぶかしげに眉をひそめおいた。テレビドラマやシリヌズ小説の䞖界ならずもかく、街角の匵り玙やポスティングされたチラシに芋る珟実の探偵ずいうず、どれもこれもいかがわしくお、埌ろに暎力団か詐欺さぎ集団でも絡んでいるんじゃないかず、䞍安を芚えおならない。
 返答に詰たっおしたい、絵梚がしかめっ面で固たっおいるず、友人がテヌブル越しにポンず絵梚の肩を叩いお、「そんなに身構えなくおも倧䞈倫。怪しい人じゃないっお保蚌するから」ず蚀葉を加えた。
「その探偵自身、元は刑事で、玠性の確かな人なんだ」
 迷いに迷った末のこずだったが、いくらかの奜奇心もあっお、絵梚はどうにか心を決めた。
 䜕もしないよりはいい。自分では他に打぀手が芋぀からない以䞊、ずにかく䞀床、隙されたず思っお䟝頌しおみよう、ず。

   

 事務所で初めお顔を合わせたずき、珟実の探偵は、想像しおいたよりずっず地味で地道で普通っぜい感じがした。身長177180cm皋床、どちらかずいうず痩せ身の40代。ヘビヌスモヌカヌのせいか、頬のこけたその顔は少し血色が悪く芋え、衣服からは垞にニコチン臭が挂っおいた。枅朔感を損ねない着こなしではあるが、来客甚の無難な色のタむを締めたその服装からも、やはり独創性や冎えた印象など特別なものは芋お取れなかった。
 䞀䜓䜕を期埅しおいたのか、少しがっかりしおいたそんな絵梚の元に、新芋にいみ探偵から調査報告が入ったのは、同月末頃のこずだった。圌は受話噚越しにこう䌝えおきた。問題の宗教団䜓ず接点のあった耇数の行方䞍明者たちの足取りを远ううちに、共通点ずしおある䞀人の男の存圚に突き圓たった、ず。兞之の堎合は、退職願を出した日にその男ず䞀緒にいたこずが、しらみ朰しに圓たっおやっず埗られた目撃蚌蚀から確認された。
 蚌蚀者は兞之の職堎の向かいのビルの䌚瀟員。昌食のために立ち寄ったレストランで偶然兞之を芋かけたのだが、圌が劙にそわそわずしお萜ち着かない様子だったので、進行方向が同じだった䌚瀟員は、䞍審に思っおじっず目で远っおいた。するず、途䞭の亀差点で足を止めた兞之に、埅ち構えおいたかのように怪しげな男が近づいおきお、しばらく二人で蚀葉を亀わしおいた。
 盞手はどこか凄みのある長身の男で、黒髪ではあるがシンメトリックで圫りが深く、ハヌフか倖囜人のような容姿をしおいた。同性でも思わず芋入っおしたうほど敎った顔立ちをしおいたので、よく憶えおいるのだずいう。

 今回の調査でわかったこずが、もう䞀぀ある。信者の䞀人が、最近詐欺眪で教団を蚎えたのだ。ただしこれたでの䟋だず、そうやっお教団に郜合の悪いこずを声にする者が珟れる床、蚌蚀者が脅されたか䜕かで蚎えを取り䞋げたり、起蚎が成立しないうちに姿を消しおしたったりしおいる。そしお埌者の堎合には倧抵、倱螪前に蚌蚀者たちに接觊しかけおくるあの倖囜人らしき男の姿があるのだ。

「その人、ひょっずしお口封じの始末屋みたいな存圚なんじゃあ  」
 そんな人物が自分や家族の日垞に割り蟌んでくるこずなど有り埗ない、そんなひどいこずは珟実には起こり埗ない。そう思いながらも、今の状況からは他に思い浮かぶものがなかった絵梚は、小さくそう呟いた。
「ただなんずも蚀えたせんね。䞀応目撃者の協力で男の䌌顔絵を䜜成しおみたんですが、私の勘では、䜕かもっず重芁な圹目を担うキヌパヌ゜ンのような気が  」
 グラフィックアヌティストずしお掻躍する傍らで、心理孊や人盞孊を孊び、での䌌顔絵䜜成を副業にしおいる刑事時代からの知人に仕䞊げさせた、枊䞭の男の䌌顔絵を眺めながら、新芋探偵はそう蚀った。
 人の盞貌には、䜜られた衚情だけでは隠しきれない真実の片鱗ぞんりんがある。時にそれが、䜕かを読み解くヒントに繋がるこずもあるので、新芋探偵は顔写真や䌌顔絵ずいうものを人䞀倍重芁芖しおいるのだが、この男には䜕か、䞀口には説明の぀かない耇雑なものを感じられた。掎みどころがないず蚀えばそれたでだが、これたで盞手にしたどの人物の系統ずも重ならない、カテゎリヌ倖の人物ずいった印象で、劙に気にかかるのだ。
「それに目撃者の話だず、匟さんずその男ずは初めお出䌚った颚には芋えなかったずいうこずですし、匟さんが男に䜕かを手枡しおいたようにも芋えたのだずか」
 受話噚を通しお、絵梚の耳元に探偵の唞うなり声が聞こえおきた。刀断するにはただ手がかりが足りないのだろう。
「ずにかく、譊察は信教の自由を盟に取られお教団の䞭にたでは螏み蟌むこずができず、お手䞊げのようです。䜕か臭いずは思いながら、どうしおも尻尟しっぜを掎めないものだから、よほど決定的な蚌拠でも突き぀けられない限り、もうあの教団に働きかける気にはなれないずいう雰囲気ですね。これずいう倧きな事が起きたずきに朰しにかかるほかないず  」
 絵梚は少し考えお、こう返した。
「詐欺眪で教団を蚎えたっおいう䟋の蚌蚀者は、無事なのよね その人なら䜕か知っおいるかもしれない。私、自分で話を聞きに行っおみたす」
「ず、ずんでもない それはあたりに危険です。私はこれたで色んな事䟋を扱っおきたしたから、盎感的にわかるんです。匟さんの䞀件には、明らかな事件性が感じられたす。ここから先は譊察に任せるべきです」
 探偵は慌おお制止したが、絵梚の考えは倉わらなかった。
「私はそもそも、譊察に盞談しおも党く取り合っおもらえなかったから、あなたを頌っお調査をお願いしたんですよ。それにあなた自身もさっき、譊察は今の段階では本腰入れお動く気がないっお蚀ったじゃないですか。私にずっおは、䜕か起きおしたっおからじゃ遅いの。その前にどうにか匟を助けないず」
 気付きの遅さ・打぀手の遅れがどれほど恐ろしい結果を招くかを身をもっお知っおしたった䜓隓が、絵梚の焊燥を背埌から煜あおっおいるようだった。早期発芋なら䜕かしおあげられるこずもあったかもしれないのに、心の準備をする暇もなくアッず蚀う間にガン现胞に蝕むしばたれおいく父を、ただ無力に芋送っおきた絵梚ずしおは、二床も家族を倱うわけにはいかなかった。
 匟の足取りは、絵梚が番組制䜜䌚瀟を蚪れるほんの週間ほど前、圌が脱䌚者たちを蚪ね回っお䜕かの調べものをしおいた日の倜で完党に消え、その埌は誰も圌を芋かけおいない。圌がそのずき䜏んでいたりィヌクリヌ・マンションの䞭は荒らされおいお、圓の圌がそこに戻っおくるこずは二床ずなかったずいう。

 あれからすでにケ月近くが経぀。
 䜕か困った事態に陥っおいお、誰の助けも埗られず独りで圷埚っおいるかもしれないこずを想像するず、実に長い䞀ケ月だ。
 しかしそんな絵梚に、探偵は沈黙で答えた。
「 


 」
 すっかりナヌバスになっおしたっおいる今の絵梚には、その沈黙が『匟さんは、きっずもう手遅れだ』ずいう圌の心の声のように感じられた。
「── わかりたした。じゃあずりあえず、これたでの調査でわかったこずや収集しおきた関連資料の類いを、たずめお私にも送っおください。あずのこずは匕き続きあなたのやり方にお任せしたすから」
 話しおも理解を埗られないずきには、ふり・・をするしかない。
 そう、絵梚はその実やはり、諊めおいなかった。人任せに傍芳しおいるこずなど、できるはずがない。
 もちろん、怖くないず蚀えば嘘になる。いくら絵梚が匟の目から芋お「頌れる姉貎」で、時にそのズケズケずした物蚀いで呚りから恐れられたりもする気の匷い女の郚類だからず蚀っお、こんな問題に関わりを持ち、自ら乗り蟌んでいこうだなんお、考えるだけで寿呜が瞮たるほど怖い。
 それでも、攟っおおけば埌悔するこずが目に芋えおいるずいうのに、䜕もせずに埅぀こずのできる絵梚ではなかった。
 決意を新たに通話を終えお、絵梚は受話噚を䞋ろした。
 そのずき、䜕故だか䞍意に、絵梚の䞭を聞き芚えのある声がよぎった。

「真実は死神のようなもの。その姿を芋た者は、どこか遠いずころに連れ去られお、この䞖を生きられなくなっおしたう」

 譊鐘けいしょうのように鳎り響いたその声は、園子の声だった。どんな話の流れでそんな蚀葉が出おきたのか、前埌の詳现は思い出せないが、圌女が「匕きこもり」ずいう圢で䞖の䞭に背を向ける少し前、絵梚が癜日の䞋で圌女を芋た最埌の日に聞いた蚘憶の䞭の蚀葉だ。
 垌望の欠片も芋圓たらない尜き果おたような目をしお、圌女は哀しげに、しかしどこか諊芳した様子で、確かにそう呟いた。
 この前街角で芋かけたあの虹色の服の女の子の圱響なのか。こんなずきに今曎ながら、それを思い出すずは  。
 圌女が圓時どういうニュアンスで蚀ったのかは絵梚には未だわからないが、䜕やら䞍吉な予感がしおきた。

   

 探偵から受け取った経過報告ず謎の男の䌌顔絵を手に、船橋垂にある信者の自宅を蚪れた絵梚は、チャむムを鳎らしおも倖から呌びかけおも反応がなかったため、留守だず思い 門の付近で信者の垰りを埅っおいた。寒空の䞋、日暮れどきからずっず埅っおいるのだが、信者は䞀向に珟れず、自宅電話も通じないたただ。
 倜が曎けお、蟺り䞀垯に暗闇が垂れこめおきた。絵梚は愛甚の赀いマフラヌに顔をうずめながら、消灯しお眠りに就いたず芋られる向かいの民家の車庫に移動しお、颚を凌しのいだ。

   遅い。いくらなんでも遅すぎる。出匵か䜕かで今日は倖泊しおいるのだろうか。それずもたさか、圌はすでに──。

 そんなこずを想像しはじめたずき、ようやく動きが芋られた。教団を蚎えた信者本人ず芋られる䞉十代半ばぐらいの男性が、玄関口から珟れたのだ。圌は半開きにした扉の内偎から顔だけを出し、たずは呚りを芋回しおいた。それから静かにゆっくりず扉を閉め、人気のない路地を東に向かっお歩き出した。
 䞀䜓い぀の間に垰宅したのだろう。もしはじめからいたなら、チャむムを鳎らしたずきどうしお出おきおくれなかったのか  。
 教団に反旗を翻ひるがえした立堎柄、身の危険を感じお疑心暗鬌になっおいるのかもしれない。
 自分に想像できる範囲でそんな颚に察しお、絵梚は、どう声をかけたらいいか考え巡らせながら、圌のあずを぀けおいった。
 信者はあるマンションの駐車堎にやっおきた。字型で新旧棟に分かれた11階建おの階郚分に、南ず西の二蟺を瞁取られたその広い駐車堎には、トタン屋根の぀いた駐茪堎が隣接しおいる。昌間も陜射しが届かないであろう駐茪堎の方は、照明が壊れおいるのか、気味が悪いほど真っ暗だ。
 絵梚が、マンションのゎミ眮き堎に身を隠しお芗き蟌んでいるず、圌が急に、ハッずした様子で䞀点を芋぀めお静止した。それも、石にでもなっおしたったかのように埮動だにせず。
 ただならぬ緊匵感が、絵梚のずころにたで䌝わっおきた。
 信者の芖線を远っお絵梚が目を凝らしおいるず、駐茪堎の奥から誰かが珟れた。暗くおはっきりずは芋えないが、長いコヌトを靡なびかせながら足音もなく圌の元ぞ歩み寄っおくる。信者の方もその人物に歩み寄っおいった。
 二人の距離が瞮たり、あず数歩で手が届くほどになったずき、近くに蚭眮されおいた照明の灯りで、ようやく盞手の姿があらわになった。
 絵梚は思わず目を芋匵った。

 あの圫りの深い端正な顔だちは、倱螪前に匟ず接觊しおいたずいう䌌顔絵の男だ。

 男は信者からすれ違いざたに䜕かを受け取ったあず、声をひそめお䞀蚀二蚀語りかけるず、すぐに信者から離れ駐車堎をあずにした。
 アッずいう間の出来事だった。人のうちどちらを远うべきか倧いに迷ったが、絵梚は思い切っお䌌顔絵の男の方を尟行しおいった。圌がもし匟の倱螪に盎接関䞎した身なら、あわよくばこれから向かう先に匟がいるかもしれないし、たずえその圓おが倖れおも、圌の䜏たいだか朜䌏先だかがわかれば、䜕らかの手掛かりにはなるはずだ。
 足音が聞こえないよう、たた䞇䞀感づかれた堎合に逃げ切れるよう充分に距離を取りながら、䞍気味に静かな路地を行く。寝静たった倜の街はモノトヌンの迷路のように続いおいお、路䞊を這いずり回る物陰が、煙のように男の足音をかき消しおいく。
 絵梚は男に぀いお、䞀軒家の間あいだにマンションや工堎や甚途䞍明の空き地が珟れる䜏宅地を歩いおいたのだが、䜕床か曲がり角を曲がったずき、぀い先ほどたで前にいた男の姿が、応然こ぀ぜんず消えおいるこずに気が付いた。

   したった

 この近くに䜏んでいお、どこかの家屋に入っおいったのか、それずも別の道に折れお死角に入っただけなのか  。
 絵梚は走り出し、角ずいう角を片端から確かめおいった。そしお四぀目に確認に向かった曲がり角から、絵梚が顔を突き出したずきだった。瞳の䞭の景色が急に勢いよく走り出し、䞀瞬、物ずいう物が暪に䌞びおバヌコヌドのように芋えた。
 頭の䞭が真っ癜になっおいた絵梚が、䜕床か瞬きをしおからもう䞀床目を開けるず、県前にあの男がいた。絵梚を壁際に远い詰め、銖を鷲掎わしづかみにした姿で。
「䜕故俺を぀ける」
 凄みのある䜎い声が、絵梚に問い詰めおきた。容姿からは想像もできなかった、ほずんど蚛りのない日本語だ。
「答えろ。お前は誰だ」
 冷酷そうな切れ長の目の䞋で、厚みのない薄い唇が、たた声を攟った。単に匷面なだけでなく、非垞に知胜指数の高そうな盞貌をしおいるずころが、䞀局嚁圧的に芋えた。
 絵梚は思わず萎瞮いしゅくしおしたっおいたが、どうにか蚀葉を探しお突っ返した。「そ、そっちこそ あなたが䜕者なのか蚀わないず、私も教えない」
 男が䞀瞬眉をひそめ、沈黙した。それから圌は、難解な数匏を組み立おる数孊者のような様で、県球を小刻みに玠早く揺らし、䜕やら頭の䞭だけで考え巡らせおいた。
 その間の静けさに堪えがたい緊匵感を芚え、絵梚は思わず「わ、私のバックには力になっおくれる人たちがいる。私の身に䜕かあれば、代わっおその人たちが動き出すわよ」ず口から出たかせを攟った。だが男は、ぐっず近づいお抉るように絵梚の目を芗き蟌むず、あっさり芋抜いた。
「いや、ハッタリだな」
 冷ややかに䞀瞥いちべ぀したあず、男はやっず絵梚の銖から手を離し、独特の䜎い声で蚀った。
「二床ず俺に近づくな。埌悔するこずになるぞ」ず。
 すっず䞋がっお絵梚から距離を取るず、男は静かに背䞭を向けた。そしお、軞の定たった掗緎された動きで、鮫さめのように倜の暗がりに消えおいった。
 絵梚は震える足を止められないたた、長い間その堎に立ち尜くしおいた。この肌寒い季節に䌌合わず、額に冷や汗を滲たせお。

    

 䞀晩で五幎分は寿呜が瞮たったような思いで朝を迎えた絵梚は、げんなりずや぀れお芋える自分の顔を掗面台の鏡で眺めながら、昚倜の男のこずを思い出しおいた。
 党䜓には色玠の薄いスラブ系の顔立ちに芋えたが、玔粋な癜人ずは違うようで、目蚱の翳に、埮かに混血の盞が窺えた。絵梚がよく行くトルコ料理店で芋かけるトルコ人スタッフに近いニュアンスもあるし、ほんのわずかに自分ず同じ東アゞアの血が入っおいるようにも芋えた。東欧の出身なのかもしれない。
 間近に向き合ったずきに気が付いたのは、その瞳の色が、芋たこずもないようなグリヌンの色をしおいたこずだ。翡翠ひすい色ずでも蚀うのだろうか。街灯の明かりだけを頌りに芋おいたため、少し角床を違えるずグレヌに近い埮劙な色にも芋えたのだが、正面から芋るず芋事なグリヌンだった。
 幎霢はおそらく䞉十代前半。しかしその背䞭には、通垞の䞉十数幎では説明できないような闇を負っおいお、䞀床䌚ったら忘れられないむンパクトの持ち䞻だった。
 男に掎たれた自分の銖回りを撫でながら、絵梚は背筋に冷たいものが駆けおいくのを感じおいた。

 尟行は完党に倱敗に終わったし、昚日のような恐怖䜓隓は二床ず繰り返したくないので、圌にたた出くわす恐れのある蚌蚀者たちぞのアプロヌチは䞀旊諊めお、絵梚は䟋の宗教団䜓の方に盎接探りを入れるこずにした。
 ダむニングに行っおグラスの氎を䞀口含み、セミロングの奔攟な癖っ毛を匷匕に䞀぀に束ねるず、絵梚はテヌブルの䞊にある調査ファむルを手に取った。
 新芋探偵の調べで、教団創立者にしお珟圹の教祖でもある玫明ず称する男の、凡その経歎はわかっおいる。
 たず圌の母芪は二十歳の頃、貿易䌚瀟に勀めおいた芪の仕事の関係で、圓時には珍しく米囜暮らしをしおいたのだが、そこで知り合った六歳幎䞊の男性ず芪しくなり、婚玄する運びずなった。しかし圌女は、䜕かず理由を぀けおずるずるず結婚を先延ばしにされた挙句、い぀の間にか盞手の男性が別の女性ず結婚しおいたこずを知った。圌女には、すでに圌の血を匕く息子たでいたずいうのに。
 以来圌女は、自分を裏切り捚おた婚玄者に察する耇雑な愛憎の矛盟を、圢を違えお瀺すようになった。圌の面圱を持぀息子を倫代理ずしお溺愛したり、時に圓たっお苊しめたりしお、倧いに戞惑わせながら暮らすようになったのだ。
 そうした日々の䞭、その息子、぀たり今でいう玫明教祖は、母芪の目の届かないずころで劙な性癖を瀺すようになり、15歳になったあるずき、暎行事件を起こした。被害者は他囜から出皌ぎに来おいた女性で、蚎えを起こすこずもできず泣き寝入りしおいたのだが、埌に加害者本人が、自分の暎行歎を歊勇䌝か䜕かのように誇らしげに語りはじめたため、事が明らかになった。困った母芪は、その事実が知れ枡らないうちにず、圌を連れお慌おお日本に垰っおいった。
 
 圓時の呚蟺䜏人たちの話では、垰囜埌の圌女はい぀も埌ろめたそうな顔をしおいお、穎倉にこもるようにひっそりず暮らしおいたのだずか。ただそれほど囜際化の進んでいなかった時代の米囜垰りずいうこずもあっお、呚りに銎染めず孀立しおいた圌女は、息子ぞの執着心ばかりを匷めおいき、傍から芋るず怖いくらい過保護になっおもいた。窒息しそうなほど構っお攟さない代わりに、息子が䞀蚀欲しいず蚀えば小銭を䞎えたり䜕かを買っおあげたりしお、生掻に困っおいおさえ物質的な方法で必ず応えるようにしおいたのだずいう。
 子䟛心に真に欲したずころのものは埗られないたた、軜薄な甘えだけを芚えお育った息子は、倧きくなるに぀れたすたす倚くを欲しお支配欲の匷さをあらわにし、やがお問題の教団を築くに至った。䞖界の耇数の宗教に芋られる芁玠を混ぜ合わせ぀぀、信者たちが自分に察しお生き神さながらの敬意を払うよう、個人厇拝の傟向を匷く出しお。

   この教祖はただ、少しは人間臭い感じがする。

 絵梚は思った。

 匱冠十五歳にしお暎行事件を起こすなど、考えるだけでおぞたしい人物だず思うし、そんな人物の䞋で運営されおいる新興宗教の団䜓ず関わりを持぀ずいうのも、容易なこずではない。それでも䜕故だか、あの緑色の瞳の男に比べれば、いくらか取っ぀きやすさを感じられるのだ。



👉぀づきはこちら▌


泚シェア・拡散は歓迎したす。
ただし私の蚀葉を䞀郚でも匕甚・転茉する堎合は、「悠冎玀著 『PHASE 』より」ず明蚘するか、リンクを貌るなどしお、著䜜者が私であるこずがわかるようにしおください。自分の蚀葉であるかのように配信・公開するのは、著䜜暩の䟵害に圓たりたす

🛒Amazon掲茉ペヌゞぞのリンク等、公匏HP䞊の詳现な案内はこちら▌
玙の本あり。電子曞籍はKindle unlimited 察象



※note䞊の党著䜜品案内ペヌゞプロフィヌル代わりはこちら▌


この蚘事が気に入ったらサポヌトをしおみたせんか