妖怪の町
テレビで「水木しげる記念館」がリニューアルオープンしたというニュースを見て、10年前の家族旅行のことを思い出した。
子どもが小学生の頃、夏休みに鳥取県の水木しげるロードに遊びに行った。「ゲゲゲの鬼太郎」の聖地で、いたるところに妖怪の像があり、ほとんどのお店が妖怪関連のものを置いている「妖怪の町」だ。
休日には鬼太郎やねずみ男のキャラクターが町を練り歩き、気分をいっそう盛り上げてくれる。妖怪バスや妖怪電車、妖怪食品研究所、妖怪楽園など、とにかく怪しいものがたくさんあって楽しい。
何度も行ったことがあるが、どうしても時々、妖怪に会いたくなるのだ。
いつもは日帰りだが、今回は一泊してゆっくり過ごすことにした。どこに泊まろうかとネットで探していると、ある古民家が目に留まった。古民家好きの私は「いいね、ここにしよう」とすぐに予約した。
家族旅行ではビジネスホテルに泊まることが多いのだが、今年はちょっと変わったところに泊まりたかった。
水木しげるロードを満喫して宿に向かったが、チェックインの時刻まで、まだ2時間もある。
古民家は寂れた港町にあり、すぐ目の前には海がある。釣りが趣味の夫は、今にも飛び込みそうなほど海を凝視している。
旅行に行くと毎回、海を見る度に「釣りたい衝動」と戦っているのがひしひしと伝わってきて、ちょっと切ない気持ちになる。
だが今回の旅は時間に余裕がある。チェックインの時刻まで、釣りをして待つことにした。
夫と息子が楽しそうに釣りをしている。空と海のグラデーションに潮風がトッピングされた贅沢な時間。ただ、大切な人と自然を眺める。そんな簡単なことが、大人になると難しかったりする。
古民家にチェックインの15時より早く着いてしまったにもかかわらず、すぐに案内してくれた。
案内された建物は、古民家というより大昔の古い家だった。想像していたのとなんか違う。
「おしゃれとなつかしいの間」くらいのレトロ感があって、縁側でまったり、きれいな庭を眺めながら冷えたビールを飲む、みたいなのを勝手に想像してしまっていた。
私は動揺を誰にも悟られないように「おー、すごい!」とか言いながら笑顔で家の中に入った。
中に入ると広い土間があり、土の匂いがする。子どもの頃よく遊びに行った友達の家を思い出した。こんなに古い家に入るのは久しぶりだ。みんな興味津々で、家中を探検した。
まず玄関にカギがない。内側から突っ張り棒でドアを固定するスタイル。日本昔話でよくあるやつ。治安のよさを物語っている。
さすがにトイレは現代風にリフォームされているが、お風呂は海の家のシャワー室みたいに狭く、床はコンクリートなのでスノコが敷いてあった。
2階は物置状態でくつろげそうにない。だが夜にはビデオ通話で一人ずつ2階に上がり、肝試しを楽しめそうだ、と密かに考えた。
いつも旅行は素泊まりで、食事は近くのお店で地元の名物を食べることにしている。今回は港町だから、とうぜん海鮮料理でしょう。
車を走らせながら適当にお店を探していると「うなぎ」の看板が見えた。うなぎが大好物の息子の目が輝く。その店でアジの刺身や魚の天ぷら、うなぎを堪能した。冷えたビールが最高においしかった。
古民家に戻って昼間に買っておいた花火をしていると、蚊の猛攻撃にあった。「ミニ吸血鬼め!」と言いながら、みんなで花火の煙で追い払う。
そのあと古民家の真っ暗な2階に一人ずつ上がるという肝試しを決行したが、何事も起こらなかった。これで安心して眠れる。
お風呂に入り、みんなでテレビを見ていると、遠くから太鼓の音が聞こえてきた。
「お祭りかな?きっと露店とかあるね」
「お祭りがあるなら、宿の人、教えてくれればいいのにね」
「太鼓の音がする方へ行ってみよう」
3人でワクワクしながら太鼓の音をめざして歩いた。
太鼓の音がすぐ近くで聞こえるところまで来たが、お祭りを感じさせる明かりがまったく見えない。
「おかしいな」と思いながら目を凝らすと、住民であろう人々が10人くらいで輪になって盆踊りを踊っている。
期待していた露店などは一切なかった。無言で静かに踊っている。村に伝わる儀式が行われているのかと思うくらい暗くて不気味だ。
私たちは「見てはいけないものを見てしまった」と思い、3人同時に後ずさりをして、静かにその場を立ち去った。肝試しなんか、比べものにならないくらい怖かった。
古民家に戻りながら、あれはなんだったのだろうと家族で話し合った。
「あの人たちはキツネの妖怪で、人間に化けて踊っていたのだろう。私たちは化かされたのかもしれない」
「いや、あれは呪いの儀式だ。誰かに見られたら呪いが発動しない。見つかったら、まずいことになっていたぞ」
「あぶなかったー!」
みんな、あらゆる可能性を探っていたが、最後は「さすが妖怪の町だ」という結論に達して、気がついたら「ゲッ、ゲッ、ゲゲゲのゲー♪」と鬼太郎の歌を大合唱していた。
古民家に置いてあった下駄をカランコロンと鳴らしながら、宿に戻る。
妖怪の気配に包まれながら、古い家で一夜を過ごした。呪われてはいないようだ。
テーマパークのように、賑やかでワクワクする場所も楽しいが、こういう静かでちょっと不思議な旅は、きっと一生忘れない。
最後に妖怪の町に行ってから、3年が経つ。
そろそろ、妖怪に会いに行こう。
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