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noteを始めて1年が過ぎました。


noteって、とある条件を満たした時にバッジをもらえるのですが
先日、このようなバッジを頂きました。

1周年記念バッジ✨めでたい✨✨🎊✨✨
まーできれば毎日(週5)で記事をUPで続けられれば良かったんですけどね~
記事のアイデア、文章構築、見出しの画像作成などとやっていたら

自分史上一番手間暇かかっている作業(1日の大部分の時間を取られてしまう)となっていてですね

毎日は無理やわ

ってなったので、今は休み休み週3(月、水、金)ペースでやっています。
てか、もうそろそろnoteの記事内容を一緒に考えて下さる方いないかな?と思っているところ。>私の書く記事の内容はマニアックすぎるんだよ

もう少し、ジャッキー初心者に寄り添う記事があっても良いはずなので。
どんな事に困ってますか?というのは常日頃からアンテナを張っておきたいですね。

それでも少し、今まで書いてきた記事を振り返ってみましょうか

はい。一番最初に書いた記事ですね。
今見ても、ただの叫びだったw まあ世間でどんなにオワコンと言われようが、ジャッキー・チェンのファンは辞めないって事だけですね。

私は一応ジャッキー作品をテレビで親しんできた世代、リアルタイム世代なのです。なので私自身のファーストインパクトだった「ドランクモンキー酔拳」についての記事4本。

私は女性なのですが、ジャッキーに対して恋愛感情を持っていないんですね。少なくとも、そういう角度から好きになったわけではない

じゃあどんな部分で!?

ジャッキーは私にとって驚きであったり、新鮮な空気を運んできてくれる人
びっくり箱のような存在。

心を鷲掴みにされるとは正にこの事

やっぱですね、あのような衝撃を受けたのはジャッキーだけでした。

上記の記事内でも書いていますが

未だにわかんねえもん、あの人w

そこが魅力のひとつです。


中国共産党100周年ってどんな式典なの?

あーこちらも開始してから1ヶ月くらい経った時に、ちょうど出た記事についてですね。
あの記事が出る前に、中国は共産党100周年を迎えたのです。

演説の全文の内容は、こちらから拝見できます。

ジャッキーのざわざわした記事は、こちらになります

上記に貼った、習近平の演説を元に深堀りしたり引用したりして(今までとこれからの中国の在り方を)学習する雑談会の席での発言です。

私はジャッキーのこの発言は、至極真っ当なものだと思っていますけども。
そのような席に参加して、発言も求められていますし
でも、ただ闇雲にジャッキーを支持する!ということだけにはならないようにしたいです。違う意見の記事などなどもしっかり拝見したいしね。

その上でこれは支持する、これは支持しないを決めたいなと思います。


①今だからこそ考えてみたい。ジャッキー・チェンがハリウッドで成功したわけを

いや~これですよw
私的目玉記事のこのシリーズ。

これはあくまでも私の感覚なのですが
ジャッキー・チェンの作品と聞いて思い浮かべるのはだいたい85年公開までの作品

でもSNS界隈にいると、リアルタイム世代以降のファンの方々ともやり取りする機会があり、最近はそうでもないよな~(90年代以降の作品が好きだったり、逆に拳シリーズを知らない方とか:そういう方々がやっと出てきて下さって私は嬉しい✨)と思う事は多くなりました。

そこで今まで日本ではあんまり語られない、ジャッキーのハリウッドへ挑戦してきた日々、悪戦苦闘してきた話を書いてみよう

というわけで書き始めたのがこのシリーズです。

①では「バトルクリーク・ブロー」の事を書いていますが
そうなんですよ、当時はハリウッドでやっていたアクションのスタイルがジャッキーとは真逆の一撃必殺スタイルだったので非常に苦労したという話でした。
今ならもうちょっとマニアックに書けるかなw(やめとこ

でもこのシリーズを書いていて、ほんのちょっとですがアメリカや日本での評価の違いなどを知る事ができました(^^)ありがたや~


追悼記事

大変悲しい記事の紹介で申し訳ないすが
私の記事の中では訃報記事、特に外国人初のジャッキースタントチームの一員となった
Bradley James Allan(ブラッドリー・ジェームズ・アラン)
アラン君の訃報記事が未だにぶっちぎりの閲覧数を出しています。

この方がいなかったら、ジャッキーのアメリカ進出(「ラッシュアワー」以降の作品ですね)も上手くいかなかったのではと思うほど。

しかし生前ではなく、訃報記事としてアラン君の記事を書かなければいけなかったのは非常に残念です。そして今年もまだ半分しか過ぎ去っていないのに、訃報を目にする事が多くなりました。ある意味しょうがない事なのかも知れませんが、少しでもご紹介できたらと。

追悼記事だけでなく、他の記事にももちろん無駄に力が入っているのですが、特に無駄すぎる力の入れようとなったジミーさんの訃報記事も、もしよろしかったら読んでみて下さい。


目指せ!引用マスター

私の記事の中では割と重要な位置にありますこのシリーズ。

難しい問題だよね~と思考停止するわけでもなく

自分以外で、著作権を守っていない人をわざわざ攻撃する事もなく(なんで攻撃せにゃならんのよ

まずは「引用」として取り扱い、その時に何ができて何ができないのかを書いていきたいと思います。
とりあえず、ジャッキー作品関連で引用できそうな場所がある事を知るところから。
と思い、日本、中国、その他外国のコンテンツで引用できそうなものを持ってきています。(基本は作品の予告編)
やはり公式さんで取り扱っている動画を引用する方が、ジャッキーの収益につながりやすいと思うので。

私自身はnote内で作品を紹介する時に、これらのコンテンツ内にある予告編を引用→なかったらめりけんこさん動画を引用させて頂くという順番にしています。公式さんの中でも予告編など残っていない作品があったりするんですよね。

引用の仕方、ノウハウもまとめていきたい!!時間あるかな?w

わからない事はやはりプロを頼るのがいちばん

私はnoteのイベントなどで著作権についてお話をされているクリエイターのパートナー事業、クリエイター専門の「しろし法律事務所」を設立されている山田 邦明さんを参考にさせて頂いております。
でもまだまだ不勉強なことだらけですね💦

でも、たとえ嫌な思いをした事があったとしても、過ぎ去ったものとして自分には関係ないと扱うのは違うと思いますからね。

少しずつ理解を深めていこう


最近の記事の中では

この世界情勢になって、改めて観なおしてみたい作品がありました。
「ファイナル・プロジェクト」

スタンリー・トンとのタッグで第3作目ですね。
実は「レッド・ブロンクス」でも当時の情勢を取り入れたお話になっています。
この作品の舞台はニューヨークのブロンクスですが、80年代から90年代にかけてとても治安が悪く、無法地帯と化していました。

その象徴が地下鉄の落書き

作品中でも地下鉄ではないですけど落書きや、トニーのような暴走族が出てきますね。

「ファイナル・プロジェクト」に戻りますが
上記の記事で書いた通り、当時のロシアとウクライナの情勢が作品に反映されています。社会派の部分も押さえつつも、思いっきりエンターテイメントな仕上がりなんですよね。


ジャッキーの慈善事業の記事。

東日本大震災の時も思いましたが、ジャッキーは困っている人を助けずにはいられない人なんだろうと思います。そして、全ての人を助ける事はできない絶望感もちゃんと持ち合わせている。

自分自身にできる事を実行する行動力。そういうものが未だに衰えないんですよね。

以上、今回はnote開設1周年記念の振り返りの記事でした。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます(^^)
また改めまして、よろしくお願いします。

私はジャッキー・チェンを良く知らない、最近知ったばかりの方へ向けて記事を書いていきたいな~と思います。 メリケンコさんのYouTubeで訳詞を提供しております。そちらもどうぞ https://www.youtube.com/c/moriatomerikenko/videos