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「ライ麦畑でつかまえて」という小説について。

自分は、高校のころから愛読している本がある。

それが「ライ麦畑でつかまえて」だ。

高校生の当時、友達と言える友達がいなくて、かつ、進学校独特の陰湿な嫌がらせやいじめや、ステータスを張り合うような雰囲気が腐敗しているように感じて、その時に「友達」になってくれた小説がこの小説だ。

この小説の一部分でも、「本当によい小説というのは、その小説の作者と友達になりたいって思わせてくれる小説だよ(概約)」とある。

この小説については、よさをわかってくれる人もいれば、当然のことながら、全く良さをわからない人もいた。

販売当初から、賛否両論だったそうだ。

今でさえ、個人的主観では、芸術作品の中で賛否両論のない作品はないと考えていて、大衆受けを狙っても、その分だけその作品の価値を落とすことになると思っている。

賛否両論ある作品が、ある意味では、自分とは、友達になりやすい傾向がある。

「ライ麦畑でつかまえて」も、お金持ちの学校の陰湿な雰囲気や、その中で考え方がひねくれた青年の心がわからない人には、さっぱり理解できないと思っている。

それは、しょうがないと思っている。

芸術作品は、読みたいと思った人しか読まないからだ。

自分も、最近巷で話題の自己啓発本は、一切読まない。

最近になって、自分は結局大学を中退して、就労移行支援に通い始めて、高校の時に自分をなめていた人間を黙らせられるような結果を残したいと焦っているが、

結局は、どんな理屈よりも、思考や行動なんだと思う。

そう他人から自分に言われたら、イラつくけど。

思考や行動っていうものは、人間である限り完璧なものなんて絶対にありえないし、それが一番忠実に繊細に描かれているのが小説だと思っている。

だから、そこら辺でしょっちゅう聴く言葉を並べただけの自己啓発本は、一切読む気になれない。

読んでる人間の気持ちがわからない。

「友達」と呼べる小説があることを、自分はひたすらに大事にしたいし、その小説の中で描かれている不完全な登場人物の行動から、生きていく中で、何かを感じて、変わっていけたらいいと思っている。

結論的に、自分が一番「友達」と言える小説は、「ライ麦畑でつかまえて」だ。

年齢を重ねていって、世俗に染まっていくようになっても、何か大事なことを忘れないようにするためにも、「友達」と呼べる芸術作品を大事にしたい。

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