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その本を手に取ったおかげで

その本を、なぜか手にした。


去年、出版社が集まるイベントで
知り合いをつてに紹介してもらった出版社の代表の人から
直接買った本だった。

表紙がほとんど、真っ黒で
シンプルに白抜きのタイトルが
これまたシンプルなあしらいと共に入っている。

言い方は悪いけれど
なんでもよかった。

何かキッカケが欲しくて
もうずっと「読書」から遠ざかっていたから
たまたま手に取った本を、本棚から引き抜いて。

表紙を眺めて、裏表紙を眺めて
そのあとはすぐに、奥付を見てしまう。

これは、出版業界に長く居たせいで
いつの間にか身についてしまったクセだ。

どこの出版社か
どんな著者か
デザイナーは誰か
装丁家は誰か
いつ発行されたのか
何刷りか
印刷所はどこか
校正者は
製本は
ああだこうだと、ぜんぶ目を通して
この本はどのようなチームから生み出されたのかを
自分の中で想像するという、クセ。

スマホに通知がきて
Spotifyのサジェストだった。
音楽は、自分から探すのが好きだというのに。

コーヒーをひと飲みして
また本に目を戻す。

明らかにこだわって作られた装丁。
ソフトカバーで、低い帯。
帯には誰かの推薦文が入っていた。
そういえば過去に、自分が編集した本を作っていたとき
推薦文を入れるか、入れないかの話があって
とても有名な方からの推薦文だったから、一瞬悩んだけれど
あっさりと断ったことを思い出す。

どれだけ有名な人の言葉を帯に入れられるとしても
それを断ることも、こだわりになる。

まぁ、そんな話は、読んでいる人には永遠に伝わらないのだけれど。

「本ができるまで」を著者や編集者が伝えることも
今の時代は、とても大切なのだけれど。

結局、その本をパラパラとめくって
数ページほど、ジッと読み込んで、すぐに本棚へ戻してしまった。

この本はまだ「タイミング」じゃない、ということ。

そういうコトの連続だけれど
直感的に手に取って、そして開いてみなければ
わからないこともある。

その本を手に取ったおかげで
いま、こうして自分の中に言葉やストーリーが生まれたことは
とても大きな変化だと思うから。


でも、やっぱり、本が読みたい。
前のめりになって、言葉を目で、心で追いかけて
自分の中に新たな変化を生み出してくれる瞬間が、欲しい。

家の中に積まれた本を、一度ぜんぶひっくり返そうかな。

きっとその中に、自分がいま欲しい言葉がある。
「答え」じゃなくて「言葉」が。


外は雨の音。
いまは5月の金曜日。
もうすぐ梅雨時なのだろうか。

いつの間にか半袖を着て
気温の変化に対応するために
また僕らは変わってゆく。

四季があって
時が刻まれて
変わりたくなくても
僕らは変わってゆく。

また、変わりたいと願うのなら
それはきっと、変化していくのだろう。

いまちょっと思ったけれど
やっぱり言葉を紡ぐのは好きだ。
いま、とても、心地良い。

久しぶりの感覚。

こういう感覚がとにかく好きで
自分の内側から何かが繋がっていき
それが言葉として表現されるのが好きで
結局のところ、僕は書くことが、好きだということ。

ああ、なんて心地良いんだろう。

誰にも伝わらないかもしれないけれど
温泉にでもつかっているような気持ちになる。

だから僕は書くことをやめられない。
だから僕は書くことを諦められない。
だから僕は書くことを続けている。

外は雨。
窓を開ければ冷たい空気が入ってくる。

雨雲の空を見上げながら
いつだって、何かを、探して
今日も僕は、言葉を紡ぐ。

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