ブレイキング・ポイント【思いの力だけが作用する】

珍しく、「書くことグズり期」を過ごしていた。
書くことに向かいたくない。今内面で起きている変化が完了するまでは何も言葉にしたくない! なぜなら、旧ものの見方に属することのカラーに染めたくないから。
けれども、けれども……日々過ごしながら私が散々実感したことは、
「本当の本当に、生き方、変えなきゃだめなんだな」
ということで、その規模って半端ないんだという理解を今でも更新し続けているのだった。自分の生活や人生に対する態度の、全部だもの。
あああ、どうしよう。だけどもう、それをやるっきゃない。
★こうなるまでの意識変化の経緯は2020年後半あたりからの「霊的目覚めと創造」マガジンをどうぞ★

前のやり方ではどうにもこうにも立ち行かないのだ。だって、これが夢だと知っていて、自分が夢主以外の何者でもないとはっきりわかっている以上、どんなにかつてのように「別の原因」をリアルにする幻想に入ろうとしても無駄なのだから。
そう、これは私の夢だ! 私の身に起きるあらゆることの原因は、私。

今や「百%自分をごまかせない」ポイントに来ていて、かつてのように半端な意識の使い方に甘んじていたら、つまり「あるときは目覚め、あるときは眠り込む」生き方を少しでもしたならば、私の人生、もはや実を伴わない!
完全に忘れていて無知な状態にあるからその選択をしてしまうのと、すでにわかっていてあえてその選択をするのとでは、意味が大きく違うのだ。

退却できないことは愉快でもある。
愉快でもあるけれど、「これも私の創造か」と気づくとき、自分がどんな「夢」を自分の世界において現実化してきたかに、うなる。
自分の人生に起きてくる出来事はどれもが切れ目なく全体の一部で、絶対に切り離せない。その認識において、すべてのものごとを見るとき……。

さらには、自分がいかに「わかっていないか」を知ることは、小気味いい。
この場合の自分とは、この夢(この人生)の中で「夢の登場人物」であると自分のことを思い込むことができる私(分離した観点の自己)のことだ。
一方で、「夢主」であることを自覚している「知っている自己」がすべてを取り計らうに任せるなら、あなたは真の創造者、「マスター」になる。
◇関連するマガジン★創造のマスターとして生きる★

こうしてみると、変容の規模の途方もなさに直面した後の私の理解、しかも「ブレイキング・ポイント」を過ぎた後のその理解を記録するのは、一興と思えた。

ブレイキング・ポイント【二度と元に戻れない変容】

Breaking pointとは限界点などと訳され、もうこれ以上は無理、というところを指す。

少し前に、私はこれに達したのだと悟った。
どういう意味でそれに達したかというと、「この現実における、個人としての自己」が幻想であると理解することにおいてだ。

現代社会の常識的なものの見方に従っていれば、私たちは物理的現実を本物と見なし、個々の体を個人の境界と見なすので、あなたと私、様々な人々は分離している。別々の人間、別々の体、別々の思考を持つ個人である。

しかし、これまでも記事で説明してきた通りこれは幻想で、私の現実で経験する「すべての人も存在もモノも」私だ。
私が自分の解釈に従ってあたかも「物理的に個々に存在するものであるかのようにイメージ」した結果、その通りそれぞれを固有の形と心と境界を持つものとして知覚し、体験できるのだ。

では、真実はどうかというと、すべてに境界はなくひとつである。
私の現実においては、体験するすべてが「私」である。
私は自分の内で信じた通り、自分で定義した通りに、外にものごとを見る。
あたかもそれらが自分と離れて「客観的に」「自律的に」存在するように。

これがまったくの幻想だとわかってしまうということは、

ここから先は

2,160字

¥ 1,200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?