霊能者の世界

これまで私の活動を見てきてくれた方には意外かもしれないし、そうでないかもしれないけど、「霊能者」を仕事名称にしようかと思ったことが実は度々ある。以前使っていた「スピリチュアル・カウンセラー」という呼称は「自分のやっていることを、現在多くの人に認知されている用語で表すならこれが一番見つけやすいのかな」と、「わかりやすさ・見つけてもらうことを第一に」選んだ名称で、個人的にはあまり「スピリチュアル」という呼び名のカテゴリーが好きではない。言葉そのものが悪いわけではないんだけど、そこに付与されている雰囲気がときどき微妙で。    

今では、自分の複数の仕事名称の先頭に「ヒーラー」を入れるようになって、あらゆる意味でそれなら納得!というすっきり感が自分にある。
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それはともかく、冒頭の、「霊能者」の話だ。

そう、霊能者という言葉になると一気にまた雰囲気が変わるが、私は霊能者という呼称を使おうかなと思うことが度々あったのだった。
今まで私の活動を見てきてくれた方は意外に思うかもしれないと書いたのは、あまりその方面から教えたり語ったりすることを多くはしなかったからで、私なりの考えがあってそれを必要以上に前面に出すことを選ばなかった。けれども、いわゆる霊能者の人たちが体験している様々な世界は自分にもわかる。

が、しかし、なぜそれを強調することを決断しないで来たかというと、霊能者と名乗るとどうしても「霊的世界における人間ドラマ」を扱うことが多くなってしまう印象だったからだ。つまり「人間の観念」から出られなくなりがちだ。
実際には、霊能者と呼ばれる人の中にも色々な人がいて、色々なことをしていると思うので、あくまで一般的な印象として、また一般的なニーズとしての話だが、まず依頼者さんもそういう世界にフォーカスする要望がある人が集まりやすいかもしれないと感じていた。

これは偏見というわけでもなく、その種のセッションを複数見てきた上での感想なのだ。

たとえば私が過去に携わったことのある、スピリチュアルな概念を取り入れたセラピーの中にも「憑依」の取り扱いがある。
また、そのセラピー以外にも様々な手法で、英語では「スピリット・リリースメント(spirit releasement)」と呼ばれるセッションを目撃したり現場で手伝ったりしたことが多々ある。

癒しの手法としての効果はあるし(対象となる相手と噛み合えば、すべての儀式がそうだ)、ただの演技なわけでなく、そういったリアリティーも実際にある。
あるのだが、そこにあまりフォーカスすることはさっき述べた「霊界の人間ドラマ」にフォーカスすることであり、よほどその体験を必要としている人に対して行うのでない限り「対症療法」「地球劇場・霊界版」といった世界に陥りやすいのだ。
繰り返すが、だからといって無効だと言いたいわけではない。すべての対症療法は、根本治癒へ誘うステップとなれば有効な体験で、この世界では誰もが通る道でもあると私は思う。それによって何を学ぶかが大切だ。

そして、ヒーラーや霊的世界を扱う者は、自分なりに霊的世界の様々な段階を実体験してくぐり抜けてきているものだと思う。私自身もそうだ。
人間の感覚からすると重たい世界、おどろおどろしく見えるような世界、人間の感情ドラマあふれる霊的世界なども、視点が変わればまったく脅威ではなくなる。
これは決して上から目線で語っているわけではなく、私たちの意識内の周波数ごとに様々な体験の階層があるということだ。そうした様々な階層の周波数の経験のうち、自分がどこにどれだけ対応するのかは、各々の仕事内容にもよるし担当内容にもよるのだが、自分自身の実践を通して経験を積みながらわかっていくものだ。

ある周波数の中では「現実」に思えることも、別の周波数になってみると「幻想」で、だからといって私たちの現在の人生が「私たち自身にとっては現実と感じられる」のと同じで、霊的世界での体験も一般の人が思い描くような意味での「ただの空想・妄想」ではない。
むしろ、こちらの現実よりも「実体を持つ現実」なのだと説明できる霊的世界もある。

話を戻すと、霊能者やヒーラーとしての「人生の設定」がある場合には、師に恵まれたりして修行をする人も中にはいるだろうが、そうでない場合でも自分の人生を通して必要な体験、鍛錬をみっちり積むことになる。

そして、「ひとり」の人生は無いと気づくのだ。
霊的存在たちとの様々な交流、関係、チームワークがある。

ところで、私は近頃……いや、以前から、面白いことに気がついた。
霊能者の世界については世間からの誤解も多いのだが、中には、はっとするほと正確に描写している媒体があるのだ。

それは、

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