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一万円分の本を買う

昔の野望と今の願望

地元にいた頃の話。
いつかやってみたい、という密かな野望をいくつか胸に抱いており、そのうちのひとつに「キャリーケースを持ってヴィレッジヴァンガードに行き、そこに入る限りめいっぱいの本を大人買いする」というものがあった。



最寄りの大型書店まで車で一時間、という地域に住んでいた。
県庁所在地の街へ遊びに行った時、たまたま訪れたヴィレッジヴァンガードに衝撃を受けた。
天井近くまである棚にめいっぱい詰まり積まれた数々の雑貨に、それらと共存する様々な書籍。
並べ方から品揃えまで、今までに行ったどの書店とも似ていない独特の世界がそこにあった。



実家を出て上京して、大型書店が身近になった。
家から歩いて行ける場所、職場のテナント内、日常的に遊びに行く街。そのいずれにも書店があり、実家最寄りと同程度の規模からそれを遥かに上回る大規模な店舗まで、気分と目的に合わせてそれらを使い分ける事が出来るようになった。



と同時に、かつて抱いていた密かな野望を、いつの間にか忘れ去ってしまっていた。
上京後の私の行動範囲内には、ヴィレッジヴァンガードの店舗が無かった。検索して向かわずとも、すでに様々な書店が選り取り見取りな環境だ。
そこに加えて、歳を重ねるうちに読む本の好みが変わってきた事実も、少なからず影響を及ぼしているはずだ。





けれど。
完全に忘れ去ったわけではなかったのかもしれない、と感じる出来事が最近あった。

年始に書いたこの記事。
100個なんてすぐ埋まるんじゃないの? ぐらいの軽い気持ちで書き始めたら30個ほど書いたところで手が止まり、結構な時間をかけて100個埋めたのが記憶に新しい記事だ。
その中にこんなものがある。


「073.一度に一万円分の本を買う」


100個埋めるためにうんうん唸って「やりたいこと」を捻出していたその時は意識しなかったけれど。
後になって読み返して「そういえば昔キャリーケースを持って~なんて夢があったなあ」と唐突に思い出し、懐かしい気持ちになったものだった。



昔抱いた無謀な野望は、忘れ去ったのではなく、心の奥底に沈殿してしまっていたんだと思う。
それが今回「100のやりたいこと」の熟考がきっかけとなって舞い上がり、数年を経て久々に視界に入ったんだろう。





本当なら「入る限りめいっぱい」なんて抽象的な表現から「一万円分」という具体的な数字へと変わった事は、現実に即したかたちで実現可能な方向へとブラッシュアップした結果だ、と良い感じに解釈したい。

しかし「一万円」に至った事には理由がある。
たまたま知った「一万円選書」というフレーズがきっかけだった。




岩田徹『一万円選書 北国の小さな本屋が起こした奇跡の物語』

「一万円選書」のフレーズを初めて目にした時の事はもう覚えていない。
ただ字面から何となく「さまざまなジャンルの本をまとめて一万円分」ぐらいのイメージを抱いていた。

今回考えた「100のやりたいこと」をきっかけに、改めて「一万円選書」を調べてみた事で、最近ポプラ新書から発売されたこの本の存在を知った。

読了する中で岩田さんの哲学に触れ、それまで私が抱いていた「さまざまなジャンルの本をまとめて一万円分」のイメージが、厳密には誤っている事も理解した。

当選した希望者が「選書カルテ」を書き、質問に回答する事を通して、自分自身と向き合う。
自分の中にしか無い「答え」を自身で導いていく。
選書にはその過程も含まれている。

岩田さんはその「選書カルテ」を読み込む事で、記入した人とじっくり向き合い、「ここに置いてある本はどれもぜんぶ僕のおすすめですよ」と自信を持って言える店内の品揃えから本を選ぶ。

まだ本人も気づいていないその人なりの「答え」を見出し、それを肯定してくれる本を選ぶんです。その人が望む生き方を肯定し、人生に寄り添ってくれる本を。
読者が「いま何を読みたいか」にもっと耳を傾けて本をおすすめする本屋になりたいと思うようになりました。そうしたオーダーメイドの選書こそ、僕にできることなんじゃないか、と。

本書の帯に寄せられたコメントに「この人のお薦めだから読みたい」とあるけれど、それは必ずしも正確な表現ではないと思う。
確かに柔和さと鋭い知性の双方を持つお人柄がよく伝わる文章だったから、この人が選ぶ本なら、という信頼感を抱く気持ちも分かる。

だけど岩田さんの選書における主役は「本」だ。
前に出過ぎず、応募者と本の縁をつなぐ。
掲載されている実際のやり取りからも、それが伝わってくる。



そんなふうに始めたものの、軌道に乗るまで7年かかったという話にも驚かされた。経営難から本気で閉店を検討して、弁護士に相談するに至った話まで赤裸々に語られている。

「一万円選書」が世間に見つかった事でその苦しさを乗り越える事が出来て、こうして新書のかたちで著者の言葉が届くようになった。
2021年12月発売の本書だけれど「ここ最近はついに、選書の売り上げが店頭の2倍になりました」とのこと。

僕は、一万円選書を全国の書店さんでやりたい人はやってほしいと思っているんです。
(中略)
僕が死ぬまでの一生をかけてもできる数には限りがあるし、選ぶ人によって得意分野も感性も違う。本屋には、児童書が得意な人もいれば、ミステリーが得意な人もいれば、コミックが得意な人もいますから。




元はといえば、自分の「100のやりたいこと」を考えた事きっかけで手にした一冊だった。
でも本当に良い出会いになったと思う。

応募してみたいけれど、現在は非常に狭き門らしい。
なのでまず、年始に自分で書いた「一度に一万円分の本を買う」を実現する事にした。




セルフ一万円選書

素直に「いま読みたい本」を一万円分選ぶ。

あまりにも大きすぎる店舗だと、すべてのフロアを眺めて吟味する事は不可能に近い。だから小規模な書店がいい。
それにせっかくやるなら、好きな書店にお金を使いたい。

というわけで、南池袋にある「新栄堂書店」へ行った。

以前にも記事を書いた事がある、都内の推し書店のうちのひとつだ。

購入した本は下記のとおり。※手に取った順



1.田中知恵『「印象」の心理学 認知バイアスが人の判断をゆがませる』(日本実業出版社)
以前別の書店で見かけて気になっていた一冊。
平積みになっていたところを見かけて迷わず手に取った。



2.山本健人『すばらしい人体 あなたの体をめぐる知的冒険』(ダイヤモンド社)
これも前々から気になっていた一冊。
こんな機会だからこそ気兼ねなく手に取る。



3.エマニュエル・トッド『老人支配国家 日本の危機』(文春新書)
帯の裏表紙側の一行目「コ口ナで「老人」の健康を守るために「現役世代」の活動を犠牲にした」が気になって読んでみようかと。



4.紺野大地・池谷裕二『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』(講談社)
完全にタイトル買い。
神経科医ラマチャンドランの著作大好き人間なので、脳に関する話題はとても興味をそそられる。



5.川崎昌平『重版未来―表現の自由はなぜ失われたのか―』(白泉社)
「みんな失ってから叫ぶのだろう。表現の自由がほしい、と。」……の帯がぶっ刺さった。



6.『建築知識 2020年1月号 世界一美しい本屋の作り方』(株式会社エクスナレッジ)
何気なく『重版未来~』が置いてあった棚の一番上を見た時に視界に入って、これ読みたくて探してたやつ!!!って大喜びした次第。ジュンク堂にも無いからもう諦めてたよ。



7.遠藤周作『海と毒薬』(新潮文庫)
文庫本の棚を見た時に見つけて、そういや「100のやりたいこと」の中にこの本を読む事も入れてたっけ、と思い出して手に取った。



8.萩原慎一郎『歌集 滑走路』(KADOKAWA)
手持ちの本の金額をざっくり計算して「あと千円ちょいだ……」と考えていた時に見つけた、岩田徹さんの著作でも紹介されていた一冊。
金額もぴったりだしこれも縁だろうと。



以上8冊、総額11,092円(税込、袋代別)
税抜価格で一万円を超えたかったのでギリギリクリア。

普段本を買う時は、中をパラ見して文体が難しそうだったら敬遠してしまう事もある。だけど今回は中を一切見ず、書名などの外側の情報から判断した。
(おかげでこれを書きながら中身を覗いて、これ全部読みきれるかな……とどきどきしている本も正直ある)

でも後日談的なその感情も含めて、気兼ねなく「いま読みたい本」を選んで買うという経験だ。
満たされた帰り道だった。
キャリーケースではなく紙袋だったけど。



本は買うだけではなく読んでこそ。
この記事を書き終わったら、スマホの電源も切ってじっくり読む週末にするつもりだ。




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