目が光る⑼

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「さて、どこから話そうかしら。」

天宮は頬杖をついていた左手でコップを取ると、水を一口飲み、二回うなずいてから話しはじめた。

「そうね、とりあえず、ここのことから話そうか。まあ、薄々感じてるかもしれないけど、ここはね、治療院なの。慣用句病専門のね。立派でしょ?全国まわっても一つしかないのよー。だから、みんなここに来るわ。」

そういうことか。彼は納得した。どうりでこんな山奥にもかかわらず、人が多いわけである。ということは、ここにいる人たちはみんな慣用句病なのだろうか。

そう思って彼は周りを見回してみたが、特別変わった人はいないようだった。そういえば、あの少女も別に変わった様子を見せてはいなかったが、一体どうして症状が出ていないのだろう。

彼は疑問に思ったが、質問の封じられていたことを思い出し、何とか口をつぐんだ。

今度は逆に天宮が彼に質問をしてきた。

「そういや、あんたさ、慣用句病のことどこまで知ってんの?」

「坂下先生からお伺いしたのは人の性質が過度になった時、それが慣用句の形として外に現れるということです。」

「ふうん、キンちゃんある程度は話してんのね。まあ、症状の説明としては、ほとんど間違いはないわ。補足するとしたら、原作としてあくまで身体的な慣用句に限るってことね。」

「というと?」

湧き上がる疑問を抑えきれず、つい質問が口から出てしまった。まずい、ここで気分を害されたら。彼は恐る恐る天宮の方を見た。しかし、天宮は別に気にしていないようだった。すると、天宮は彼を見て笑って言った。

「何おびえてんのよ。別にまったく質問するなってことじゃないわ。ちゃんと話を聞いた上での質問なら大歓迎よ。しっかし、ほんと質問しないと落ち着かないのね。これは骨が折れるわ。」

骨が折れるとは何のことか分からなかったが、どうやら然るべき質問は許されるらしい。彼は少し心が楽になったものの、どの質問が琴線に触れるのか掴めずにいたので、念のため質問を抑えておくことに決めた。

水を一口飲んだ後、天宮が続ける。

「そうね、まあ、つまり、今骨が折れるって言ったけど、こういうのは症状として現れやすいってこと。逆に、釘を刺すとか根も葉もないとかそういう身体に関係ないやつは症状として現れないわ。何でか分かる?」

「ええ、そうですね、身体に関わらない慣用句には人間の性質を表すものが少ないからかと。」

彼があまりにあっさりと答えるので、天宮は味気ないように口を尖らせた。

「正解よ。ちぇっ、分かっちゃったらつまんないじゃない。私のすごさが薄まっちゃうでしょ。空気読んでよ。」

「すみません。」

「まっ、つまり、人間の性質を表す慣用句、それも原則身体に関わるものしか症状としては現れないってこと。ここまでいい?」

そう聞かれると反射的に「大丈夫です」と言いたくなるものだが、生憎話を聞いている間に一つの疑問が生まれてしまったので、彼はそれを聞くことにした。

「あ、一つお聞きしたいんですが、他にはどんな症状があるのでしょうか?」

「いい質問じゃない。それよそれ。こう、私のすごさが分かるでしょ?そういう質問なら大歓迎だわ。」

いい質問なら許されるようだ。少し気が楽になる。天宮はすっかり機嫌を直したようで、意気揚々と話しはじめた。

「他の症状はね、いっぱいあるわよ。分かりやすいところで言ったら、ビビリな子だと顎が外れてたり、欲張りな子だと喉から手が出たりしてるわね。そうだ、さっきあんたと話してた子いるでしょ?あの子はねすぐ舌を出すのよ。陰口ばっか言うの。」

「あ、それで、さっき口止めを。」

「そういうこと。ちゃんと口止めしないと、治療にならないから。」

彼はそうだったのかと思うと同時に、天宮を疑っていたのを申し訳なく思った。

「さっきは疑ってすみませんでした。」

「ほんとよ!一回じゃ足りないくらい。もっと謝ってちょうだい。」

天宮は頬杖をつきながら、頬を膨らませたが、別に機嫌を損ねているようではなさそうだった。彼はそのスキにつけ込んで、気になっていたことを聞いてみることにした。

「あの、今治療っておっしゃいましたが、一体どういうことをされるんですか?」

すると、その言葉は彼の思惑とは別に働いた。天宮は眉を潜めたのである。彼にはどうして天宮が質問を嫌がるのかさっぱり分からなかった。それが「骨が折れる」という天宮の評と大きく関わっているということなど、知るよしもなかった。

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