目が光る⑻

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「ちょっと、遅いわよ。ほんと、この私を待たせるなんていい度胸してるじゃない。」

席に着くやいなや、小言が飛んでくる。天宮は腕を組んで、漫画のように頬を膨らませていた。

「すみません、お金を払わないとと思ったんですが、レジが見つからなくて。」

「まったく、真面目すぎるわよ。で?あの子何も言ってないでしょうね?」

天宮は拗ねた様子でそう尋ねた。その口振りには自分の説明不足を悪びれている様子は一切なかった。少し苛つきながら少女の言葉を異様に気にする天宮を見て、彼は不審に思った。そして、先ほど起こった事をそのまま答えるには飽き足らなく感じ、少し挑発してみることにした。

「本当に何も聞いてませんよ。何か聞かれたらまずいことでもあるんですか?」

少しとげのある言い方で、天宮を詰めてみる。

「ないわよそんなの。どこをとっても清廉潔白、この純真の美少女天宮様に隠し事なんかあるわけないでしょ。」

最後の自賛は余計だが、意外にもその言葉は本心のようだった。本当に裏はなさそうである。だとすると、どうして口止めなんてしたのだろうか。彼はその理由を少し考えてみたが、見当がつかなかった。すると、頭の中にあった疑問が一人でに口をついて出た。

「では、どうして注意なんかしたんですか?」

純粋な疑問だったのだが、気に食わなかったのだろうか。天宮は目を瞑り、天を仰いで、ため息をつき、それから呆れた様子で答えた。

「はあー、ほんとあんたは揚げ足をとるような質問ばっかりね。うるさくてかなわない。いい?考えるのはいいことだけどさ、何でもあらを探し始めたらキリがないでしょ。私がちゃんと説明するから、焦らずに聞きなさい。だから、目なんか光るのよ。」

余計なお世話である。なぜこいつはこうもいちいち一言多いのだろう。何もそこまで言わなくてもいいではないか。

彼は天宮の強い語気に多少の苛立ちを覚えたが、しかし、それはその指摘に図星を突かれたからでもあり、彼はそれに対する適切な反論をもっていなかったので、黙るしかなかった。

それでも腹の底で納得することはできなかったため、その行き場のないフラストレーションを、天宮のような絶対的な自信を持つ女への忌避感にすり替えることで、何とか溜飲を下げた。

彼が何も言わずにいるのを見て、天宮は思い出したかのように、「まあいいや、とりあえずご飯食べるわよ。」と食事を促した。彼は少し言い過ぎたとでも思ったのだろうかと、天宮の顔を覗いてみたが、その顔に自分が悪いと思っているような色は少しも出ていなかった。

天宮は「あー、もう冷えちゃった」などと、ぐちぐち独り言のように彼をなじりながら、フォークで乾いたハンバーグを頬張っている。

先ほど釘を刺された手前、質問することが憚れた彼は、それ以外に特に話題を持たなかったので、相変わらず無口のままだった。思えば、今まで質問をしない会話などほとんどしてこなかったかもしれない。

彼はいわゆる雑談がすこぶる苦手なのだった。基本的に答えのない会話は時間の無駄だと思い、目的が遂行され次第、彼はすぐに会話を切り上げてきた。それ故に、今目的へ至るための最短ルートである質問という手段が封じられた彼は、コミュニケーションにおいて赤子よりも無力だった。

「ふうー、ごちそうさま。まあ、少し冷えてたけど、おいしかったわね。」

気がつくと、天宮はもうご飯を食べ終えていた。彼は、まだ半分も残っている眼前のB定食を急いでかき込んだ。

「あら、別にいいわよ、あんたは食べてて。私はお腹空いちゃってたし、ほら、食べながら話すのはねえ。なんかはしたないじゃない?だから、急いで食べたけど、あんたは聞くだけなんだから食べてていいのよ。というか、食べててちょうだい。話してる時なんかに変な質問なんかとんできたらたまったもんじゃないから。」

彼女なりの優しさなのだろうが、それでもどこか人格そのものを詰られているようで気分は良くない。けれども、彼はその言葉に甘えることにした。

天宮はそんな彼の不満を気にかけるでもなく、つまようじで歯の手入れをしながら言った。

「さあ、そろそろ、本題に入りましょうか。」

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