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7665日の物語 14

もし今の世の中で学校でお漏らししてしまったらどうなるだろう。。

イジメに合い、登校拒否になり、引きこもりになり、自殺や無差別殺人も

あり得るのではないだろうか。「そんな大袈裟な!!」と言われるかも

知れないが、本人からしたらそれくらいのショックだと思う。精神状態

が歪んだっておかしくない。でもそれをみんなが辱められることなく、

手際よく片付け、普段と変わらない稽古状態に戻る。だれも「ありがとう」

を求めない。ここなのだ。この「見返りを求めない」という無償の愛情

こそが本当の優しさではないだろうか。

僕の兄弟子が子供達の列に突っ込んだ車の前に出たのも、結果ご遺族や

友人など悲しませることになってしまったが、何より本人は本望だろう。

それに救われた子供たち、その親御さんもだんだんと風化して忘れていく

かもしれないが、「生きている」という時点で幸せだと思う。

また脱線してしまった。。話を戻します。。

僕は間違った正義に走った。それと同じことを彼女は僕にした。土下座

させ、その顔を蹴り上げた。それを勇ましく正しい事だと思い、父親である

師匠に褒めて欲しくて連れて帰った。でも現実はどうだろうか。無抵抗の

人間を蹴った事に対する師匠の怒りは先述したが、鼻が曲がって出血が

ひどく、5~6キロ走るなんて呼吸が続かない。僕も意地で走ったから、

恐らく顔にはチアノーゼ(酸素欠乏症)が出ていたのを師匠は気づいた

のだと思う。それらの「仕返し」ではなく「先輩武術家としての後輩教育」

が、あの『風間君は自分の流派でやればいい』という言葉だったのだろう。

僕は正しき道を身をもって教えた。教え諭した。その結果が

「泣き崩れたお嬢さんと呆然としている準師範の姿」だった。

確かに空手は綺麗だ。でも心が未熟だったのだ。しかも、師匠の土下座の

真意を知ろうとせず僕に挑みかかり、そして負け、自分の世界に浸って

いる。先程まで僕が書いていた「道の精神」でいうならば、何事もなかった

かのように皆が助け合いその中から生まれる絆が人を育むのに、彼らには

それが無かった。『押忍!風間君すまないが、加藤の方はいいから、娘の方

診てやってくれないかな?頼むわ(笑)』この師匠の一言。

「身の程を礼儀を知らない娘に更なる恥をかかせてやってくれ」

ということだ、この人は一般の親ばかよりもたちが悪い(笑)

『押忍!承知致しました!!』そう言うと僕は茜さんの方に歩を進め目の前

で止まり、上から見下ろして言った。『立て。稽古が止まってる。』

師匠は嬉しそうにこちらを見て笑っている。そう、これなのだ!

彼が自分の道場で足りない、補いたいと思っている空気はこれなのだ!

そのことは僕と師匠だけがわかった。茜さんは悔しそうに涙を拭きながら

『わかってるわよ!うるさいなぁ!!』

と僕に言った。

『じゃあ、すぐさま立って移動しろ。稽古の邪魔だ。皆が困ってる』

『だからぁ、わかってるって言ってるでしょ!!』

動けないのは判った。加減はしたものの、剛柔の本気の受けはまるで骨の中

に痛みが走るような感覚で、その痛みはたとえ折れていなくてもそれと同じ

くらいの痛みだ。

『さっさと立て!何回も言わせるな!!!』

僕は腹の底から声を出した。師範クラスの咆哮と同じである。

茜さんはびっくりして肩をこわばらせた。かすかに震えている。

(やれやれ、今まで師範のお嬢さんということでチヤホヤされて甘やかされ

てそだってきたんだな、だから痛みを味わうのも初めてだし、お父さんが

いたから恐怖もなかったわけか。まるで虎の威を借る狐ではないか)

そう考えるとちょっと可哀そうになってきた。今目の前にいるのは

根拠のない負けん気で悔しさに震えていた女の子ではない。

恐怖で少し失禁してしまっているから内股でうずくまったまま立てないで

いる女の子なのだ。僕は道着を脱いで上半身裸の状態になり、それを彼女の

足元に被せるとそのまま包んでヒョイと抱えた。お姫様抱っこを想像して

もらえると判り易いと思う。

『ちょ、ちょっと!あんた触らないで!!何やってるのよ!!』

彼女はヒステリックに怒鳴ったが、それは動けない自分への悔しさと、

失禁してしまった事を悟られて相手から辱めともいえる温情を受けている

事、そしてお姫様抱っこをされたという恥ずかしさだろう。

僕にとってはそんな事は関係ない。師匠は僕に『診てやってくれ』と言った

のだ。それは「これらの事全てを簡潔に片付け、他の門下生の前で恥をかか

せないように頼む」という意味だ。だから僕の取った行動に師匠は終始ニコ

ニコしていた。僕は彼女を抱っこしたまま道場の敷居まで行くと

『押忍!失礼します!!』と一礼して外に出た。

道場の横に彼女の自宅があるのは到着した時に判っていた。判り易く棟続き

で通路があるからだ。でも今日来たばかりの僕がその通路を歩くのはおかし

いのでいったん敷居をまたいで外に出た。彼女の自宅までほんの2~3メート

ル。真っ赤な顔をして子猫の様に震えながら僕の腕に抱かれている彼女の姿

がそこにあった。さっきまでと打って変わって大人しい、むしろ運びやすい

様に身体を預けている。気を利かせて師匠が自宅のお母様に電話をしていた

のだろう。玄関のドアを開けた状態でお母様が待っていらっしゃった。

『娘を運んでいただいてありがとうございます。』そういうと深々とお辞儀

された。『こちらこそ、嫁入り前のお嬢さんをこんな格好で運んでしまって

申し訳ありません。。。』僕は上半身裸だ。

『さあ、どうぞお上がりになってください』『押忍!失礼します。』

玄関にはちゃんと足ふき用の雑巾が用意してあり、僕は茜さんを優しく

玄関に座らせて足を拭いた。拭いている間彼女は黙ったまま僕の顔を

じっと見ていた。拭き終わると再び彼女を抱っこしてお母様について彼女の

部屋まで階段を昇った。彼女の片腕は誰に言われるでもなく僕の首に回って

いる。。。。。どういう心境なのか、読者の方には察して戴きたい。

部屋に着くと彼女をそっとソファに座らせ、お母様に

『押忍!折れてはいませんが今まで感じた事のない痛みだと思います。

アイシングすれば腫れる事無く収まると思います。よろしくお願いします』

と伝え60度のお辞儀をした。

以前お辞儀の角度について触れたが、30度は挨拶・60度は敬礼・90度は

最敬礼なのだ。僕はお母様に敬意の念を持ってお辞儀をした。

ここでお嬢さんが久し振りに口を開いた。

『あ・・・あの・・・上着は・・・』失禁によって濡れてしまっている事が

わかっていたので彼女もそうとしか言えなかったのだろう。

『それは師匠からお借りしたものだから、申し訳ないが洗って師匠にお返し

願えないだろうか。二人相手したら汗でかなり濡れてしまった。こんな事頼

んでごめんな(笑)』彼女は顔を真っ赤にしてコクリと頷いた。

僕は足早に道場に戻り、再び『押忍!!失礼します!!』と敷居をまたい

だ。実は呆然となった準師範が心配だったのだ。。。。


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