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幽霊執事の家カフェ推理 第二話・疑惑のパイ包み1

カフェには、人々を親密にさせる力がある。

ゆったりした時間を共にすることで、初めはぎこちなくても徐々に親近感が生まれていくものだ。

フランスではデートの第一段階は、食事ではなくカフェだというが、理にかなっていると塔子は思う。

デートではないがこの日、塔子は麻美をお気に入りのカフェに連れてきていた。

麻美は塔子の会社に入っている社員食堂のスタッフだ。もともと顔を合わせれば話しこむ親しさだったが、とある事件をきっかけに仲間意識が芽生えた。

麻美も同じように感じてくれているらしく、打ち明け話をよくするようになった。塔子の後輩である柳田佑希への片想いを話してくれたのも(もっとも、塔子はとっくに気づいていたが)、つい最近のことだ。

麻美は人に聞いてもらいたいタイプのようで、何でも素直に塔子に話す。おかげで彼女が勤める社員食堂の人間関係にまで、塔子は詳しくなっていた。

塔子にはあの事件以来、麻美がどことなく沈んでいるように見えた。心配ごとがなくなって気が抜けたのかもしれない。

元気な麻美を知っていただけに気になる。自分にも、そういう悩み方には身に覚えがあったから。

社外の人とはいえ、職場で会う相手と休日も過ごすのは少しハードルがある。が、思いきって誘ってみたら、麻美は二つ返事で喜んだ。

カフェのオーナーは今日も柔らかい笑顔で迎えてくれた。彼女の顔を見ると、塔子はなんとなくほっとする。久しぶりにカフェ・コレットを頼んだ。

カフェ・コレットは定番メニューの一つだ。エスプレッソにお酒を加え、上にホイップクリームを載せた飲み物で、体を温めてくれる。

オーナーが実際にイタリアで気に入ったものを再現したので、味も本格的だった。お酒もグラッパを使っている。

麻美は、カフェラテと一緒にピンツァを注文した。ピンツァは、フルーツケーキに似たベネチアのお菓子で、どっしりと食べごたえがある。

塔子は旅行に行った知人から聞いてたまたま知っていたが、見るのは初めてだった。

そういえばそれを運んできたスタッフも、今まで見たことがない。

てっきり、この店はオーナーだけでやっていると思っていたのだが、さすがに手が回らないのか、スイーツ要員を雇い入れたようだ。

塔子より少し年下だろうか。細身で、力仕事が得意そうには見えない。

草食系を通り越して、植物性といった印象だ。しかしオーナーの目にかなうのだから、きっと腕はいいのだろう。

ミルクチョコレートのような髪色をしたその店員は、ややもったいぶった仕草でピンツァの載ったプレートをテーブルに着地させた。軽く眼鏡を上げる動きも、どことなく執事漫画のキャラクターを思わせる。

それから一瞬、二人にフニャッと笑いかけると、すぐに笑みを消して去っていった。

塔子はあっけにとられてそれを見送った。が、嬉しそうな麻美と目が合って我にかえる。

大きめのプレートに鎮座したピンツァは、見るからに重そうだった。主食代わりに食べる人もいるという。塔子も甘いものは好きな方だが、今日はクリームが入る程度の飲み物がちょうど良い。

イタリア系のカフェは珍しいらしく、麻美は声を弾ませた。

「すごいおいしいし、雰囲気も好き。いいとこ教えてくれてありがとう」

確かにこの街は、チェーン店の影響もあるだろうが、パリ風やシアトル系のカフェが多い。

塔子は微笑んでカフェ・コレットを吸った。誰にでも教えたいわけではないが、お気に入りの場所が好かれるのは、やはり嬉しい。

持ち前の明るさが復活したのか、麻美はいつものようにいろいろな話題を出すようになっていた。

「鈴森さんて、ほらあの、うちの会社にシロップとか届けてくれる人ね。あの人もカフェやってるみたいよ」

「え、そうなの?」

鈴森大志との初対面を思い起こし、塔子はついキョトンとしてしまった。

人こそ良さそうだったが、あの元ヤンキーですと言わんばかりの雰囲気と、カフェという言葉がつながらない。

麻美も同じだったらしく、塔子の顔を見てわかるよ、というように笑った。

「カフェ・ハニービーってとこなんだけど、スイーツおいしくて、けっこう人気あるみたい」

ますます意外だ。大志がお菓子作り。

想像して、すぐに塔子の脳内から図が消えた。

「へえ・・・すごいね。今度一緒に行ってみよっか」

塔子は再度イメージを膨らますかわりに、麻美に笑いかけた。

麻美は頷いて、

「色々取り入れてるのが邪道だ、って老舗のお店には睨まれてるみたいなんだけど。鈴森さんはそんなの気にしないしね」

「え、そんなことあるんだ」

反応してから、考えてみれば確かにそれは容易に想像できた。ついでに言いそうな店も浮かんだ。

このあたりは、古くから営業している高級食品の専門店が多い。メイプルシロップ専門店もあるし、ハチミツの専門店もあった。塔子がときどき行くチーズショップも、カマンベールはノルマンディの決まったところから仕入れていると聞いたことがある。

塔子もそういうこだわりの店は好きだが、色々なスタイルの店があっていいと思う。

他者の生き方を否定するのも、他者に生き方を否定されるのも、嫌だ。

ふと、塔子は麻美が急に静かになったことに気づいた。彼女の視線を追うと、カウンター席にいるカップルが目に入った。仲睦まじく肩を寄せ合ってメニューを見ている。

「・・・いいな」

麻美がぽつりと言った。塔子は目で微笑むと、カフェ・コレットを一口飲んだ。クリームは載っていたが、底が近づくとエスプレッソらしい濃厚さ が残る。

麻美はテーブルに肘をつき、不思議そうに塔子を見た。

「うらやましくない?」

「うーん・・・いや、特に」

自然と答えが口をついて出た。強がっているわけでも、嫉妬しているわけでもない。他人にはわかってもらえないことも多いが、本当にうらやましいとまでは感じないのだ。

見かけるカップルをすてきだなと思うことはある。だが自分ごととしては、すとんと落ちていかない。

麻美は、そっかあとだけ言って、またピンツァに取りかかった。女性同士でこういう話をして共感できないと、とたんに心の距離を感じることがある。が、彼女とはそういうことがないので話しやすい。

麻美はおいしそうにピンツァを食べ終えると、ふう、と小さく息をついた。

「やっぱりこういうカフェでデートしてみたいなあ。私なんて、社員食堂で話すのが精一杯だもん」

持ち上げたカップに鼻まで隠れる仕草を見て、塔子は素直に可愛いなと思った。

・・・この人はそんなに勉強はできなくても、そのままで親から愛されていたのかもしれない。

自分には縁のなかった領域だ。

底に残ったカフェ・コレットが、いつもより苦く感じられた。 

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