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幽霊執事の家カフェ推理 第五話・逃亡のバーチ・ディ・ダーマ7(最終話)

年明けをだいぶ過ぎてから、塔子は麻美や大志、イヴと一緒に江美里のカフェを訪れた。江美里たちも忙しさがひと段落したタイミングらしく、遅めの新年を祝うお茶会に招いてくれたのだ。

オーナーからのプレゼントとして、全員にガレット・デ・ロワがサービスされた。ガレット・デ・ロワは、シンプルなアーモンドクリームが香ばしいパイで、フランスでは年始に欠かせないお菓子だ。

中に一つだけフェーブという小さな陶器の人形が仕込まれていて、当たった人は王様として一年、祝福があるという。

この店がたまに出すフランスのスイーツは、江美里の領域だ。

彼女は、今日は新年だからあなたも座ってと倫巳に言った。倫巳はいつものようにフニャッと笑うと、さっそく猫足の椅子に脚を組んで腰かけた。

「せっかくだから皆でやりましょう。今年の王様は誰?」

大人数用だから、ガレット・デ・ロワは特大サイズだった。江美里が切り分けたパイが配られると、全員で一斉にフォークを入れた。

声を上げたのは大志だった。が、入っていたのは彼のパイではなかった。

「イヴ、それそうだぞ」

ケーキの中のおもちゃを不思議そうに眺めているイヴに、大志はフォークで出してやった。

イヴは首をかしげながら、テディベアの形をしたフェーブをつまんだ。

「おめでとう!今年の王様はあなたね」

江美里がイヴに王冠をかぶせると、誰からともなく拍手が起こった。

麻美は嬉しそうに写真を撮った。シャンパンを開ける音とともにクラッカーが鳴らされ、イヴは目をつぶった。

「はい」

江美里は、一輪の赤いバラをイヴに手渡した。イヴは首を傾けたままじっとそれを見つめた。

「良かったな、イヴ」

大志が彼をのぞき込むと、イヴは頷いた。

「きふじんのバラです」

「へ?そうなのか?」

さっぱりわからないといった様子で大志はポカンとした。

「ある意味正解。ガレット・デ・ロワは、愛の告白に使うこともあるのよ」

と江美里は微笑んだ。

「へえ・・・じゃあイヴ、一番きれいだと思った女性に渡せよ」

面白がって大志は言った。

「ほら、お前が貴婦人だと思う人に渡してみ」

イヴはバラを手に立ち上がった。

「選ばれたら玉の輿だね」

と、麻美は笑った。

イヴには迷う様子はなかった。トコトコと進んでいく。

その足は、長い手足を伸ばして座る倫巳の前で止まった。

倫巳が、訝しげに眉を上げる。

「え?え?」

麻美は意味がわからず、何か訊きたそうに周りを見た。無理もない。

塔子も、声を聞くまではわからなかった。それほど倫巳の戦闘服は完璧だ。

だが、イヴは常に真実を見ている。

あの素晴らしいマーメイドを描きあげる力でわかるのだろう。男装を解き、ドレスアップした倫巳がどんなに美しいか。

バラを差し出された倫巳は戸惑い、細い指で眼鏡を上げた。

「君・・・待ちたまえ」

大きな垂れ目が、イヴを映す。

イヴはバラを倫巳の顔の高さまで上げた。その顔が赤く染まっているのかは、塔子からは見えない。

イヴは、いつもの透明な声で倫巳に言葉を紡いだ。

「あなたにあげます。きれいです」

それは今まで倫巳が浴びせられてきた、所有欲の潜んだ褒め言葉とはまったく異なっていた。

彼女は、やれやれと頭を振ったあと、もう何も言わずにバラを受け取った。

それから、イヴにフニャッと笑いかけた。


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