ユニーク美容院

   1

 ここはユニーク美容院。アタシはここの店主、明美(あけみ)。隣でチョキチョキとお客さんの髪の毛を切っている天然パーマの男はアタシの旦那、宏明(ひろあき)。そんな夫婦二人で切り盛りするここユニーク美容院では、ほぼ毎日ユニークなことが起こる。
 店を開いて十五年、アタシたちももう四十五。そろそろ刺激の少ない普通の生活を送りたいんだけど、神様はそれを許してはくれないの。だってここはそう、何を隠そうユニーク美容院だから!

 ほら、また旦那がお客さんと揉めている。

「お前これ見てみぃ!耳から血ぃ出とるがな!どないしてくれとんねん!」
「ちぃーっとかすっただけだろうが!血なんて全然出てないだろうが!大袈裟なんだよこのチキンやろう!」
「なんやとわれぇ!それがお客様に対する態度かわれぇ!ドタマかち割るぞわれぇ!」
「われわれウルセーんだよ!ボキャブラリー少ないんかわれぇ!」
 いやお前もわれぇ使っとるやないかい。とアタシはツッコんだ。心の中で。
「止めなさい、お二人とも」
 急にアタシの担当していたお客さんが声を発した。
「なんやおっさん?」
 アタシも思った。
「私は、催眠術師です」
「はぁ?」
 アタシも怪訝な顔をした。心の中で。
「今から私があなたに催眠術をかけ、そして見事にお二人を仲直りさせて魅せましょう!」
「やれるもんならやってみぃわれぇ!」
 何だかおかしなことになってきた。
「それでは、いきます。あなたは今からゲイになりそしてこの美容師さんの顔がとてもタイプだからついつい許しちゃう!えーい!」
 なんだそれー!絶対にかかるわけなーい!設定がめちゃくちゃー!許しちゃうえーい!ってなんだー!ずいぶんフランクだなー!あーこれ殴られるぞー……。
「……はっ、いやん、イケメン。好き。チューして。そしたら、許すわ♡」
 かかったー!嘘でしょー?!どうすんのー?!旦那どうすんのー?!
「お、俺もキミのこと、か、可愛いと、思ってたよ(照)」
 乗ったー!設定に乗っかったー!うわー!頑張ったー!
「それじゃあ、チュ~……」
「チュ~……」
 うあ……結構、ディープ……。
「いやぁ~ありがとうございましたぁ。おかげで助かりましたよぉ」
 旦那が催眠術師に頭を下げる。あの濃厚なキスの後、あの客は何事もなかったかのように帰って行った。金も払わず帰って行った。まぁそこは暴力沙汰にならなかっただけマシだと思い、良しとすることにした。
「私の手に掛かればあれくらい容易いことですよ」
 術師は誇らしげに鼻を鳴らす。
「一体あなたは何者なんですか?」
「私は、ニートです」
「えっ?」
「病院ですよね?!早く助けてください!」
 ニートの件を遮るように若い血塗れの男が店内に押し入ってきた。
「えっ?いやっ、違います違います!ここは美容院です!」
「さっきそこで変なゲイの男に腹を刺されたんです!助けてください!」
 こっちの話を全く聞いていない。それにゲイの男とはまさか……。
「分かりました。今すぐ救急車を呼ぶんで待っていてください」
 旦那がすぐさま電話をかけようとする。しかし、何故かそこで催眠術師がそれをやめさせた。
「この男にはここで死んでもらいます」
 は?!何を勝手な!
「お、お前は、まさか……」
 なになになに?!
「そうだ、ようやく思い出したようだな!俺はあの時のニートだ!」
 えっ?
「くそぉ、よくこのフリーターである俺の居場所を突き止めたなぁ!」
 ふぇっ?
「はっはっはっはっはぁー!これは全て私が仕組んだ罠だったのだよぉー!この近辺でお前を見つけてからの五ヶ月と十二日三十分五秒くらいの間ぁ~、私はニート特有の時間が有り余っているこの状況を利用してぇ~、この素晴らしき催眠術を取得したのだぁー!そしてぇ~、お前を殺す為に今か今かとこの時を待っていたのだぁよぉー!」
 語尾伸ばすのウゼー!
「くーそ!おのーれ!よくーも!だがしーかし、俺もこの五ヶ月~のあい~だ、何もせずただシフ~トと戦っていた訳~じゃないーぜ!喰ーらえ!デースビムー!」
 変なとこの伸ばし棒ウゼー!
「うわあああああああぁー!」
 ビームでたー!ホントにビームでたー!スゲー!コイツら何者ー?!
「あなたたちは、一体?!」
 二人は同時に答えた。
「ニートです」
「フリーターです」
「……あっ、そうですか」
 その後二人は、近所の人の通報で駆けつけた警察感漂う人たちによってすぐに逮捕された。
「……何だったんだろうな?」
 旦那が床をホウキで掃きながら聞いてきた。
「……何だったんだろうね」
 アタシに聞かれても分かる訳がない。
「ニートとフリーターは時間があるから特殊能力を身に付けられますよってことかな」
「うん、じゃあ、そういうことで」
 どっと疲れた。時刻はまだ11時16分。今日はもう何も起こらないでくれと願った。
「こんにちはー」
 願いは儚くも無残に散った。
「いらっしゃいませ~」
 あーせめて普通のお客さんであってくれ。お願いします、神様!
「痒い所はございませんか~?」
 そんなアタシの願いが通じたのか、何事もなく最後のシャンプーの手順までやってきた。
「うしっ!」
「えっ?」
 ついつい心の声が洩れてしまった。
「あっ、何でもありません。失礼しましたぁ~」
 頑張れ、旦那。アンタのシャンプーが何事もなく終われば、そのまま気持ちの良いブランチタイムへと突入できる。
「シャカシャカシャカシャカ……ああ、どうしよう、シャンプーの泡立ちが悪い。というか全く泡立たない。どうしよう。どうしよう……」
 声が漏れてるぞ、旦那。
「そうです、私が釈迦です」
 え?
「すみません、息子の話はタブーなんですよ」
 え?
「タブーってなんですかぁ?あっ、お子さんのお名前ですか!珍しいですねぇ」
 え?
「私たちの息子は盲腸で死んだんだ!盲腸が全身に転移していたんだ!」
 え?
「名前は男の子だったらしゅんじかゆきひろで迷ってて女の子だったらあゆみかりさにしようと思ってるんですよぉ」
 は?え?
「ハエダァ!」
「ハエカァ!」

 見つかってしまった。
 今日はこの辺でドロンしよう。
 ブゥーン。

 もういっそのこと私はハエになりたい。と思う今日この頃です。


   2

「そんな私の父は頭皮の薄くなり方も情けないのです。その薄くなり方で人としての浅はかさが見え隠れします。しかし、そうさせてしまったのも僕が生まれ苦労をかけてきてしまったせいだと思うので僕は日々存在を反省し続けています」
 いやいきなりの会話を「そんな」で始めるな。さそり座の女か。怖いなぁ。ってかお前もハゲとるやないかい。めちゃくちゃ情けないハゲ方しとるやないかい。
「へぇ~そうなんですかぁ~大変ですねぇ~」

 人の心は裏腹である。

 そんな、こんなで、今日もここユニーク美容院には様々なお客さんが訪れる。何故だか結構人気店。たまには閑古鳥が鳴くところを見てみたいものだ。
 カランコロンカラン。
「いらっしゃいませぇ~」
 小さな鳥を肩に乗せた男が入ってきた。
「今日はどうなされますかぁ?」
 ……か、閑古鳥か?!これがあの閑古鳥なのか?!いやしかしお客さんを連れてきている時点で閑古鳥ではないか……。うーん、気になって全く集中できない。
「その鳥、閑古鳥だったりしてぇ。はははははぁ~」
 おい旦那!なんてこと聞くんだ!ありがとう!グッジョブ!
「はい?あぁ、この子ですか?この子はウサギのぴょんちゃんって言うんですよぉ。可愛いでしょう?平昌オリンピックの翌年に出会ったんですよぉ。運命だなぁ~と思ってそれでねぇ……坊主にしてください」
「かしこまりましたぁ~」
 ただの風変わりなおじさんだった。頑張れ、旦那。チャチャッとバリカンで刈り上げてさっさと帰しちゃってくれ。
「坊主にしてくれなんてなんて贅沢な髪型のオーダーだぁ!俺はこんなにも情けないハゲ方だから坊主やスポーツ刈りなんて贅沢の極みなんだぞぉ!短くするならハゲを隠す為にスキンヘッド君にするしかないんだぞぉ!どうしてくれるんだ!ルンバ?そんなお掃除ロボットに掃除を任せるなんてなんて贅沢なんだ!掃除くらい自分でやれぇ!ヤァーレンソーランソーランソーランソーランソーランハイハイ!!!」
「お、おぉ客様お客様、お、おぉ静かにお願いできますかぁ?」
 焦った。めちゃくちゃ喋るじゃないかこの人。講談師ばりに喋るじゃないか。政治家ばりにどうでもいいことをペチャクチャペチャクチャと喋るじゃないか。
「おいあんたペチャクチャペチャクチャうるさいんだよ!ぴょんちゃんがびっくりしちゃったじゃないの!」
「ペチャクチャペチャクチャってなんだよオノマトペっておもしれぇー!!!」
 うるせぇー!!!こいつらうるせー!!!こいつらぜってぇ友達いねぇー!!!
「オノマトペってなんでしたっけ?小野妹子とクレオパトラッシュのミックス犬みたいなアレでしたっけ?」
 男って、馬鹿。
 しかし、そんな旦那の発言が功を奏したのか、その発言に何故だか二人共がドン引きし黙り込みその後何事もなかったかのように全工程を終え文字通りおとなしく店を去っていった。
「いやぁ~今日は平和だなぁ~」
 いやどこがだよ!とツッコミたいところだがこれがあながち間違っていないのだから恐ろしい。
「確かにあの二人はただただよく喋るだけのお客さんだったからねぇ~」
 私たちはもう完璧に麻痺しているのだ。
「ウィーン」
 自動ドアの音真似と動作をしながらお客さんが入ってきた。うちは昔ながらのカランコラン扉なのに。
「いらっしゃいませぇ~」
 普通のお客さんでありますように。
「ウィーン合唱団の上段左奥にいるような男の子ヘアにしてください」
 うーん、まだ変な客かは判断しづらい。と言うかなんだその髪型。
「かしこまりましたぁ~」
 よくかしこまれたな旦那!今ので分かったのか旦那?! 
「で、それはどんなんですかぁ?」
 分かってなかったぁー!テキトーだったぁー!これ下手したら怒られるぞこれ!
「アッシュマッシュな感じですよぉ!もぉ!プンプン!」
 シンプルに気持ちが悪い。シンプルに気持ちが悪い。続けて二回も言ってしまうくらいシンプルに気持ちが悪い。あ、三回目。まぁそのくらいシンプルに気持ちが悪い。あ、四回目。ヤバい、キリがない。ってかアッシュマッシュな感じってなんだぁ!?
「かっしこまりましたぁ~」
 本当か?!本当なのか旦那?!なんで”か”のあとちっちゃい”つ”を足した?テキトーか?!テキトーな空返事なのか?!
「ホームアローンの子役みたいなってことですよね?」
 え?!なんかちょっと違くないか?!大丈夫か?!旦那!
「あ、全然違います」
 ほらー!!!
「シックスセンスの子役みたいなってことです」
 ホラー!!!
「かっしこまりぃ!!!」
 ほぼほぼおんなじだろうあの二人の感じって。全然違くはなかったろうよ。こだわりがすごいなこだわりが。
「僕、こだわりが強いんですよぉ~」
 自覚症状、アリ。そこは、偉い。
「確かに今の髪型もとっても個性的ですもんねぇ~それは誰を意識されてるんですかぁ?」
「これはもちろん弥生時代の人々ですよぉ~」
「あぁ、確かにそうですねぇはははははぁ~」
 愛想をもっと増やせ旦那愛想を。
「愛想笑い下手ですねぇ~よし、もういいや!五厘刈りにしてください!」
 え?!なんで!?ぶっ飛んでるぶっ飛んでる。
「かしこまりましたぁ~」
 もうめんどくさくなっとるやないかい。受け入れすぎるのも良くないぞ、旦那。
 カランコロンカラン。
「明美さん!絶倫寺の住職さんが亡くなったって!」
 死の予兆って、ホントにあるんだね。


   3

 住職さんのお葬式の後、アタシたち夫婦は住職さんとの思い出に浸っていた。
「住職さんもう来ないのかぁ……寂しくなるよなぁ……」
「そうねぇ……」
 そう、何を隠そう絶倫寺の住職さんはここ、ユニーク美容院のお得意様だったのだ。
「毎週のようにあの頭と顔を剃ってたからなんだかなぁ……」
 カランコロンカラン。
「あ、すみません今ちょっとやってなぃ……住職さん?!」
 冷たい夜風が背筋を撫でた。
「今日も頭と顔を剃ってくだされ」
 普通に怖い。普通に足がない。普通にJust a 幽霊。
「住職さぁ~ん寂しかったですよぉ~さっ、どうぞどうぞ」
 ゾゾゾゾゾ。おい旦那、マジなのか?
「いやぁ~最近夜でも蒸し暑いですねぇ~」
「そうだねぇ。まぁでもウチはお寺でお墓もいっぱいあるから他よりは涼しいかもしれないねぇ。がっはっはっはっはぁ」
 いやモノホン幽霊が言う幽霊ジョークは笑えないよ!それは狙ってるんですか?!自覚症状アリですか?!確信犯ですか?!
「ハハハハハ。確かにそうですねぇ~今度肝試しに行かせてもらいますよ」
 お前はどんな気持ちなんだい、旦那。
「なぁ?明美?」
「あ、え、あ、そうですねぇ~是非~」
 頼むからこっちに話を振らないでくれ。
「肝試しなどというそんな死者を侮辱するような行為、私は決して許しませんぞぉ!」
 えぇ?!
「なんてな。がっはっはっはっはぁ」
 幽霊ジョークが仕上がり過ぎている。
「いやぁビックリしたなぁ~でもさすが住職、迫力が違いました迫力が」
「はっはっは!これでも70年は生きてるからのぉ」
 いや死んでるよ!
「まぁでも確かに肝試しは不謹慎なのでやめときます。四十過ぎた大人がやることではないですし」
 確かに、痛い。
「まぁいつでも遊びに来てくだされ」
「はい、それは是非」
「あそこの上り坂はキツイですけど頑張ってくだされ」
「確かのあの急に現れる急な急坂はきゅちゅいキツイですよねぇ」
 韻踏もうとして噛むな、旦那。
「がっはっは!その急坂のおかげで鍛えられたわしはこんなにもピンピンしておるよ」
 仕上げてきとんな、コイツ。
「いやぁでもあの坂は事故が多くてのぉ……あそこでなくなった人がウチの墓に来るとなんとも言えない気持ちになるんじゃよ……」
「それはなんとも……」
 あれ?確か住職の死因って……。
「わしもこの間あの坂の途中で立ち止まって休憩をしていると後ろからドーンと……」
 …………。
「あわし死んどる?!もしかして幽霊になっとる?!あ足ないねこれ死んどるねそっかそっかごめんねぇなんか怖かったでしょう申し訳ないねぇ今までありがとねぇ~」
 シュッ。
 ろうそくの炎が消えるように住職さんは跡形もなく消えた。
「……怖かったぁーーーーー!!!!!」
「……怖かったぁーーーーー!!!!!」
 二人は同時に叫んだ。
「いやアンタかなり普通に接してたじゃん!」
「いやいや祟られてもアレだから無理した頑張ったのよ!もう足ガクガクブルブルよ!まぁ俺、足、ないんですけどね」
「えっ?」
 冷たい夜風が背筋を撫でた。
「ギャァーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

 今日もそんな素敵な夢でアタシは目覚めた。

 さぁーて、ユニークな一日の幕開けだぁ!


   4

 カランコロンカラン。
「いらっしゃいませぇ~」
 変わったコロンの香りと共に颯爽と一人の若い風のマダムが入ってきた。
「ご来店ありがとうございます。初めましてですよね?よろしくお願いします」
 いわゆる美魔女というやーつだ。
「ユニークな店名に惹かれて入ってきてしまいましたわ。おほほほほ。あ、私は全然ユニークではないので期待しないでくださいね。おほほほほ」
 いや「おほほほほ」って笑い方はだいぶユニークだぞ。
「そうなんですねぇ~ありがとうございますぅ~それで今日はどうなさいますかぁ~?」
「おほほほほ。今度美魔女コンテストがあるので色々と整えてくださいます?おほほほほ」
「おほほほほ」で挟んできた。ってかガチの美魔女だった。
「かしこまりましたぁ~」
「あ、後、お肌とかも整えてもらえるのならば整えて欲しいんでございますざますけれどもよろしゅうございますかぁ~?」
 マダム口調やりすぎだぞ、美魔女。無理するな、美魔女。
「あ、パックとか簡単なオイルトリートメントならできますよぉ~」
「じゃあお願いしますぅ~お肌は美魔女の命なのでぇ~おほほほほぉ~」
 確かに綺麗な肌をしている。思わずお頬をほいってしたくなる。
「その美肌をキープする為に普段から何か気を付けていることってあるんですかぁ?」
「そうでございますねぇ~特にこれと言ってしていることはないんでござりまするけれども強いて言えばフリンですかしらねぇ~」
 へ?
「え?ふりんってあの不倫ですか?」
「えぇ、そうでございますことよ。なんだかんだ言っても女性にとって殿方と交わることが何よりもの美容法ですのよ。おほほほほ」
 美魔女とはクズの総称なのかもしれないなとアタシは思った。いや、本当の愛を知れない哀しき存在か……いずれにせよアタシは勝ったと思った。旦那とはご無沙汰だけど。さっきまで少なからず抱いていた劣等感はどこへやら、アタシは誇らしげな態度でその美魔女に接することができるようになった。
「へぇ~羨ましいなぁ~」
「誰か殿方を紹介致しましょうか?おほほほほ」
 殿方って呼ぶのやめてくれ。イライラ通り越してワロけてくる。アンタは大奥の生まれ変わりか。花魁の子孫か。
「そうですねぇ~機会がありましたら是非~」
 ふと、思った。ここでこの美魔女を丸坊主にしたらどうなるのだろうか?発狂して暴れ回るだろうか?「訴えてやる!」と喚き立てるだろうか?それともハサミを持ちアタシを殺しにかかるだろうか?果たして一体どうなるのだろうか?もう気になって気になっていてもたってもいられない!
 気付くとアタシはバリカンを手に持ち満面の笑みを浮かべていた。
「しっつれぇいしまぁ~す」
 ウィーン!
「なっ、何をするんでござりまするじゃぁーーーーーーー!!!!!!!!!」
 もうその言葉遣いはお侍ではないか。もういっそのことお侍ヘアにしてやろうか。
「絶対綺麗にして魅せるんでお任せください!絶対美魔女コンテスト優勝させて魅せるんでお任せください!」
「ゆ、優勝?!ほ、本当ですかぁ?!それじゃあ、おまかせしまぁす」 
 アタシは渾身の力を込めその美魔女を9mm坊主に仕立てた。彼女は泣いていた。それが嬉し涙だったのか悲し涙だったのかはアタシには分からなかった。しかし、アタシは言いようのない爽快感に苛まれていた。アタシはそれだけで満足だった。
「ありがとうございましたぁ~」
 彼女は何も言わずに帰って行った。

数日後、その美魔女がまたウチにやってきて勢いよくカランコロン扉を開け威勢の良い声でこう言った。

「優勝しましたぁ!ありがとうございましたぁ!」

 言葉使いが治って良かったね。


   5

 気怠い電車を降り改札を出ると、長い階段を辛そうに降りるお婆さんが目に入った。
 助けようかどうか迷っていると、若いイケメン風のお兄さんが手を差し伸べた。
 素敵だなぁと思ったアタシは、二人が階段の下まで辿り着き別れるのを確認すると、勇気を出して話しかけてみることにした。
「あの、おばあさんのことを助けていてスゴいなぁと思いました」
「え、あ、ありがと。じゃあ、ヤらせて」
「え?」
「あ、俺、SEX中毒なんよ。プラスアルコール依存。だから、ね?」
 誰にでも二面性があるということを学んだ。もちろん、ヤった。公衆トイレで、人生経験の為に、ヤった。アタシもまだ若かった。
「それじゃあ、また」
「はい」
 連絡先も何も聞かないところがまたカッコいい。慣れているなと思った。

 それがアタシと旦那との出会い。という訳ではない。では何故こんな話を思い出したかというと、この時に通っていた美容専門学校の同窓会の招待状が届いたからだ。

「どぉしよっかなぁ~」
 アタシは迷っていた。
「いやルンルンやないか髪の毛クルンクルンしとるやないか!」
 そう旦那に言われてハッとした。口にする言葉と行動が必ずしも一致するとは限らない。
「行っても、いい?」
「うん、もちのろんだよ」
 古い。
「でもなぁ~久しぶり過ぎるしなぁ~年取ったしなぁ~」
「まぁ、確かにな」
 おい。
「でも可愛い老け方よ」
 ん?ありがとう?
「それは喜んでいいのかな?」
「もちのろんだぜベイベェ」
 なんだかキャラが崩壊している。本当は行って欲しくないのだろうか?不安の裏返しなのだろうか?
「本当は行って欲しくなかったりして?」
「い、いやいやいやいやいや、いやいや、いや、うん、まぁ、うん、本当はね」
 可愛い。
「まぁでも良いってたまには楽しんでおいでよパァーっと羽伸ばしておいでよ!」
 無理してるところも可愛い。
「そうね、じゃあ、行ってく…」
 カランコロンカラン。
 なんというタイミングの良さいや悪さ。
「いらっしゃいませぇ~」
 同い年くらいの男性が入ってきた。
「よ、明美、久しぶり」
 えっ?
「えっ?」
「俺だよ俺、オレオレ、覚えてない?」
 対面式オレオレ詐欺か。
「えっとぉ…」
「ヒント、専門学校」
 クイズ形式ウェェ~。でも割と男前。誰だっけなぁ…。
「アダ名はキムタク」
 はい?
「はい?」
「ヒント、名前は木村琢磨」
 いやもう答えやん。ってかマジで誰だっけ。名前聞いてもピンとこないわ。
「御、ごめん、ホント分かんないわ……」
「……そっか、じゃあ、まぁ、うん、髪の毛切ってください。その間に思い出すかもしれないし」
 気まずい空気が流れる。思い出せ、アタシ。頑張れ、アタシ。
「……同じクラスだった?」
 満を辞して質問をしてみた。
「いや、でも同じ授業に何度か」
「そっかぁ……もちろん同じ学年だよね?」
「それはもちろん」
「だよね……誰と仲良かった?」
「うーん豚饅とか」
「あぁ~……」
 誰だい!

 アタシは同窓会に行くのを即刻やめた。


   6

 今日は旦那の誕生日だ。
「い、いらっしゃいませぇ~き、今日はどうなさいますかぁ……?」
 しかし、そんな日に限って、悪魔がやってきてしまった。
「ここの触覚のところを整えてくれ」
「か、かしこまりましたぁ~」
 そう、悪魔とは比喩的表現ではない。文字通りの、悪魔だ。あの、悪魔が、客として、やってきたのだ……怖すぎる!
「そ、それじゃあまずシャンプーしていきますねぇ~」
 頑張れ、旦那。誕生日だし変わってあげたいのは山々だが流石に怖すぎますゴメンなさい喰われないように気をつけてくださいホントに祈りますんではい。
「熱くないですかぁ~?」
「なにぃ?!私は悪魔だぞ!灼熱の炎でさえも私を焼き払うことなどできないのダァ!っはっはっはっはっはっはぁー!」
 これは先が思いやられる。あんまり話し掛けんな、旦那。
「そうですよねぇ~しっつれいしましたぁ~」
「分かれば宜しい。もしもお主が分からず屋であった場合生贄にしてしまおうとも思ったが物分かりが良くて気に入ったぞ!グワァッハッハっはっはっはっはぁー!」
 まさに一つのミスが命取り。素直に誠実に頑張れ、旦那。
「痒いところはございませんかぁ?」
「はっはっは!そんなのあるに決まっておろう!この世にはむず痒いとこばかりだ!!!非常に悪魔が生きにくくて困る!!!下らぬルールや規制が多すぎるゾォぉぉぉ!!!」
 まぁそれは、一理ある。っていやいやいや何の話しとんねん。
「確かにそれは一理ありますねぇ~って何の話しとんねん!」
 お、おいおいおい!ダメだろ!それは!恐怖でおかしくなったか!旦那!喰われるぞ!旦那!
「ハッはっはっはっはぁあー!悪くないぞ、お主」
 まさかの反応ー!大御所芸能人が若手に突っ込まれて喜ぶパターンかぁー!
「それじゃあ流していきますねぇ~」
「流すときは冷水にしてくれ」
「あ、かしこまりました!そうですよね、冷酷な悪魔さんには冷水ですよね!」
「殺すぞ」
「!!!」
 調子に乗りすぎたぁー!!!終わったぁー!!!
「冗談だ」
 ほっ。いやいやいや笑えないからマジでやめてくれよブラック悪魔ジョークは!
「いやぁ焦りましたよぉ~漏らしそうになりましたよぉ~」
「ハハハハハぁー!漏らしてたらお主を糞尿地獄へと送り込んでいたところだよ!ハハハハハぁー!」
 糞尿地獄ってなにぃー?!行きたくなさすぎる!うん、普段の行いを良くしよう。
「危ねぇ~そんな地獄イヤすぎますよぉ~」
「シカシネ、その地獄で罪を洗い流した者は来世で幸福になれるのだよ。そう考えると、良くはないかい?」
 うーん、どっこいどっこい。
「まぁ確かにそう考えればそうかもしれませんねぇ~」
「お主は今、幸せだろう?」
「え?あ、まぁ、そうですねぇ」
「あの地獄を耐えれるものは中々いないのだがお主は良く耐えた」
 へ?
「え?僕がですか?」
「あぁ、正確にはお主になる前のシリアルキラーだがね」
 マジか。
「そ、そうなんですかぁ……」
「あぁ、あやつはハサミなどの鋭利な刃物を使い何人もの人々を殺したイカれた輩だったのだが糞尿地獄により生まれ変わらせ凶器であったハサミなどの刃物で人々を幸せにする美容師という素晴らしき人間に私が生まれ変わらせたのだよ。そう、それが、お主という訳だ」
 おいおいマジかよホントかよ。
「そ、それはどうも、ありがとうございます……」
「いやいや、礼を言うのは私の方だ。よくぞ立派に育ってくれた!よくぞ多くの人々を幸せにしてくれた!地獄を経た後も道を踏み外す輩が多い中お主はよくぞ幸せな人生を歩んでくれた!有り難う!君のおかげで私は出世できたのだよ!久しぶりに妻を抱けたのだよ!本当に感謝しておるぞ!誕生日おめでとう!!!」

 シュッ。

 そう言って悪魔は消えた。
 
「…………」
「……………………うん、まぁ、はい、誕生日、おめでとう」
「あ、うん、そうだね。ってかこちらこそ、いつも幸せをありがとう」
「え、あ、うん、いえいえ。これからも、よろしくね」
「はい」
「うん」

 その後のことを聞くのは、野暮ですよ。


   7

 私は宏明、ユニーク美容院店主の天然パーマ宏明。まぁ店主とは名ばかりで実際に店を切り盛りしてくれているのは妻の明美ですが……。本当に妻には頭が下がります。感謝してもし切れません。

 そんな妻、明美は元元元ギャルだった。いわゆるコギャルだった。私はギャルが鬼好きだった。
 私が下積みとして働いていた美容室に三年後輩として入ってきたのが妻明美コギャルだ。
 私は初めて一目惚れというものを経験した。敬虔なクリスチャンでもミドルネームがクリスちゃんでもなんでもなかった私だがその素晴らしき出会いにはアーメンオーメン神に感謝したものだ。
 しかも私は妻の教育係に任命され「オージーザス!!!オットットオーザック!!!」と心の中で何回叫んだか分からない。
 しかし、私たちはすぐに恋仲になったという訳ではない。何故なら明美は店長に恋をしていたからだ。店長はギャル男風お兄さん、私は天然パーマ若造。全く歯が立たないことは一目瞭然だった。
 しかし、私は諦めなかった。妻と接点を多く持てるのは教育係である私の方だし歳の近さもこちらに有利だと判断したからだ。
 その日から天然パーマ若造”宏明”の猛アプローチが始まった。
「明美ちゅわぁ~ん今日もかわうぃ~ねぇ~ギャルメイクバッチリ決まってるねぇ~良いオイニ~だねぇ~」
 私は嫌われた。何故だか分からないが私は嫌われた。それと比例するかのように明美と店長の距離は一気に縮まっていった。
 天然パーマ若造”宏明”の猛アプローチは終わった。ヒューデイズで終わった。心が折れた。心が折れる形状かは分からないが確かにポッキリと折れた。胸ポケットにポッキーが入っていた訳じゃない。確かに心が折れたんだ。
 それから私はただの教育係若造に戻り明美とは特に仕事以外の話をすることもなく二人はただの職場の先輩後輩になっていった。
 しばらくすると明美と店長が付き合い始めたという噂が流れ始めた。私は胸が苦しくなった。”もう好きではない、明美はただの後輩だ”、と自分を納得させていたはずなのに、みぞおちあたりが未曾有の事態に陥るのを止めることはできなかった。
 私は泣いた。飲んで飲まれて呑まれて泣いた。仕事に影響が出ないようにちゃんと月曜の夜から火曜の朝方にかけて呑んだくれた。そこらへんのところ私は変に真面目だ。この真面目さはおそらく父譲りだろう。
 父はいわゆる床屋のおやっさんだった。かなりの職人気質で近所では評判の腕利き髪切師だった。父が亡くなって数十年、私はどれだけ父に近付くことができたのだろうか?私は果たして父を超えることができるのだろうか?私は死ぬまで父の背中を追いかけ精進を続けていきたいと思う。
 とそんな熱い話を職場の飲みの席で思わずしてしまったことがきっかけで明美が私に興味を持ちそこから魔の三角関係が始まった。
 明美は思いの外魔性の女だった。優柔不断とも言えるがそのなんとも憎めない素振りに男たちは見事に振り回された。そして……

「ちょいちょいちょい、もうさすがに創作が過ぎるぞ。魔性の女じゃないし。元ギャルでもないし。アタシとアンタはただの幼なじみでしょーが。お義父さんまだフツーに生きて髪切ってるし。そんな作り話幸太郎くんに聞かせるんじゃないよフツーに絵本でも読みなよ全くぅ~」
「えぇ~面白かったよなぁ?幸太郎?」
「うーんまぁねぇ~」
「子供に気を遣わせるんじゃないよ全くぅ~」

 カランコロンカラン!

「お兄ちゃんお義姉さん遅くなってすみませんでした!ほら、幸太郎、帰るよ!ありがとう言って」
「おじさんおばさんありがとまたねぇ~」
「またいつでもおいで~」

 甥っ子と過ごすたまの休日は最高の癒しです。


   8

 カエルが鳴く季節になり、少しばかりどんよりとした気分になっていたところに彼はやってきた。

「すみません、湿気で髪の毛クネクネなんで真っ直ぐにしてください」

 この季節になると割とよくある注文だ。しかし、ここユニーク美容院ではこんなまともなオーダーは珍しく、「久しぶりにまともなお客様かぁ?!」とアタシは胸を躍らせた。

「かしこまりましたぁ~」

 びょん。くねくね。ビョン。クネクネ。

 アタシの期待は儚くも無残に散った。
 そう、彼の髪の毛は全く真っ直ぐにならなかったのだ。

「やっぱり、ダメですか……」
「え、あ、はい、いや、まぁなかなか頑固ですけど、もう少し頑張ってみます」
「よろしくお願いします……どこのお店でも治らなかったので」
「と、言いますと?」
「実は、今まで全国津々浦々計108カ所の美容院美容室床屋さんにお伺いさせて頂いて髪の毛を真っ直ぐにしようと努力を重ねてきましたが絶対に真っ直ぐにならなかったんです。漫画のキャラクターみたいに絶対に元の髪型に戻ってしまうんです。なのでどうか、よろしくお願いします」

 いや煩悩の数超えとるやん絶対無理ですやんアンタもう絶対漫画のキャラクターですやん現世に迷い込んでしまいました的なストーリー展開ですやん。

「これ、使ってみる?」

 10キロのダンベルを上げ下げしていた旦那が割り込んできた。

「”これ”ってダンベルのこと?」
「そうそう、これ重しにして伸ばしてみれば」

 いや、絶対無理。アンタはホントに美容師か。

「ぜひお願いします!」

 だいぶ切羽詰まってんなこの人。

「じ、じゃあ一応……」

 アタシはクネ夫の髪の毛を台の上に伸ばしダンベルを乗っけた。あ、クネ夫とはもちろんこのお客のことだ。アタシが勝手に名付けた某骨川くん風なアダ名だ。

 十分後、恐る恐るダンベルを持ち上げてみた。

 ビョン!!!

 まぁ、そりゃそうだわな。

「やっぱりダメかぁ~ハハハ」

 おい旦那、時間を返せ。

「やっぱりダメでしたか……他に何か方法はありませんか?何かユニークな矯正方法はありませんか?ここは天下のユニーク美容院ですよね?どうかよろしくお願いします!」

 天下ではないがまぁ確かにここは何を隠そう隠してないけどユニーク美容院だ。だがしかしユニークなのはお客さんの方でアタシたち夫婦は至ってまともな一般人なのだ。ユニークな縮毛矯正方法などそう簡単には…

「心を真っ直ぐにしてみたら?」

 旦那がボソッと呟いた。実は旦那はユニークな側の人間なのかもしれない。

「い、いやいやいや!僕の心は真っ直ぐですよ!な、何言っちゃてるんですか?!ま、全く失礼しちゃうなぁ」

 何か隠してるぞ、こいつ。

「お客様、正直にお話しください。何かやましいことがあるんですか?そもそも何故そんなに髪の毛を真っ直ぐにしたいのですか?」

「そ、それはぁ……」

 カランコロンカラン!!!

 彼がしどろもどろしていると勢いよく一人の若い女性と警察館に蝋人形として飾られていそうな二人組が入ってきてこう言った。

「この人です!この人が私のストーカーさんです!」
「いゃおっし逮捕やでー!!!」

 そうして彼は刑務所へと送られ坊主にされ図らずもクネ夫を卒業できたのであった。
 なんでもその女性のタイプの男性がサラサラ直毛ヘアだったのでどうしても髪の毛を真っ直ぐにしたかったという訳なのだ。

 嗚呼、梅雨明けが待ち遠しい今日この頃です。


   9

 みぃ~んみんみんみんみんみんみんみぃーん。

 毎年恒例、”青空ユニーク美容院”の季節がやってきた。
 青空ユニーク美容院とはその名の通り、青空の元で人々の髪の毛を切りまくるという爽快イベントだ。商店街にあるちょっとした広場にちょっとした椅子とちょっとした髪切り道具を並べただけの簡易的なものだが毎年多くの客さんにご満足いただいております。
 しかぁし!そこはユニーク美容院。青空の下でもユニークな客ばかりがやってくる。いや、青空の下だからか、いつもよりもぶっ飛んだフリーダムなお客さんが多いような気がする。
 ほら、言ってるそばから旦那があるお客さんに苦戦している。
「これから家の側のお蕎麦食べに行くから蕎麦殻みたいなソバージュにしてよ!」
 なんじゃそら!!!


続く…


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