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KIZUNAWA

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#視覚障害者

【小説】KIZUNAWA⑦        七番目のランナー・僕では駄目ですか?

【小説】KIZUNAWA⑦        七番目のランナー・僕では駄目ですか?

 選手登録の最終日の朝、雅人は悪あがきと分かっていたが駅前に行ってみた。しかし、横川たちの姿はなかった。引田が申し訳なさそうに首を振った。雅人が諦めて学校に戻ると始業のベルが鳴っていた。達也と太陽が何かを話しながら昇降口に向かい、それを見届けた桜井が駐車場を出るところだった。
雅人は午前中の授業を、上の空で受けていた。昼食も取らず部室に向かった雅人は、皆が承認してくれたら正式にキャプテンに就任しよ

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【小説】KIZUNAWA⑧            大人たちの戦いが始まる

【小説】KIZUNAWA⑧            大人たちの戦いが始まる

 宮島はその足で校長室に向かっていた。ドアを四回ノックする。
「宮島です。お時間を頂けますか?」
「はい、お入りください」
上田北高等学校校長青山康助(あおやまこうすけ)の声だった。
「失礼いたします」
宮島が校長室に入ると校長は自席から立ち上がり、来客用のソファーに宮島を招き入れた。
「駅伝部の件ですね。最後のランナーは決まりましたか? それとも?」
「決まりました。今から高体連にエントリーをし

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【小説】KIZUNAWA⑨            テザー・二人を繋ぐ絆

【小説】KIZUNAWA⑨            テザー・二人を繋ぐ絆

 放課後、雅人は村田先生を訪ねていた。
「ご厚意を、無下にお断りする事になり申し訳ありませんでした」
雅人は礼儀を尽くした。
「無下ではありませんね。現に君はここにいるではありませんか」
「しかし、チャンスを頂いたのに」
「全国大会頑張りましょうね。陸上部はクリスマスを京都で過ごす事にしましたので、協力出来る事は何でもしますよ。サッカー部だけでは心許ないでしょう」
「ありがとうございます」
雅人は

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【小説】KIZUNAWA⑪        駅前事件

【小説】KIZUNAWA⑪        駅前事件

 達也と太陽は一気に階段を上り切ってロータリーの横を歩きながら見守り隊の引田に会釈をした。その横を白バイが一台、ロータリーを一回りして駅前交番の横に止まるのが見えた。白バイを避ける様に横川と原子のバイクが太陽たちの横に止まるとバリバリと音を立てたまま話しかけて来た。
「お前ら! 全国大会走るんだってな」
横川の後ろで原子がにやにや笑いながら達也たちを見ていた。
「達ちゃん行こう!」
太陽は立ち止ま

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【小説】KIZUNAWA⑮         護られなかった正義

【小説】KIZUNAWA⑮         護られなかった正義

  校長室でそんな攻防や宿の問題で教師たちが奮闘していた事など駅伝部員たちは知る由もなかった。達也たちは引田からもらったテザーの長さを一〇センチメートルに調整してトラック練習を続ける。
テザーの長さが一〇センチメートルより短くなると失格になってしまう。だからと言って長くすると達也と太陽の息が合わなくなる。そこで走る時は一〇センチメートルに、それ以外は最大の五〇センチメートルへと調整する事にした。新

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【小説】KIZUNAWA⑯        ロード練習開始

【小説】KIZUNAWA⑯        ロード練習開始

 横川と原子は河山駅前にいた。駅前交番では八木巡査が腕を組んで彼らを見据えていた。
「原子!」
横川はバイクのエンジンを切ってヘルメットを取ると言った。
「どうした?」
原子もヘルメットを脱ぐ。
「今年のクリスマス、京都に行かないか?」
「ツーリングか、京都は遠いぞ」
「ああ、だから」
「メットを改良しろってか?」
原子はヘルメットを軽く叩いていた。
「出来るか?」
「無線を繋いでスマホに連動させ

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【小説】KIZUNAWA⑲        休日・上田市陸上連盟

【小説】KIZUNAWA⑲        休日・上田市陸上連盟

 限られた時間は残り一週間になっていた。駅伝部部員とサッカー部・陸上部の部員に集合が掛かったのは金曜日の放課後の事である。
「明日の土曜日は駅伝部の練習を休みにします」
宮島は村田の了解を取ったうえで部員に告げた。
「休んでも大丈夫でしょうか?」
雅人が不安そうに聞く。
「張り詰めた糸は切れやすいものです。残り一週間です。心と体を休めて日曜日から再開します」
宮島は雅人の肩に手を置いて「君たちは頑

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【小説】KIZUNAWA㉒         都大路その2 金毘羅様

【小説】KIZUNAWA㉒         都大路その2 金毘羅様

見送った三人はゆっくりと歩き出した。
「少し喉が渇いた」
達也が言い出したのは六区のコース内にある神社の近くであった。
「少し先の神社で休憩しようか」
茉梨子の提案に二人は頷いた。と言うより魔女にこびを売る姿にも見えた。
 
中継所から一キロ弱歩くと大通りに面して大きな赤い鳥居がある。境内は通りから奥まったところにあり、高い木々に囲まれ、夏には木漏れ日で幻想的な涼しさを醸し出す静かな場所だった。

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【小説】KIZUNAWA㉓        都大路その3 手紙

【小説】KIZUNAWA㉓        都大路その3 手紙

 翌朝ホテルのロビーには中田が待っていた。
「おはようございます。今日のご予定は?」
中田が茉梨子に聞いた。
「スタート地点で襷リレーの練習をして、午前と午後一本ずつコースを走ります」
「昼食は何方で取られますか?」
「僕、新井金毘羅神社で食べたい!」
「達ちゃん我がまま言わないで」
茉梨子が達也の頭を突っついた。
「かまいませんよ」
中田は笑っていた。
 中田の運転するワゴン車で第五中継地点に降

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【小説】KIZUNAWA㉔         大会前日

【小説】KIZUNAWA㉔         大会前日

 四人がホテルに到着するとロビーに仲間の姿があった。
「早かったのね」
茉梨子が駆け寄って行った。
「いよいよだと思うと緊張して来たよ」
雅人が茉梨子を迎え入れながら呟いた。
「達ちゃん! これ気持ちいいから触ってみ」
太陽が豊の頭を撫で回して達也の手を豊の頭に持って行った。
「本当だ! ジョリジョリしてくすぐったい」
達也も笑った。豊はされるがままに立っていた。
「私は、玩具ではないのだよ」

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【小説】KIZUNAWA㉕        上田北高校の大会前夜

【小説】KIZUNAWA㉕        上田北高校の大会前夜

 京都雅グラウンドホテルのレセプションルームでは大会前夜のミーティングが行われていた。
「いよいよ明日が決戦の日です」
集まった駅伝部と学校のサポートメンバーに加えて、仲長、藤咲を中心に五人の上田市陸連のメンバーが揃い、一同を前に宮島が語り出した。
「……」
一同はその一言一句に集中していた。
「色々な試練を乗り越えて良くここまで頑張ってきましたね。しかし、まだ君たちは夢の途中にいます。前代未聞と

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【小説】KIZUNAWA㉖        桜井さんの大会前夜

【小説】KIZUNAWA㉖        桜井さんの大会前夜

 桜井は、逞しく成長して行く達也を見つめていた。仲間を信じて胸を張る達也と包み込む仲間たち、そして三人の指導者に達也は守られている事を確信した桜井はレセプションルームを後にした。そんな桜井に声を掛けて来たのはホテルの女将、日葵(ひまり)であった。
「桜井さんお疲れではありませんか?」
「ありがとう存じます。女将さんは?」
桜井がそう答える。サービスのプロ同士の挨拶は分かりにくい。『今日の仕事は終わ

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【小説】KIZUNAWA㉘        それぞれのスタジアム

【小説】KIZUNAWA㉘        それぞれのスタジアム

 クリスマスを目前に控えた祝日。京都の空に日が昇り始めた。やがて空は透き通る様に青く澄んだ朝を迎えていた。
 
 上田北高等学校吹奏楽部を乗せた大型バスは、名神自動車道を東に向かって走っていた。吹奏楽部は前日に大阪で行われた全国高等学校吹奏楽コンクールで銅賞に輝き、上田までの帰路に着いていたのである。顧問教諭の荻原賢治(おぎわらけんじ)は、流れる車窓を見ていたが急に立ち上がると運転手に言葉を掛けた

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