異常な平常を切り取った「爪と目」藤野可織
当たり前の家族関係を、様々な異常だった関係が飲み込んでいく昨今。彼女たちの家族関係は客観的に見ればふつうである。
しかし、その内に潜む「あなた」の異常性は、これから増え続けるであろう様々な家族関係よりも、よっぽど恐ろしいと感じた。
物語は主人公「わたし」の父が「あなた」と称される女性と関係を持ったことから始まる。
初めは愛人関係だった二人だが、妻(わたしの母)が事故死をしたことによって、父はあなたと結婚を前提にした同居を申し込む。あなたは半年間一緒に暮らして結婚するか別れるか決めることを条件として、三人の同居を承諾したのだった。
終始「わたし」の一人称視点で語られる物語だが、その一人称が捉えている範囲は異常なほど広い。
まず、赤の他人であったはずの「あなた」のことはすべて知っていて、そのふつうの顔の下に潜む恐ろしい心理が浮き彫りにする。そん感情の起伏のない語り口は物語全体に怪しげな雰囲気をまとわせる。
また、物語の中盤で明らかになる妻の死の真相は、その無邪気さに戦慄して、幼い子供がいる方は家にいながらも携帯電話が手放せなくなるだろう。
「あなた」を中心に歪み続ける家族の異常さは客観的に見るとわからない。しかし、その歪みは着実に伝染していき、身の毛もよだつラストへと展開していくのだ。
筆者は芥川賞の受賞会見で「怖いものは、美しい」と話した。その言葉の通り、ホラーでありながら意識的に読者を怖がらせるような駄文はほとんど見当たらず、淡々と語られていく物語は無駄のない美しい文章だ。しかし、ふつうにしか見えない人間に潜む圧倒的な異常性は文章が洗練されて美しいほど、怖い。
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