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【続編】精神科救急医療実録2 第2話 それでも、あなたは自殺を心から止めれますか?

 今回は、続編として精神科救急医療実録2第2話を伝えさせて頂けたらなと思います。

 このケースが私に与えた印象は、ひょっとしたら、現在の日本社会の道徳的観念から逸脱する思いなのかもしれません。

 しかし、その様に感じたパラッドックスから、何か伝えられることがあるのではないかと記事にしました。
 ※個人や事例の特定ができない様に事実を一部改変しています

連絡

 Aさんが、希死念慮・自殺企図から救急当番日に入院し、翌日に退院してから1週間ほど経った日に1本の連絡が病院にありました。

 それは、Aさんが居住している自治体の民生子ども課の担当者からでした。

 内容はAさんの今後の支援に関して、関係者会議を開催したいとのこと。

 救急当番日で少し関わった程度だったので、不思議に思いながらも参加の意思を伝えました。

 私は、当直だった医師と看護師にそのことを伝え、入院中と退院時の状況を聞き、関係者会議に備えました。

関係者会議の開催

 関係者会議は、Aさんのかかりつけ医の病院で実施されました。

 参加者は、かかりつけ医、民生子ども課、保健所、児童相談所、のAさんの各担当者と私でした。

 関係者会議の要点は、
 ・現在、Aさんは母親と妹3人で暮らしている
 ・Aさんの母親は軽度の知的障害で養育能力が低く、Aさんの養育が困難である
 ・Aさんは母親と衝突することが多く、希死念慮・自殺企図が頻繁に認められる
 ・Aさんは義父に性的虐待を受けたと訴えており、義父は家に出入りするため、不穏になることが多い
 ・Aさんが転医を希望している
 ・生活を立て直すため、保護的に入院させたい
 と、いった内容でした。

問題点

 関係者会議の内容をまとめると、
 『Aさんの心身の安全と支援体制を整えるために、期限を決めて入院させて欲しい』
 という内容でした。

 しかし、いくつか問題点があります。

【治療目的でない患者の受け入れは消極的であること】
 病名が軽度の知的障害であり、病状の改善が見込めないことや、薬物調整や沈静化などを目的としていないため、加えて人権的な配慮から

【本人の同意の有無】
 本人の同意があるのか、あっても入院期間中に退院を希望しないか、医療保護とした場合、母親に同意能力がなければ、33-2項では4週間の入院加療しかできないこと、その期間以上であるならば、医療上の保護者を選任しなければならないケースであること

【未成年であること】
 未成年であるため、保護形態により、その扱いについて児童相談所の意見書が必要になること

【確実な退院時期と退院先】
 退院時期と退院先が確定されないと、入院調整が困難になること。

 などが、想定されました。

疑問

 関係者会議では、それらの問題点を検討し、それぞれが解決可能な役割を決定します。

 しかし、今回検討している支援の方向性で効果があるのか疑問に感じました。

 私は、
 「今回、入院の調整は可能だったとしても、退院後の帰来先が自宅であれば、母親との関係性や養父の性的虐待の問題で、同様に不穏になりませんか」
 と、疑問をぶつけてみました。

 皆、一同に視線を合わせながら、児童相談所の担当者が
 「確かにその問題は私達も懸念しているんですが、受け入れ先がなくて」
 「一時保護では対応は難しいんですか」
 「空きも無いんですが、Aさんは以前、保護所で異性との性的なトラブルがありまして」
 「そうですか」
 「入院中に退院先を探して頂くことはできないでしょうか」
 会議室に2.3秒の沈黙が流れました。
 「探すことはできますが、確実に探せるという訳ではないので。性的虐待の問題もありますし、受け入れ先を探すのは難しそうな感じはします」
 「あっ、義父の性的虐待に関しては、私達は疑問に思ってまして」
 「何か理由はあるんでしょうか」
 「はい、義父と面談しましたが、ハッキリと否定されましたし、Aさんは知的障害ですし、こういうことも何度もあったので」

 話しを聞くと、Aさんは何度も男性から性的被害に遭ったと訴えており、支援者側から知的障害からくる虚言というかたちで受け止められていました。

 私は、疑問が残りながらも、その場では言わずに
 ・入院に関しては帰院して調整すること
 ・転医は可能であること
 ・退院先施設の調整は全員で協力して欲しいこと
 を、伝えました。

 会議の参加者は緊急性が高いことを何度も主張し、私自身もAさんの救急当番日での姿を思い出し、衝動性が強いため、確かに緊急性は高いなと感じていました。

入院調整

 実は入院の調整は、それほど大変ではありません。

 入院の理由や、退院の期間さえしっかり決まっていれば、病棟からの反発は比較的少ないのです。

 しかし、それらが適切でない場合は、病棟から反発がある場合もあります。

 そのため、円滑に業務を行っていくためには、入院前に退院時の受け入れ先を調整しておくことが必要になります。

 帰院後、私は院長室へ向かいました。

 この当時、私は精神保健指定医の指導係や症例集めも担当していたので、今回のケースが指定医の症例ストックになる可能性を院長に説明しました。

 院長は快諾したため、私は指定医候補からコミュニケーションがとりやすい医師を提案し、これも了承されました。

 支援会議での、義父の性的虐待に関する支援者側の反応に違和感を感じながらも、入院の調整を進めていきました。

回答

 その後、入院を予定する病棟と入院調整を行い、受け入れ可能日を定め、民生子ども課へ、受け入れが可能であることと、入院可能な候補日を伝えます。

 しかし、退院先という大きな問題は未解決であったため、引き続き、退院先の調整協力を要請しました。

 同時に、改めてかかりつけ医の診療情報提供書と、脊髄損傷受傷時の診療情報提供書及び退院サマリーの手配を依頼しました。

入院

 退院後の受け入れ先も無事に確保できたため、Aさんは、入院予定日に民生子ども課の担当者と来院しました。

 受付から内線で連絡を受け、私は外来待合室へ向かいました。

 「あー、お兄さん!」
 と、大きな声で言いながら、手を振っているAさんが座っています。

 私は、民生子ども課の担当者に会釈しつつ、
 「こんにちは」
 と、答えながら、担当者に
 「診療情報提供書をお預かりしていいですか」
 と、診療情報提供書などを預かり、外来受付にコピーを取りに行きました。

 診療情報提供書をコピーしようとして開封し、広げると、病名の欄に
 「うつ病」
 の表記が認められました。

【続編】精神科救急医療実録2 第3話へ続く

 最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 このコラムは私の個人的な知見に基づくものです。他で主張されている理論を批判するものではないことをご理解いただいたうえで、一考察として受け止めて頂き、生活に役立てて頂けたらと思います。

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