横岩良太

デジタルファブリケーション、プロダクトデザイン、小説、量子力学。 @逗子 110100…

横岩良太

デジタルファブリケーション、プロダクトデザイン、小説、量子力学。 @逗子 1101001000.com

最近の記事

Outermost

 VRのヘッドセットを用いて、現状僕たちが十分に味わうことができるのは視覚と聴覚の二つだけだと言っても良いだろう。実験室レベルでは他の感覚についても研究が行われているが、ここではそれらを無視する。生命維持に必要な食事などの諸条件を、これも一旦無視することにして、100年の間VRヘッドセットを着けたまま生活した人間を考える。その人は多分、嗅覚や味覚、あるいは触覚のことをほとんど忘れてしまい「世界とは光と音で構成されたものである」と考えるようになるだろう。  そして、ヘッドセット

    • 複雑な世界の細部の遠さについて

       大学生の時、統計力学の講義を初めて聞いて、なんていい加減なんだと思った。統計力学では、例えばある気体について考える。気体は無数の分子によって構成されていて、数グラムの気体は10の二十何乗というオーダー(0が20個以上ついているような桁数)の分子を含む。そんな膨大な数の分子について1つ1つ計算することは不可能に近いので、分子の集団全体がどのように振る舞うのかを考えて計算する。もちろん、これは天才的に良く考えられた方法であり、実際に物理学として機能する。  しかし、当時の僕はそ

      • Smart Eye Camera、ブータンへ行く(5)

         Smart Eye Cameraを置いて帰りたいと思った。もちろんそんなことはできない。省庁や眼科医の方々と一緒にプロジェクトを進めて行くのに、ある学校にだけ急にSECが置かれていては話がややこしくなる。各国にはそれぞれの医療にまつわる制度があり、僕達はちょっとややこしいそれらを無視することはできない。書類と会議の嵐を無視することはできない。  でもSECを置いて帰りたいと僕は思った。そこにはこのデバイスを必要としてくれる人がいたから。  2つ目に訪問した学校はmiddl

        • Smart Eye Camera、ブータンへ行く(4)

          「先生は未来に触れることができるからです」  映画「ブータン 山の教室 ( Lunana: A Yak in the Classroom )」の中で、「どうして先生になるのが夢なのか」と聞かれた子供はこう答える。僕は普段教育について考えることはあまりなく、正直なところ大文字の「教育」という言葉を少し疎ましくすら思っているのだが、このセリフは心の中を貫通した。  首都ティンプーに住む若い教師が、僻地の村ルナナへの赴任を命じられることから始まるこの映画のことは、もしも興味があれば

          Smart Eye Camera、ブータンへ行く(3)

           日の暮れた道端に立ち、渡りたそうな素振りをしていると車が止まってくれた。暗い車内の人影に軽く会釈をしながら道を渡る。ティンプーは10万人以上の人口を持つ街で沢山の自動車が走っている。でも信号機は1つもない。大体の交差点は信号のない只の交差点で、大きめの交差点はラウンドアバウトになっている。最も混雑する交差点1つにだけ中心に小さなガゼボ(これも伝統的意匠で装飾されている)のようなものがあって、混雑時は手信号係の警官が立っているのだが、その夜僕達が通り掛かった時には誰もいなかっ

          Smart Eye Camera、ブータンへ行く(3)

          Smart Eye Camera、ブータンへ行く(2)

           瑞々しいオレンジの香りが車内を一瞬で広がり、重い頭が幾分スッキリする。道路の所為か運転の所為か寝不足の所為か、僕は少し車に酔ってしまい、加えて寝不足がダイレクトにもたらす眠気と、車内に居てもなんだか強く感じられる標高2300メートルの日光に刺されて黙りこくっていた。シンディさんは助手席からドライバーにマシンガンのように話し掛けている。オレンジは静かな後部座席を気遣ってかドライバーが僕達にくれたものだ。満腹だった僕は食べなかったが中山さんが1つ皮を剥いて食べた。  空港の町パ

          Smart Eye Camera、ブータンへ行く(2)

          Smart Eye Camera、ブータンへ行く(1)

           山々に囲まれた小さな空港は、4日前ここへ降り立った時とは全く違って見えた。およそ空港の建物とは思えない伝統建築の細やかなファサード。所々で岩肌の露出した山肌。民族衣装に身を包んだ人々。高い標高を実感させる太陽光線。右も左も分からず、新鮮な驚きと微かな居心地の悪さを感じていた4日前の僕は、確かあの辺りに立ってドライバーの到着を待っていた。先程、同じドライバーに空港まで送って貰った。車寄せで降りて、ふと周囲を見渡すと自分がブータンという国に馴染んだのが分かる。見慣れない世界へや

          Smart Eye Camera、ブータンへ行く(1)

          ロマンチックで構わない

           9月の終わり、明るい太陽もやっぱり高くは登らず、日焼け止めを塗った肌に空気はちょっとだけ涼しい。由比ヶ浜から上がってきて住宅街の中、江ノ電の駅に向かって歩く観光客の軽装が、9月はまだ夏なのだと心を少しほっとさせる。今年は夏の終わりがそんなには寂しくないなと思っていた。全身を覆い尽くす太陽の光と熱気と湿度から開放されることはそんなに悪くもないのではないかと。でも、もちろん結局は少し寂しい。  南へ向かう小道の先は海と134号線で、角には「ナンリーショップ」がある。この日、僕た

          ロマンチックで構わない

          カラスの声と寄せる波

           近所のカフェに行くと、6歳位の子供が「早く行こうよ」と両親を急かしていた。僕も子供の頃そうだった。せっかく出掛けているのに、どうしてコーヒーなんて飲んで時間を無駄にするのだろうと、退屈で仕方ないその時間を納得できなかった。しかも僕はコーヒーなんて飲めず、それどころかケーキも嫌いだったので、仕方なくオレンジジュースでも飲んだりしてソワソワとしていた。  カフェへ行く楽しみを分かるようになったのはいつなのだろう。いつの間にか、家の近くでも、遠い海の向こうの旅先でも、カフェに入っ

          カラスの声と寄せる波

          Everything.

           広告くらいなんでも無いはずだった。  あれを買えだとか、これをしろだとか、魂胆は分かっているし、そんな手には乗らないと。  むしろ、社会を華やかに彩るという意味合いで、溢れかえる広告のことを好きだと思っていたこともある。今はどちらだとも言えない。広告を用いた企業による人々のマニピュレーションは強く社会をシェイプする。莫大な金銭と労力とクリエイティビティーが投入された、社会を覆い尽くす巨大なシステムは人々に全身を脱毛しろと迫るだけではない。僕達はもはやどこからどこまでが自分の

          離散から連続へ変化する性別について

           松井博さんのnoteで、アメリカで行われた自己の性認識に関するデータに触れられていた。  次の画像がその結果で、若い世代になればなるほど自分をLGBTQだと認識する人の割合が多いこと、特にZ世代では20%の人がそう思っていることが見て取れる。  Z世代の次の世代では、もっと沢山の人が自分のことを単純な「男女」の区別には当て嵌まらないと考えるようになる筈だ。筈だというか、僕は男女2つの性別しか扱うことのできない社会を不自由で未発達な社会だと考えているので、ここには願望も含ま

          離散から連続へ変化する性別について

          面倒くささというコンパスを使うこと

           僕達は日々の生活で面倒くささを感じる。もうすっかり眠たくなった夜、心地よくまどろんでいるのに、洗面所へ行って歯を磨かなくてはならない、もうこのまま眠ってしまいたい。歯磨きなんて面倒だ、と思う。  面倒なことはやりたくないと思う。面倒なことなんてなくなればいいのにと思う。面倒くささはいつもネガティヴなもので、極端な場合、人から生きる気力を奪う。生きることに疲れた、楽しいことも、やりたいこともあるけれど、それらを行うのも結局は面倒が伴うし、面倒だと思う気持ちの方が強いから、もう

          面倒くささというコンパスを使うこと

          アマゾックス9.0

           オレンジジュースにポッキーを漬けて食べるみたいな食べ方を紹介するテレビコマーシャルが子供の頃あって、テレビコマーシャルでやっているくらいなのだからきっと美味しいに違いないと思ったまだ牧歌的だった僕は早速それを真似して食べて、その不味さに吃驚した。テレビコマーシャルで取り上げられているものが不味いわけないと、舌の上で美味しさを探し出そうとしたが、口腔内に広がった不快感が勝って美味しいとか不味いとかではなく、ただ耐えることができなくなり、そして僕は洗い流すようにオレンジジュース

          アマゾックス9.0

          シェア工房が開く移動生活時代の一端について

          <<これは2017年に自分のブログに書いたものをそのまま移植した記事です。>>  2010年代は、後に「人々が場所や物への固執を辞めて移動し始める準備期間」という風に評価されるのではないかと思う。LCCが世界中を飛び回り、AirBnBやシェアオフィスやuberやカーシェアリングが現地で必要になるインフラを提供してくれる。そういう時代が始まった。まだ未熟だけど、それは始まっている。ノマドと呼ばれる人たちがああだこうだ言われながらも増加して、日本の大企業ですらテレワークというこ

          シェア工房が開く移動生活時代の一端について

          無限の重ね合わせ状態とある光

           洗濯バサミは戦闘機だった。畳の縁は道路だった。椅子は机は基地にも山にも何にでもなった。ミサイルが飛び交い、レーザー光線が発射され、爆発が起こる。人やロボットを模したおもちゃは話をし、考え、動き回って彼らの世界で彼らの物語を進めた。僕はその物語を眺めていたのだろうか、それとも僕自身がその物語だったのだろうか。  ある幻が醒めるということ。  ある幼さを失うということ。  何歳だったのかは覚えていないが、僕はその日受けたショックをはっきりと記憶している。  いつもと同じ様に、

          無限の重ね合わせ状態とある光

          KURUKUFIRLDS :03

           今カルチャーを引っ張っているのは、音楽でもファッションでもなく、フードだ。  というようなことを「green bean to bar chocorate」の安達建之氏が言っていた( The Taste of Nature 世界で一番おいしいチョコレートの作り方 )。  確かにそうかもしれない。街には小綺麗なグラフィックデザインを伴ったコーヒースタンドやスイーツショップが、いくつでも増えていく。まるでグラフィックも音楽もインテリアもプロダクトも、最初からお店作りの為の道具とし

          KURUKUFIRLDS :03