メッシを育てたアルゼンチンの、超絶知性を生み出すプレーモデルとは!?
筆者が実際に体験した海外プレーモデル紹介シリーズ、今回はアルゼンチンの名門、メッシを育てた事で有名なニューウェルス・オールドボーイズ について。
本とかサイトを翻訳したプレーモデル論も良いのですが、やはり論理にプラスして実践と体験をした時に得られる学びは絶大です。
勿論他の無料記事も誠意持って書いてますし、日本の皆様に最新南米情報をお届け出来ているのかなと思いますが、それを差し引いても今回は自信ある記事です。
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皆さんは南米サッカーについて「後進的」「未発達」「貧しい」そして「ストリートサッカー」というイメージを持っていませんか?
確かにストリートサッカーも世界一の育成大陸南米を支える重要なキーワード。
しかしながら南米で指導者をしている筆者・平安山から見る南米サッカーはもっと多様性に満ちています。
そもそも日本だって、同じ国の中でもチーム毎に戦術が違えば育成方法や状況、ルールから方針に考え方も目指す目標もそれぞれ全然違ってはいませんか?
また、逆にブラジル人から日中韓のサッカーが全て同じと言われるとあなたはどう思うでしょうか?
さらには、カタールやカンボジア、オーストラリアなども含めて「アジアサッカーはみんな同じ」と言われると違和感を拭えません。
しかし、逆に我々日本人は簡単に「南米サッカー」と一括りに見ているのではないでしょうか?
日本人の持つ南米サッカー情報が、実は知識不足からくる思考停止、”知っているつもり”であったり、かなり古いものでストップしている様に感じられる事が多々あります。
進化し続けているのは南米も同じ。
今回はアルゼンチンの名門、メッシを育てた事で有名なニューウェルス・オールドボイーズで研修を行った経験から、従来とは一味違った最新の南米サッカー情報をお届けします。
なお、筆者がニューウェルスで研修したのは1週間程度であるため、既に約半年ほどニューウェルスで選手留学生をしている菅原斗亜君、鷲野晴貴君、両名にもお手伝いをお願いした記事となっています。
🌟育成段階からのコンディション管理
(↑画像:フィジカル管理部屋。右上のモニターに日々の体調を入力する)
ニューウェルスの育成組織では、練習に来ると毎日必ずコンピュータに疲労度、体の痛む箇所、睡眠の質、そして体重を入力します。
それらはパソコンによってデータ化され、スタッフは好きな時に各選手のデータを見る事が出来ます。
(↑画像:痛みや睡眠状況のデータ入力)
仮にA選手を例とすると、A選手がいつ体調が良くて、いつ体調が悪かったのか、そしてまたA選手が体調の良かった確率、悪かった確率も出ます。
また、火曜日と木曜日の週に2回、立ち幅跳びの記録を測定し、A選手が普段跳べるはずの記録より95%未満しか跳べなかった場合は別メニューにするなど、個別に練習強度を調節します。
90%未満の場合はさらに軽い練習にします。
そして実行されたチーム練習の強度も強・中・弱の3段階に分けて毎日パソコンに入力、データ化されます。
(↑画像:トレーニング強度などの記録)
さらには練習や試合で怪我が起きてしまった時の負傷箇所、状況もデータとしてまとめます。
(画像:怪我の種類別データ。大腿直筋の怪我が多い)
こういったデータを全て管理し、ニューウェルスではどんな怪我が多く、それはどんな状況で起きたのか?、その前の練習強度は適切だったのか?、体調管理の仕方はこれで良かったのか?、怪我をした理由に睡眠不足は関係していたのか?・・etcなどの情報を全て可視化しました。
その結果、チームが始動したばかりでデータ収集期間だった3月には7カテゴリーで42件あった怪我の発生件数を、5月には3分の1以下の13件にまで減少させる事に成功しました。
(画像:怪我発生件数グラフ)
指導者は経験積み重ねる事は勿論非常に大切なのですが、データを積み重ねる事もまた大切。
コリンチャンスで世界一に輝き、現ブラジル代表を世界最速のW杯出場に導いたチッチ監督も、今日におけるサッカーのテクノロジー有効活用は避けられないと述べています。
南米はストリートサッカーのイメージが強過ぎて、プロクラブすら「分析なんて出来てないでしょ?」と思われてしまう事もありますが、BIGクラブともなると年間予算は100億円を超えますし、そもそも欧州に何十億円や時には何百億円で選手を売るわけですから、ビデオカメラも買えないなんて事はありません。
日本人が持つ南米サッカーの後進的イメージは、実は断片的である事が分かります。
🌟計画的フィジカル改造
ニューウェルスの下部組織では月に1度、身体測定を行います。
身長や体重は勿論、座高、体脂肪率、筋肉量、胸囲、腹囲、腕周りや太もも周りの太さ、骨の成長度などを専門スタッフが計測し、これもパソコンに入力してデータ化します。
それによって個々の実年齢だけでない、身体的年齢(成長度)を把握し、その結果から来月までの筋肉量や体の各部位の太さ、適正体重の目標を設定し、フィジカルコーチは筋トレメニューを決定・実行します。
その筋トレメニューの設定は細かく、A選手はこのメニューを何kgで何回何セット行うかまで個別に対応します。
例え実年齢が同じでも、既に成長期を終えた選手とそうでない選手で身体的特徴は違うので、各選手毎に違う練習メニューが与えられるのです。
そして実際にやってみて何kg持ち上げられたかなど各筋トレメニューの成績を計測し、目標値との差を割り出します。
そしてまた新たな目標の設定とメニューが常にアップデートされていきます。
(画像:筋トレルームの様子。データを取るコーチ)
育成だけでもフィジカルコーチは5人いるので、正しいフォームの指導にも抜かりはありません。
幼少期に成長ホルモン分泌不全性低身長症であったメッシの治療費をバルサが助けた事は有名な話ですが、そもそもメッシがただ”背が低い子ではなくホルモン異常”と気付けたのは、ニューウェルスのこういった取り組みや意識も関係しているのではないでしょうか。
日本人はフィジカルが弱いと言います。
遺伝的な面もあるのかも知れませんが、それなら果たしてその他の努力面や環境面でなら彼らより優れているのかと問われると、そこもまだまだ伸び代があるのではないでしょうか。
良い意味でも、です。
🌟チームプレーモデルの可視化・言語化
ニューウェルスではメッシという圧倒的スター選手を育てバルサに送った反面、逆にチーム戦術はシャビやグアルディオラがいた時代のバルサから多くを模倣しています。
史上最強だったとの呼び声高い当時のバルサの戦術も組み込んだ、ニューウェルスの目指すプレーモデルを言語化し、表にまとめて可視化する事で、ブレないチーム哲学をトップチームから育成組織にいたるまで浸透させる事に成功しています。
(画像:試合で98%はボールを持っていないので、そこも鍛えましょうというニューウェルスの哲学)
色々なサッカーに触れる事も戦術理解力を深め、経験値を高めてくれるのですが、逆にあまりにも毎回違っているとそれは何も積み重ねられず、浅いもので終わってしまいがちです。
日本サッカーの育成年代では時折、そもそも目標が定まっておらず、ブレにブレてほとんど何も積み重なっていない、そんな場面に出くわす事があります。
どんなチームにするのか、どんな選手を育成するのか、チームの目標と個人の目標。
目的地のないドライブが目的地に着く事はありません。
チームとしてブレてはいけない部分を可視化する事で、ブレそうになっても元の自分達のやり方に戻ってくる事が出来ます。
人間は弱い生き物なので頭の中でチーム哲学を知っていても、時にそこから離れてしまう瞬間があります。
小さな事の様ですが、そんな時に目について、本来の場所に返してくれる仕組みはチーム哲学の浸透には非常に効果があります。
ニューウェルスでは試合中における各場面において、どんなプレーを目指すべきかを表にしています。
(画像:プレーモデルの大まかな図)
例えば後退しながら守備をする場面では、「ボールを失った瞬間にプレッシャーに行き、相手の攻撃を誘導して方向付けし、そこで奪えなければブロックを敷く」などの様な共通認識をチーム内で共有しています。
それを元に練習を決めるので、下部組織からTOPチームまで戦術や練習メニューもレベルに合わせてステップを踏み、一貫指導しています。
🌟サッカー脳を鍛える。戦術勉強会の開催
ニューウェルスでは子供達の戦術理解度やサッカーにおけるインテリジェンスを鍛える方法にも工夫がありました。
元々の練習からチーム目標に則った戦術を一貫して指導するので戦術理解度は習熟しているのですが、練習以外の時間にも”戦術勉強会”を開催するなどしてさらにそのサッカー理解度を高めています。
(画像:スペースナンバーの定義)
戦術勉強会には指導者が行うものと選手が行うものの2パターンがあります。
指導者パターンでは、指導者が編集した動画を用いながら、各プレーの成功理由、または失敗理由などを解説します。
解説時には子供達の意見も聞く姿勢があり、子供達も活発に質問や意見をしていました。
年齢差による上下関係の薄いアルゼンチンでは子供の意見も尊重されます。
逆に相手が歳下だからという理由だけで自分が間違っているのに先輩圧力で潰して誤魔化すという事が出来ません。
子供達が行う戦術勉強会のパターンでは、子供達が自宅で課題動画を見て、成功理由や失敗理由を考察し、みんなの前で発表します。
一瞬で答えを考える指導者パターンに比べ、より深く考える事になります。
また、ニューウェルスでは育成部でサイトを持っており、選手はIDを入力すると自宅のパソコンからもアクセス出来る様になっています。
育成部のサイトには前項までに述べたチームの目標や戦術、プレーモデル表、そして自分達のリーグ戦全試合の場面別動画や、プロのお手本となるプレー動画が載っています。
(画像:HPの動画集)
例えば自分達のリーグ戦動画であれば、ビルドアップの場面を集めた動画、ロングパスの場面、得点や失点シーン、切り替えの場面などの多岐に渡る動画を指導者が毎試合編集して掲載しています。
これを子供達は好きな時に、好きな場所で、好きな試合の動画を見て自分達のプレーを振り返る事が出来ます。
「試合が終わったら忘れてしまって次に活かせない。明日もまた同じミスをする」なんて事は減ってくるでしょう。
また、自分達の試合動画だけでなく、ニューウェルスが目標とするプレーモデル動画もサイトに載せていて、こちらも自由に見る事が出来ます。
ニューウェルスTOPチームの試合だけでなく、欧州クラブなども網羅しています。
例えばバイエルンのビルドアップ方法の動画など、ニューウェルスの目標のお手本となるものがありました。
子供達は自由な時間にこの動画を見て、またサッカーのインテリジェンス度を上げる事が出来ます。
🌟戦術的ピリオダイゼーション理論の採用
ニューウェルスでは戦術的ピリオダイゼーション理論というものを部分的に採用しています。
この理論を詳しく書くのはここでは割愛しますが、大まかに言うと、「サッカーはとても複雑なので要素別で分ける事は難しく、サッカーはサッカーそのものをする事によって上手くなる。ただの長距離走とサッカーの走りは違う。サッカーの中ではペースが変わるし、ジャンプもする。判断も伴う。よってボールを使うなどよりサッカーに近い練習が良い。体の疲労度によって練習強度やコンディション調整を行うだけでなく、頭の疲労度を考慮する」といった感じです。
ニューウェルスの場合は体の疲労度もしっかり考慮に入れていますし、筋トレなども科学的に行っていますが、それ以外での練習は基本的にボールを使っています。
アルゼンチンの選手は日本やブラジルの選手と比べても、「ボールを持ったらまず抜こう」という意識が強いです。
筆者の独断でその意識を数値化すると、日本5、ブラジル8、アルゼンチン10くらいでしょうか。
ボランチあたりの選手でもまず抜こうとしてくるので、その分ボールを相手の足が届かない深い位置に置き、ゴリゴリと抜きにきます。
そのためか、逆に守備側もボールに足を届かせるためタックルが非常に深く、強烈です。
球際の競り合い強度は世界屈指でしょう。
そんなアルゼンチンでの激しい競争においても、ニューウェルスのテクニカルダイレクター、ヘクトール氏は「ニューウェルスでは長距離走をしないが、見ろ、俺たちはは球際で当たり負けもしないし、試合終盤に疲れて走れなくもならない。それはボール回しやゲーム形式の練習の中に、充分に高いインテンシティを求めているからだ」と、自クラブのメソッドに自信を覗かせます。
確かにニューウェルスの練習を中に入って見てみても、球際で強く奪いに行く事や、攻守バランスと組織としての守備のボールの奪い方などを考えながら、賢く走る事を要求していました。
決して手を抜けませんし、正直にそこには日本の多くのチームが到達していない強度がありました。
ニューウェルスでは下部組織の子供たちであっても手を抜けば試合に出られなかったり、クビになりますし、そもそも夢を追い、場合によっては生活をかけてチームに来るのでモチベーションはとても高い状態にあるというのも理由です。
🌟ニューウェルスの辿り着く場所
ニューウェルスが育成したメッシをバルサが取り入れ、逆にシャビを育成したバルサのメソッドをニューウェルスが取り入れているのは面白いですね。
日本サッカーが努力し、進歩する様に世界もまた学び・高め合っています。
今のニューウェルスはプレーモデルは完成したものの、まだこの育成方法になってから歴史が浅く、育成改革が成果を見せるのは今の子供達がプロになる頃で、まだシャビがいた時代のバルサに移行中と言えます。
(※記事執筆時は2017年)
逆に近年のバルサはMSNが有名な様に南米トリオの圧倒的個人能力に頼ってきました。
今後ニューウェルスが持ち前の育成力を活かして第2のシャビを生み出すのか、さらにはメッシもシャビも生み出して史上最強になっていくのか。はたまた上手くいかないのか分かりませんが、非常に楽しみですね。
ニューウェルスだけが正解ではありませんが、この記事が日本サッカー界が強くなるために役立てば幸いです。
しばらくは無料で公開しますので、日本サッカーを強くするという趣旨に賛同頂ける方は、是非拡散にご協力宜しくお願いします。
この記事は2017年にVictoryに執筆させて頂いた物を加筆・修正したものです。
Victoryの原記事や、その他の記事も面白いものがありますので、是非ご覧ください。